強大無比、田中角栄の〈旧新潟3区〉の後援組織「越山会」のもう一つの圧倒的支持の背景には、聞く者を決して飽きさせない「角栄節」と呼ばれた田中の名演説、名スピーチがあった。
 第一声の入り方、絶妙な「間」の取り方、比喩、例え話をふんだんに織り交ぜて笑いを誘いつつ、突然、トーンを変えて数字の速射砲を浴びせかけ、現実を突き付けて聴衆の目を醒ます。また、時に「情」を編み込んでシンミリさせ、そこへ今度はどでかい夢を投げ掛ける。その上で、結びはビシッと押さえるというまさに緩急自在のそれであった。
 聞き終わった聴衆の誰もが酔い、「今日、来てよかった」と顔を紅潮させて家路に就く。田中は豪語していた。「私の演説はジイサン、バアサン、学生、会社の経営者、誰にも分かるようにできている」と。

 名演説、名スピーチとは何だろう。聞き手は、時にあらゆる層の人たちが集まっている。聴衆が何百人いようが一人一人と心を結べるか、対話が成立しているかに尽きる。一言で言えば、どう「一体感」を醸せるかだ。これが、肝ということである。ただし、誰にもできる技ではない。田中は子供の頃、あるいは社会へ出ても、トゲの多い木の下をくぐり抜けて生きてきた。あらゆる層の心理に精通しているから、これができたとも言える。「苦労は買ってでもしろ」の俚諺のゆえんでもある。この世は常に“心理戦争”、人の心理を読めなくてその戦争には勝てない。田中が「一体感」を醸す達人だったのは、心理戦争に長けていたことに他ならないのである。
 以下しばし、そうした「角栄節」の“見本”を楽しんでいただくことにする。

 「皆さんッ、昭和60年になると、今、トン当たり60円の水が100円以上になる。東京では400円ぐれぇになるのではないですか。三越デパートの岡田茂社長は私の友人だが、この岡田君が『デパートではお客の1割が物を買ってくれればいいんだ』と言っておった。ところが、『この頃はどうも困った』と言うんです。岡田君に聞くと、『1万人の女性がデパートに入って1000人は買い物をしても、残る9000人は化粧室に入りに来る』と言うんだナ。『1人当たり25円も損をしてしまう。9000人に同じことをされたら、もうけなんかフッ飛んでしまう』とこぼしておった(爆笑)。皆さんッ、笑っておってはダメです。いや、笑いの中に真実があるッ。いいですか、新潟には雪がある! 雪は水だ! 私の言いたいのは水ッ。水はそれだけ大事なんです。生活の基本だ。皆さんッ、雪は資源、いや財産ということなんだッ」(昭和55年3月、越山会総決起大会)

 「田中は政治家でなく、土方だと言われる。ナニをぬかすかだッ。でも、こう言われるとここ(新潟)の人は怒るわねぇ。そうでしょ、皆さんッ(拍手)。田中は入広瀬(北魚沼郡)の村長と組んで、ここばかり公共投資するとも言われた。ナニをほざくか、こう言いたいよなぁ。当たり前のことだッ。東京には水がない。その水をこっちがくれてやっている。そういうところに公共投資をしてナニが悪いッ(大拍手)。皆さんッ、この100年は太平洋側の100年だった。しかし、これからの100年は日本海側の100年です。どんどん生活はよくなる。私はねぇ、新潟に20カ所のダムを持ってきている。なぜだか、分かりますか。関東が水不足になるからであります。しかし、こっちには水があるわねぇ。雪は水なり、水は力なのであります。東京の大企業は、どんどんやってくる。また、出稼ぎもなくなる。それが国道17号線であり、高速道路であり、上越新幹線なのであります。もっとも、新幹線ができると、この辺の土地は値上がりするねぇ。そのときは皆さんッ、あんまり土地でもうけちゃいかんよ(大爆笑)」(昭和51年12月、立合演説会)