おっぱいへの執着を捨てれば幸せになれる!?実はヤバかった「仏教」の教え

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『嫌われる勇気』という本がベストセラーになったが、その理由は多くの日本人が「幸せになりたい!」と願っているからだろう。日本人の4人に3人が「自分は不幸だ」と感じているというデータもあり、多くの人が幸せになる術を追い求めている。

■自己啓発書を読んでも効果がない…

自分の苦しい現状を変えるために、自己啓発書に答えを求めたという経験は誰にでもあるはずだ。しかし、思い出して欲しい。その本を読んで効果があったのは、せいぜい一週間程度ではなかっただろうか?

「人への感謝を心がける!」
「失敗してもいいんだよ、という思いを持つ」
「ありのままを受け入れることが、幸せにつながるんだよ」

こういった言葉が書かれた本を読むと、読み終わってから数日くらいは、
「よし!がんばるぞ!!」
という気持ちになれるだろう。しかし、時間が経てばまた辛い思いを抱えながら生きていく自分に逆戻り。またまた救いを求めて、今度は違う自己啓発書に手を伸ばす…
こういった負のスパイラルに陥った経験があるはずだ。

■欲求を満たそうとする限り、人は不幸である

いったいどうすれば幸せになれるのだろうか?この難問にズバリ答えているのが、仏教なのだ。

『講義ライブ だから仏教は面白い!』(魚川祐司著、講談社刊)は、東京大学の大学院を卒業し、現在はミャンマーで仏教を実践している研究者が書いた、仏教の入門書だ。

仏教の入門書だというのに、本書には「おっぱい」「パンピー」「ニート」などのゆる〜い言葉が飛び交っているのが特徴的だ。仏教を全く知らない人でもスイスイ読めてしまう不思議な空間がそこにはある。

しかし、雰囲気はゆるくても、そこには幸福についての鋭い指摘がなされている。
以下の本文の引用を見て欲しい。

===(以下、P238より引用)
かりに18歳のピチピチしたおっぱいでも、二千回くらいさわったとしたら、「これはもういいかな」と、飽きてくることもしばしばありますね。仏教に言う「苦」というのはそういうことで、ひとつの欲望の対象を享受したら一定期間は喜ぶことができるけれども、その喜びというのは、永続するということが決してない。一つのおっぱいにふけり、一つのおっぱいを喜んだら、今度はそれに飽きてきて、次のおっぱいが欲しくなる。
===

つまり、人間は自分の欲求を満たそうとして努力をしても、また次の欲求に苦しめられ続けるのだという。この終わりのない「欲求の無限ループ」に陥っているからこそ、人は不幸なのである。

では、どうすれば欲求から解放されるのか?実は、その方法を研究し、まとめたのが「仏教」なのである。本書を読むことで、あなたの苦しみが解消されるきっかけを掴めるだろう。

(新刊JP編集部)