「17歳で刑務所入り」「4回くらい殺されそうになった」 『独裁者と小さな孫』モフセン監督が壮絶な実体験を語る

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AOLニュースでは、『独裁者と小さな孫』のモフセン・マフマルバフ監督にインタビュー。祖国イランを離れ、ヨーロッパで亡命生活を続けている監督が最新作に込めた想いは、平和への想いだった。クーデターで権力を奪われた独裁者と孫の逃避行をとおして、己の圧政で貧困と暴力にもがく人々の現状を浮き彫りにしていく渾身作。暴力と憎しみの連鎖、それが生み出す新たな悲劇を断ち切るためには――壮絶な実体験とともに語ってもらった。

――この日本版ポスター、秀逸ですよね。おじいちゃんと孫のあたたかい映画のような印象を受けますが、それで観に行ったら腰を抜かす衝撃ですよね(笑)。そういう作戦かと思いましたよ。

僕もこのポスター大好きなんです。同意見です(笑)。

――そもそも、なのですが、どうして映画監督になろうと思ったのですか?

自分はイラン出身で、17歳の時にイランの体制が変われば自分たちの生活ももっと良くなると思って、自分なりに考え、包丁を持って警官を刺したんですよ。

――え!?

刺した時、もちろん逮捕されて刑務所に入りました。政治刑務所に入れられたんです。政治の活動をしている方々や、反政府の活動をしている方々の刑務所に入りました。そこに4年くらいいましたが、イスラム革命が起きるんです。革命が起きると王様が倒され、人々が刑務所の扉を開けてくれて、出ちゃったんです。出た後、以前はイランのチェ・ゲバラになりたかったんですけど、いろいろと刑務所の中で学び、人の人生や生活をもっといいように変えるためには銃は役に立たない、と。だから銃や刃物を手にするのではなく、カメラを手にして人のマインドや文化を変えたほうが生活は豊かになると思い、映画を作ろうとしたんです。

――よくまっとうな道に行かれましたよね......。

刑務所に入っていた人たちも含めて、体制が変われば生活が良くなると思ったんですよね。で、革命があって体制が変わった。でも普通の人たちの生活は、あんまり変わらなかった。そこで問題は、どこだろうって自分なりに考えたんですよね。すると、体制や政治家は問題ではなく、その政治家を選んでいる張本人は我々じゃないかと。我々はどうして間違いを犯すかを考えた時、わたしたちの中で何かが変わらなければ、その上にいる政治家も変わらない。要するに政治家を、政治を変えるものは文化だ、とたどり着いたんですよ。

――今回の映画ですが、監督の心のモチベーションは――怒りや悲しみなど――は、何でしょうか?

簡単に言うと、とても悲しかったんですね。特にこの5年前から、いまの我々の地域を見ればわかることだと思いますが、たとえばシリアの問題などの戦争ですね。難民がすごく増え、たくさんの人が亡くなりました。戦争で殺されました。人々は皆、自由を、デモクラシーを手にするために死んでしまう。でも死んでしまうと、自由は結局手に入らない。人はたくさん死んでいるけれども、あの地域で何本映画作られましたか? 10本もないんですよね。本当に悲しくなって、その地域から何かが生まれてくるかっていうことは、映画が必要じゃないのかなと思ったんですよね。だから、悲しみの中の悲しみが、この映画のモチベーションになっているとは言えます。

――監督も4回くらい殺されそうになったそうですね。それでも映画表現を続けている一番の理由って何ですか?

自分の中の恐れを殺す努力をしているんですよね。死よりも恐怖感、不安のほうが厳しく、大変なんです。死んだほうが楽かもしれない。でも、「いつか死ぬ、いつか死ぬ」と思って生活していくほうがものすごく辛いんですよ。だからそれを変える。自分の恐怖感をコントロールしようとするんです。だから、それをたとえば愛に変えたりする。人類を愛することで、人類の悪い状況をよいほうに変えようと、そういう風に自分は思ってくるんですよね。今の世の中で何で皆不安を持って生活しているかというと、2つのことで今の世の中は出来上がっているんですよね。一つは暴力で、もう一つは恐怖感なんですよ。それで怖いから、反応しないから、独裁者が生まれてくるんですよね。だから、この2つを持っている人たちって、一生自分の人生を良く変えることはできないと思います。