前を向いて、走り続けた先に

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 前編では、館山昌平選手が一軍に復帰登板を果たしたストーリーをお届けしましたが、後編では、シーズンを終えた今の館山選手取り組みなどをお伝えしていきます。

2度目の登板で1019日ぶりの白星

館山 昌平(東京ヤクルトスワローズ)

 それから、13日後の7月11日。横浜DeNA戦で、館山 昌平は1019日ぶりとなる白星を挙げた。6回1失点の好投で、許したヒットは初回の筒香 嘉智選手のタイムリーヒットのみ。最速147キロもマークした。

「自分が勝つことが目標ではなく、チームが勝つことが目標だったので、チームが勝った瞬間に自分がその試合に参加していたんだという喜びの方が大きかったです」そう語った館山は、6月以降は11試合に登板し、6勝をマーク。14年ぶりのチームのリーグ優勝の大きな原動力となったことは間違いない。日本シリーズでの登板は悔しさが残る結果となったが、館山にとって、熱く濃いシーズンとなった。

「優勝は一人でできるものでなく、自分が戻った時のタイミングで、チームが力をつけていたタイミングでもあったので、その時の一員として胸をはって戦うことができました。それは、本当にいい年になったなと感じますね。

 ただ、シーズンが終わった後に、もっと特別な感情があると思っていたんです。やり切った!戻ることができて良かった!という思いで終わるのかなと思ったら、そうではなく、終わった瞬間から今年の反省と来年に向けてという思いがあったので、まだまだ自分は上手くなりたいと思っているなと感じました。

 この2年間、マウンドから離れていたのに、もうそれが昔のことのようで、ずっと一軍にいたときのような、5年前や10年前と変わらない気持ちでこのオフを迎えているのが、不思議な感じです」

 そう言って、安堵の微笑みをもらした。

 シーズンが終わって早々に、すでに来季に向けたトレーニングに取り組んでいるが、館山のトレーニングに対する意識の高さや、徹底したこだわりは、周囲の選手たちも一目置いている。【館山選手がこのオフに実施している詳しいトレーニング内容はこちら!】

 また、館山の場合トレーニングメニューだけでなく、トレーニング時から、着用している用具へのこだわりも深い。例えば、アンダーウェア。

「僕は、アンダーウェアでも、パフォーマンスが上がると思っています。パフォーマンスが10%変わったっていうなら大げさかもしれませんが、2%くらい変わるって言われたら、それくらいなら変わる気がすると思えませんか?例えば140キロ出してみたいという投手が、今130キロ中盤まで投げられているなら、もしかするとウェアの力で138〜140キロに届くかもしれない。

 体の皮膚でさえ、全身タイツを着ているようなものなので、その上にさらにウェアを着るわけなので、野球選手であれば、そこには本当にこだわりを持ってほしいところです」

 館山は、アンダーウェアの縫い目にまでこだわりを持ち、わずかなストレスが肩にかかることを嫌い、肩の線から縫い目を少しずらしたデザインを選ぶ。また、肌に対してピッチリしたものより、緩めのアンダーウェアを好んで着る。もちろん、冬のトレーニングで着用するものも、発揮したいパフォーマンスにあわせて、自分に合ったものを探して選ぶという。

[page_break:何においても妥協しない姿勢で掴んだもの]

館山 昌平(東京ヤクルトスワローズ)

 ちなみに、スライディングパンツは、股関節を固めるためにタイトなものを。また、靴下も五本指ソックスなど2枚履いているが、それは、ふくらはぎはなるべく緩めるために、足首の部分は固めて履きたいという意向があるからだ。形やカッコよさだけでなく、パフォーマンスをより高めるために、ウェア類にも機能性も追求する館山。

 もちろん、スパイクやトレーニングシューズへのこだわりも強い。靴下の裏にも滑り止めをつけているが、スパイクの中にも滑り止めをつける。

「スパイクが自分の足のように自由自在に動くために、しっかりグリップしておきたいんです。今、オーダーしているのは、スパイクの歯がなるべく外側についているものです。あとは、スパイクの歯に溝を入れてもらったりとか、本当に細かいところですが、そういった部分で、最後に自分のパフォーマンスを5%アップできたらと思っています。僕みたいな選手でも、そうやって色々と考えることで、戦うことができている。用具には、支えられているなというのは、すごく感じますね。また、普段使用する用具にこだわることも仕事のうちだと思っています」

 こういった、一つひとつのこだわりによって、力をつけてきた館山。ケガで幾度マウンドから遠ざかっても、ピッチングにも、トレーニングにも、そして自分を支えるもの全てに妥協することなく向き合ってきたからこそ、ケガをする前よりも強くなった館山がそこにいた。

 過去に3度のトミー・ジョン手術を含め、計7回の手術によって全身に刻まれた151針の術痕。その度に苦しみを味わったが、それでも、野球をあきらめなかった。館山は教えてくれた。「手術はケガを治すために手術をするものであって、落ち込むことではなく、前を向いていて進むことです。前を向いてリハビリに取り組む姿勢が周りのみんなに良い影響を与えていることもある。どんな時でも、何においても、本気でやっていれば、なんとかなる。僕はそれをケガから学びました」 

 館山 昌平が築き上げた復活への道。道なき道を信じて、ひたすら前へと進んできた館山は、これからも全力でこの道を駆けていくのだろう。館山が目指すゴールは、まだずっと遠くにあるのだ。

(文=安田 未由)

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