ステファン・グラビンスキ『動きの悪魔』(芝田文乃訳、国書刊行会)。2,400円+税。

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みなさん! 鉄道は好きですか?
僕? うーん僕はフツー……。
『阪急電車 片道15分の奇跡』の今津線にはよく仕事で乗る。ロケやってたのでしばらく待ってたけど、いつまでたっても戸田恵梨香さん来ないんで帰ったという経験がある。

その程度の僕だが、この鉄道ホラー短篇集はよかった。
ステファン・グラビンスキの『動きの悪魔』(芝田文乃訳、国書刊行会)。

グラビンスキ(1887-1936)はオーストリア=ハンガリー帝国内ガリツィア(現ウクライナ南西部)に生まれたポーランドの小説家だ。教師をしながら怪奇小説を書いた人らしい。

蒸気機関車時代の鉄道怪奇小説


冒頭の 「音無しの空間(鉄道のバラッド)」では、もと車掌の老保線作業員が、廃線となった線路を、愛着をもってパトロールする。ある日ついに、その彼を迎えに列車がやってくる──。高橋葉介の絵柄が似合う郷愁にあふれた民話的な幻想譚だ。

しかしこれ以降の短篇は、大戦間ヨーロッパの国際社会を背景としたモダンな世界観に、心霊科学や黎明期の遺伝学といった当時の科学(いまから見れば疑似科学)をぶちこみ、サスペンス的な筋立てで怪奇幻想小説にしたものが続く。
しかも、全部鉄道が舞台なのだ。

基本、最後は大惨事


衝突事故の直前に発せられる不思議な警報には、ある規則があった──駅長がそれに気づき謎を追う「偽りの警報」はミステリ仕立てでクールな作品。
 「永遠の乗客(ユーモレスク)」は、モダン都市文学らしいハイスピードな展開と乾いた笑いが特徴。100年前にもエキセントリックな鉄道愛好家はいたんだなー。
 「放浪列車(鉄道の伝説)」では、いきなり現れては大惨事を引き起こす幽霊船ならぬ幽霊列車が大暴れする。

どの作品も不条理で、その多くで人々は惨事に巻き込まれる。
スプラッタなエンディングのものもある。偏執的な思い込みの強い人物もよく登場する。
ここでは鉄道が、人智を超えた不可視の異世界、異次元への扉となっている。

ポーランドの『ウルトラQ』?


帯には
〈「ポーランドのポー」「ポーランドのラヴクラフト」の異名をとる〉
とある。たしかに「異世界への扉をついあけてしまった」感じは、ラヴクラフト(1890-1937)と共通する。

けど、ラヴクラフトのような泥臭さはさほどない。突き放した作風はときにドライで、ユーモラスでさえある。

どちらかというと昭和初期の《新青年》系の奇想小説、あるいは『ウルトラQ』のシュールな最終話「あけてくれ!」(飛行列車が登場する)につうじる、モダンな猟奇趣味を感じる。

また心霊科学趣味や神秘主義的宇宙観は、英国のファンタジー&怪奇小説家アルジャーノン・ブラックウッド(1869-1951)とも共通している。

「訳者あとがき」はじっくり読め


本書はさらに、詳細で叮嚀な「訳者あとがき」も読みどころだ。未来小説 「奇妙な駅(未来の幻想)」の解題では、こういう一節も。

〈二十一世紀という設定なのに二三四五年とあるのは、著者のペンがつい滑ったものと思われるので、そこは寛大に読み流していただきたい。細かいことを言えば、暖房システムと書けば済むのに、わざわざ「抵抗システム」などという謎の用語を発明しているのも中学生みたいで面白い〉

ホントだ(笑)。中学生みたい。

鉄道は幻想文学の燃料だった


「訳者あとがき」では、異界につうじる鉄道を書いた作品として、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」(1934)と、同じポーランドのブルーノ・シュルツの『砂時計サナトリウム』(1937。工藤幸雄訳『シュルツ全小説』所収)を挙げている。

異界につうじる鉄道、と言われて僕が思い出したのは、先に触れたブラックウッドのハッピーなファンタジー『妖精郷の囚れ人』(1913)だ。

「異界」にこだわらなければ、ディケンズの「信号手」(1866)(『憑かれた鏡 エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談』、創元推理文庫版『怪奇小説傑作集』第3巻に所収)やマルセル・シュオッブの「列車〇八一」(『マルセル・シュオッブ全集』、創元推理文庫版『怪奇小説傑作集』第4巻に所収)がある。

言われてみると楽しい鉄道


鉄道は幻想文学の燃料だったのだ。

そういえば森見登美彦の『太陽の塔』や『夜は短し歩けよ乙女』などでは、本来走ってないあたりを叡山電車が走るという場面があり、非常に印象的だ。

そう考えると、電車ってなんか楽しい。
電車のことなんにも知らないけど、「タモリ倶楽部」でホリプロの南田裕介マネージャーが出る回はけっこう好きだ。鉄道マニアではない僕ら一般人の立場でツッコミ入れる役をガダルカナル・タカが粛々とこなしてるのがまたいい。

100年前にも、鉄道にたいして突拍子もない空想を抱く人がいて、奇妙な物語を14本も書いたんだなー。
『動きの悪魔』は1919年に刊行され、1922年に増補版が出た。今回の訳は、さらにその後に書かれた鉄道幻想小説2篇を加えた、全14篇のコンプリートエディションということになる。

余談ですが、今年は僕も磯崎憲一郎の『電車道』(新潮社/Kindle)の書評を書いたり、獅子文六の極上鉄道ラブコメ『七時間半』文庫解説を書いたりと、仕事がなんか鉄道づいてます。

(千野帽子)