グループリーグではなかなか出番がなかった川澄だが、自らの役割を冷静に受け止めていた。 (C) J.LEAGUE PHOTOS

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 決勝トーナメント1回戦でオランダと対戦した日本は、DF有吉とMF阪口のゴールで2点をリードすると、試合終了間際にミスから1点を返されるも2-1で勝利。ベスト8に駒を進めた。グループリーグ3試合に続いて、またも1点差での勝利となったが、「選手の距離感が良くなった」(阪口)と語るように、多くの選手が攻撃面での手応えを口にした。
 
 なかでも、右サイドで先発した川澄奈穂美は、80分に交代するまで攻撃的な姿勢を貫いた。20分にはゴール前に走り込んだ宮間に決定的なパスを送り、24分には大野との連係から迷わずシュート。得点こそ奪えなかったが、鋭いスルーパスや積極的なシュートで決定機を演出した。試合後に自身のプレーを振り返った際には、「ボールを持ったらまずゴールに向かうことを意識しました」と答えている。

 鮮烈な存在感を残し、ブレイクした2011年のドイツ・ワールドカップ以降、川澄はほぼすべての大会を主力として戦い、先発に名を連ねて来た。だが、今大会の初戦となったスイス戦のスタメンに、川澄の名前はなかった。

 第2戦のカメルーン戦は先発し、先制点をアシストしたが、その後に途中交代。第3戦のエクアドル戦は出番がなく、グループリーグ3試合の出場時間はわずか56分に止まった。

 しかし、川澄自身はその状況について「練習の感じで次はスタート(先発)だな、とかサブだな、と分かるので、練習のなかから試合に入るイメージを持つようにしています」と、冷静に受け止めていた。

 その答を聞いて、記憶のなかにある場面が呼び起こされた。

 4月に行なわれた、なでしこリーグの試合でのことだ。所属するINACで、なかなか攻撃のスイッチが入らないチームに対し、ハーフタイムに指揮官のカミナリが落ちた。
 
 試合後にミックスゾーンに現われた川澄は、そのカミナリが自らに直撃したことにあえて触れ、「自分に足りないものがあったと受け止めています」としながらも、「(怒られることは)期待の表われだと感じています」と答えた。

 そういった「逆境をプラスに転じる力」や「ポジティブ思考」は、川澄の武器である。
 川澄は代表入りしたのが22歳と、現在のなでしこジャパンのなかでは遅咲きの選手だ。大学時代には代表の練習に参加するチャンスを掴みながら、前十字靭帯断裂の大怪我にも見舞われた。

 しかし、普通なら気持ちが折れてもおかしくないような逆境も、「絶対に復帰して代表に入りたい」と、新たなモチベーションに変えた。その強い信念で努力を続けた川澄は、その後なでしこリーグで頭角を現わし、2011年のドイツ・ワールドカップを機になでしこジャパンの主力に定着した。

 そして昨シーズン、川澄はさらなる成長を求めて自らアメリカ移籍を選んだ。わずか半年間のレンタル移籍だったが、生活、文化、練習、環境など、すべてが日本と異なるアメリカのプロリーグで見事な適応力を発揮。

 平均身長が自分より約16センチも高く、パワーもある選手が多いなか、体格差を克服するためにオフ・ザ・ボールの動きを磨いた。そして、代表活動をこなしながらシーズン22試合に出場し、9ゴール・5アシストの成績を残し、リーグのベスト11にも選ばれている。たった半年間で、まるで家族のようにチームに馴染み、チームメイトの信頼を勝ち得たのだ。

 ポジティブ思考の持ち主にとっては、逆境こそチャンスとなる。今大会に臨むにあたって、川澄はこう話していた。
 
「私は4年前にサブだったところから先発で出させてもらうという、すごく良い経験をさせてもらいました。その想いは忘れていないですし、ベンチにいた悔しさも忘れていません。ただ、どういう位置にいてもチームのために頑張りたいという気持ちは一人ひとりが持っていて、それがなでしこの強さだと思います。だからこそ、途中出場で出ても、チームに勢いをつけたいと思っています」

 日本は準々決勝で、オーストラリアと対戦する(日本時間28日5:00〜)。同じアジアのライバルとして、お互いの特長を知り尽くしており、「やりやすくもあり、やりにくくもある」(大儀見)相手だ。身体能力が高い選手が多いオーストラリアとの対戦について、川澄は「世界に出て行くと、分かっているけど止められない、ということがあるので。そういう状況にならないような準備をしたい」と話す。
 
 元々持っているスピードやスタミナに加え、4年前と比べると予測やオフ・ザ・ボールの動きに磨きをかけてきた。再び、あの歓喜を手にするために――川澄が、連覇へと突き進むなでしこジャパンのサイド攻撃を活性化させる。
 
取材・文:松原 渓(スポーツライター)