オープニングアクトとして登場したのは、ギター、バイオリン、パーカッションから成るバンド

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これまで、ここ「エキレビ!」でも継続的に紹介してきた「日本翻訳大賞」。その第一回大賞授賞式が、2015年4月19日に新宿の紀伊國屋サザンシアターにて開催された。

会場行きのエレベーターを降りると、目に飛び込んでくる人、人、人。400人以上入る会場だけに集客が心配されてもいたそうだが、杞憂だったようである。開演時には客席も概ね埋まり、静かな熱気が立ちこめるなか、第一回日本翻訳大賞授賞式は始まった。

まず、オープニングアクトとして登場したのは、ギター、バイオリン、パーカッションから成るバンドだ。ん? 見覚えのある方が……。そう、ギターを演奏していたのは、日本翻訳大賞の発起人である翻訳家の西崎憲。軽やかな演奏で、会場はリラックスムードに。そして演奏が終わると、司会を務める米光一成が登場。「授賞式スタート宣言」を経て、西崎と共に賞を設立するに至った経緯を説明した。

きっかけとなったのは、西崎のツイッターでのぼやき。翻訳書は売り上げ的にもキビシく、公に評価される場も少ない。翻訳賞ができれば、翻訳小説や翻訳ノンフィクションの振興にも貢献するはず。賞金5万円、式典も小規模でいいので誰かやってほしい――。

これに最初に反応したのが、司会の米光であった。そして、「知り合いに声をかけて、全員手弁当で」というDIY精神のもと、日本翻訳大賞はスタートする。

選考委員に就任したのは金原瑞人、岸本佐知子、柴田元幸、松永美穂、西崎憲という、現在日本の翻訳文学を牽引する名翻訳家5名。「全員手弁当で」だけでは続けられないので、運営に関わる費用を集めるために始めたクラウドファンディングも、あっという間に目標額をクリア。最終的に385人から約340万円の支援を得るに至った。

さて、日本翻訳大賞はどのような作品に贈られる賞なのだろうか。会場では、あらためてコンセプトが確認された。それは「2014年1年間に発表された翻訳作品中、もっとも賞賛したいものに贈る賞」であり、その選考は3つの過程から成る。

1次選考では、一般読者からの推薦作上位12冊を選出(10冊の予定だったが、10位が3冊あったそうだ)。 選考委員それぞれが無記名で1冊ずつ推薦本をあげて5冊を選出。合計17冊が2次選考へと進んだ。2次選考では、選考委員の点付けによって5作品に絞り込み、最終選考で討議のうえ、大賞を決定した。こうして選ばれたのが、以下の2作品だ。

『カステラ』(パク・ミンギュ著、ヒョン・ジェフン/斎藤真理子訳、クレイン)

ここで岸本佐知子、松永美穂が加わり、大賞が決まった経緯や、選評が語られた。一言に「よい翻訳」といっても、その理想像は翻訳者によって異なる。松永は「つかみ合いの喧嘩になるんじゃないかという声もありましたが、ひじょうに平和的に決まりました」と冗談めかして語ったが、どれが獲ってもおかしくないところで順位を付けなければならないため、選考の際は皆悩みに悩んだようだ。また、岸本は「翻訳大賞というからには、ただ面白いだけではなく、文章が読んでいて気持ちよく、翻訳が誠実であるか、その3つの基準から、もっとも支持が集まったのが大賞の2冊でした」と受賞のポイントを語った。

松永 『カステラ』からは、ちょっと負け犬っぽい人たちを含め、「普通に生きている人々」の息づかいや考えていることがありありと伝わってきました。

ちなみに、両作品とも英語以外の言語で書かれた作品ゆえ(選考委員は、ドイツ語を専門とする松永を除き、英語の翻訳者である)、専門家の意見も聞き、原書の文体の特徴なども考慮に入れたうえで判断したそうだ。

また、選考委員5人の内4人までは、 『ストーナー』(ジョン・ウィリアムズ著、東江一紀訳、作品社)に移った。

西崎 この賞は、賞発足時には考えていませんでした。なぜ「読者賞」という名前なのか? それは、一般推薦(1次選考)のところで最も推薦が多かった作品だからです。でも、理由はそれだけではありません。一番大きかったのは、推薦文の内容が、他の作品をしのぎ一番熱かったからです。

これは、最初に一般読者から推薦作を募るという形態や、クラウドファンディングによって支えられている同賞の性格を考えれば、ひじょうに自然な流れである。

そして、ここから金原瑞人、柴田元幸も登壇し、受賞作だけでなく、候補となった全17作に話が及んだ。

柴田 当初は、なんとなく英語の翻訳がメインで、他の言語のものがちょっとある、くらいに考えていました。しかし、こうして読者の投票を中心に候補作を選んでみると、非英語圏の作品が思いのほか多かった。 『黄金時代』(ミハル・アイヴァス著、阿部賢一訳、河出書房新社)を読んで、すぐ古川日出男の『エウロペアナ』に繋がっていく。で、 『ベルカ、吠えないのか?』。また、 『カステラ』から奇抜なイメージを抜いたら、村上春樹の初期短編集と通づるところがある。読んでいると、どこかで日本の作品と響き合うところがあるように感じました。

また、今回の候補作には、作家によって翻訳された作品が複数あった。 『狼少女たちの聖ルーシー寮』カレン・ラッセル著、松田青子訳、河出書房新社)である。西崎は、これらの作品に「作家的なニュアンス」を感じると言う。

西崎 翻訳に馴れていない人は、辞書を引いて、そこにある1番目か2番目にある言葉を使う。それが「色を付けない翻訳」としてずっと教科書的な意味で推奨されてきました。しかし、じっさい名訳として長く評価されているのは、そういうものではありません。自分なりに咀嚼した上で吐き出したものでなければ、いい訳とは言えない。

柴田 作家の訳は、原作における“気合いの入っているところ”の受け止め方が「作家だな」と思わせるんです。西崎さんのおっしゃる「辞書の1番目か2番目にある言葉」では、そこをカバーするには間に合わない。語学力も大事ですが、それに加えて作家的な想像力を駆使している。そこはただの翻訳者には叶わないな、と時々思うことがあります。

金原 作家は自分の文体に引きつけるところがありますよね。候補になった 『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』などは、チャールズ・ユウと円城塔、両方を読んでいるような気分になるわけで。

そして、式も中盤に差し掛かり、いよいよ受賞者の登壇となる──。続きは後半で。
(辻本力)