ホセ・ドノソ『別荘』寺尾隆吉訳、現代企画室《ロス・クラシコス》第1巻。装幀=本永惠子デザイン室。本書はスペイン文化賞書籍図書館総局の助成金を得て刊行された。初版1,500部。3,600円+税。《ロス・クラシコス》は寺尾隆吉が企画するスペイン語文学の叢書。

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チリの小説家ホセ・ドノソ(1924-1996)が1978年に発表した長篇小説『別荘』(寺尾隆吉訳、現代企画室《ロス・クラシコス》第1巻)を、やっと読んだ。

昨年8月に刊行されてからずっと気になっていたのだけど、11か月遅れでやっと読めた。

第1回日本翻訳大賞候補作!


寺尾隆吉訳×現代企画室刊という組み合わせでは、先般の第1回日本翻訳大賞(米光一成による授賞式報告はこちら)に本作とギジェルモ・カブレラ・インファンテ『TTT トラのトリオのトラウマトロジー』(《セルバンテス賞コレクション》第13巻)と2作も候補作にノミネートされていた。

豪華別荘で展開する残虐と耽美


『別荘』という題は、最高級金箔の取引で財をなしたベントゥーラ一族の豪奢な別荘をさししめすものだ。18,633本の槍が柵としてその広大な敷地を囲っている。周囲には人喰い人種が棲んでいたという噂さえある。
一族は、7組の夫婦(うちひとりは死亡)と、彼らの、下は5歳から上は17歳の子女35人(うちふたりは夭折)からなっていて、毎年別荘で3か月の夏休みを過ごしている。
大人たちが打ち揃ってハイキングに出かけたあと、別荘には、33人の子どもたちが残される。
そこで展開される子どもたちの性的放縦と権謀術数、暴力と頽廃的な暮らしは、ジュール・ヴェルヌの『二年間のバカンス 十五少年漂流記』を「裏焼き」したウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』に、グロテスクなファンタジーの古典であるマーヴィン・ピークの《ゴーメンガースト》連作、とくに第2部『ゴーメンガースト』を足したような味わいだ。

それにしても、大人たちはただのハイキングに行っただけのはずだ。いったいいつになったら帰ってくるのか。
と思っていると、大人たちが半日のハイキングから帰ってきたら、屋敷は恐ろしく荒廃し、子どもたちのなかには正気を失ったとしか思えない者もいる。
言うなれば、野外で大人たちが半日過ごして帰ってきたら、屋敷では1年が経過していたのだ。
以下、小説の後半部分は耽美な殺戮と崩壊の連続で、山田風太郎の伝奇小説『甲賀忍法帖』(角川文庫/Kindle)、あるいは高見広春のパラレルワールド小説『バトル・ロワイアル』(上/下)を思わせるノイジーな展開が待っている。浦賀和宏ばりの食人場面もある。

最大の魅力は、「前へ前へ出る」語り手


この小説の最大の魅力は、饒舌に全体を語る語り手が図々しくかつ頻繁に物語に介入し、講釈師よろしく事態を補足し、註釈を加え、ザキヤマばりのガヤをかまし、読者に指示出しまですることだ。
このストーリーテラーは、18世紀小説の語り手よろしく、このように喧嘩を売ってくる。
〈作者が頻繁に読者の袖を引っ張って自分の存在を知らせ、時の経過や場面転換といった些細な情報を文面に残していくのは、文学作品として「悪趣味」ではないかとお考えの方も多いことだろう。
〔…〕こうしたことをするのは、この文章があくまで作り物に過ぎないことを読者に示すというささやかな目的のためだ。〔…〕フィクションでありながらフィクションでないように見せかけるような偽善は、私に言わせれば唾棄すべき純潔主義の名残であり、私の書くものとはまったく無縁であると確信している〉
よく言った。頼もしい。
日本で流通している小説の多くは、長いあいだ、登場人物の人生の各場面や心のなかをこっそり実況中継しました、みたいなノリになっている。そこでは語り手は出しゃばらない。
小説を好きな人も、小説を読まない人も、そういうのが小説だ、と信じこんでいる点で一致しているのかもしれない。
そういう小説の「ニセ臨場感」に退屈しきっているなら、『別荘』を読んでみるのもアリかと思います。
(千野帽子)