日立に大打撃。英国EU離脱で「高速鉄道事業」がお先真っ暗
「EU離脱」で日立製の高速鉄道車両が発車できず? メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』によると、先ごろ決定したイギリスのEU離脱によって、日立製作所が英国を拠点に展開中の高速鉄道車両事業の前途が真っ暗になってしまったとのこと。一体何が起こるというのでしょうか?
英国EU離脱で、日立製高速鉄道車両の運命は?
日立製作所は、2015年3月に英国ダラム州というイングランドの北部で、スコットランド国境に近い場所に「ニュートン・エイクリフ工場」をオープンしました。鉄道車両の生産基地であり、ここを拠点に高速鉄道用車両などを製造してゆこうというわけです。法的には英国の特殊な投資法人が建設した工場ですが、事実上日立の工場といって構わないと思います。
その最初の大きなプロジェクトは「クラス800」という、何となく日本の新幹線の800系に似た外観の「高速鉄道車両」です。対象となる鉄道会社は音楽産業や航空産業で、かつては風雲児と言われたリチャード・ブランソンが経営するヴァージン系列ということで、ニックネームは「ヴァージンAzuma」となっています。
この「ヴァージンAzuma」ですが、標準軌で交流2万5,000ボルトという仕様からは、日本の新幹線並みの性能を想像してしまいますが、少し違いがあります。まず、営業最高速度は201キロ(125マイル/時)で、設計上の最高速も225キロ(140マイル/時)に抑えられています。
また、電源は交流だけでなくディーゼル発電機を備えていて、非電化区間にも入線できるようになっています。但しその場合の最高速度は160キロ(100マイル/時)です。要するに「ハイブリッド」というわけです。
日立がEUの報復ターゲットになりやすい事情とは
この「高速鉄道車両」ですが、主要な目的はイングランドからスコットランドに直通させる、しかもイングランドの首都ロンドンから、スコットランドの首都エジンバラを4時間で結ぶという構想に適合した車両ということです。
これに加えて、エジンバラだけでなく、スコットランドの各地に直通させる、またイングランドの中でも、こうした都市間幹線だけでなく、郊外型の中距離運用にも使えるということで、なかなか意欲的でフレキシビリティーに富んだ位置づけになっているわけです。2016年3月にロンドンで行われた車両の披露会では好評を博したようで、この工場では計110編成が製造される計画であると報じられています。
そこへ降って沸いたのが「BREXIT(英国のEU離脱)」です。この「クラス800」と、日立の英国工場の運命は突然前途が真っ暗になってしまったのです。
まず、この「ニュートン・エイクリフ工場」ですが、何も英国市場向けに鉄道車両を製造するために作られたのではありません。そうではなくて、英国での成功をバネに、大陸ヨーロッパにどんどん車両を売り込む、そのための戦略拠点なのです。EUという枠組の中では、関税なしで英国から大陸に売り込むことが可能だからです。
それが「離脱」ということになると、EU側は「他に離脱する国が出ないよう見せしめ」にするために、高い関税をかけたり、仕様などで規制をかけたり非常に厳しい対応をしてくる可能性があります。特に、この日立のケースの場合は、ヴァージンへの売り込みに際して、フランスのアルストム、ドイツのシーメンスを「押しのけて」入札に勝っているわけですから、EUとしては報復ターゲットになりやすい事情があると思います。
日立の一件は「EU市場を失う大混乱の典型」という皮肉
反対にイングランドの側では、離脱によって「壊滅的なダメージ」が各産業の「対EU貿易交渉」を通じて出てくると思います。その中で、この日立の工場に関しては「外国勢だから」という理由で「そんなに積極的にならない」可能性、つまり「英国企業が強い産業で何とか好条件を引き出すための捨て石」にされる危険性もあるように思います。
これに加えて、スコットランドは「EU残留」を強く希望しており、場合によっては「連合王国からの独立」という事態も起こってくる可能性があります。そうなると、スコットランドとイングランドの国境に「移民が流入しないような検問所」などが作られるなど、両国の往来に障害が出てくる、そして相互の人に流れが弱くなる可能性もあります。そうなれば、ヴァージン系列の「イングランド=スコットランド幹線」にもマイナスです。
いずれにしても、日立はイングランド北部での「雇用創出」をという英国政府の要望に沿って進出したわけですが、事態は一転して大変に厳しいことになってしまいました。他の産業でも同じようなことが起きて行くと思います。また日系の資本だけでなく、様々な国の資本、そして英国の地場の資本もEUという市場を失うことで大混乱になっていくと思いますが、この日立の事例は皮肉なことに、その典型的なケースになりそうです。
image by: 首相官邸
『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋
著者/冷泉彰彦
東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは毎月第1〜第4火曜日配信。
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出典元:まぐまぐニュース!