東大まで出て、なんでプロゲーマーになったのか「東大卒プロゲーマー」
最高学府・東京大学。俗に「東大ブランド」と言われるほど、さまざまな「東大出身」の有名人が存在します(最近は元ライブドアの堀江貴文氏のように「中退」ブランドもあるようですが・・・)。ま、東大ブランドも付加価値を高める手段の一つですから、戦略的に使っていただければと思います。要は中身ですからね。
本書「東大卒プロゲーマー」の作者、「ときど」(谷口一さん)も、そうした「東大」出身者の一人。「企業のスポンサードを受け、ゲームをプレイすることで収入を得る」プロゲーマーで、その中でも格闘ゲームを主戦場に活躍中。世界大会での優勝回数がトップクラスで、「格ゲー5神」に数えられています。
1985年生まれで、子どもの頃から格闘ゲームが大好き。高校生で海外大会で優勝するほどの凄腕ゲーマーでした。ゲーマーネームの「ときど」も、格闘ゲーム「キングオブファイターズ」のキャラクター「八神庵」の決め台詞「とんで、キックからの、どうしたぁ!」からとったほどです。
勉強して成績が上がれば、親も喜ぶし、好きなゲームも思いっきり遊べると考えた谷口少年。ゲームも勉強も脇目もふらず集中し、父親の憧れだった東京大学に合格します。その勉強法はまさに合理的。以前「受験や就活もゲームに見立てて『攻略』した」ゲーマーたちがいたと書きましたが、その見本のような存在でしょう。
ちなみにゲームに学んだこととして、本書では「1知識入れと課題発見」「2最短距離で策を巡らす」「3偶然を見逃さない」という3点が上げられています。
それぞれ「1プレイ前に格闘ゲームのムック本を熟読し、情報を組み合わせて新戦法を生み出すように、先行研究や既存の論文を徹底的に調べ上げ、それらを組み合わせて仮説を構築する」「2技の組み合わせの優劣を使用キャラクターや主要技に絞って検証するように、研究においても効率的な『しらみつぶし』の方法を選択する」「3バグ技から新しい戦法が生まれるように、研究においても偶然や失敗から生まれる変化を見逃さない」というわけです。ギリギリまで極めた人ならではの「突破力」は、他のジャンルでも応用が利くということでしょうか。
ただし、そんな谷口さんも学業でつまづき、就職活動(公務員試験)でも自分探しでぐるぐるした結果、抜け殻同然になってしまいます。詳しくは本書にゆずりますが、理由は「情熱を失ってしまったから」。本当に自分がやりたいことは何なのか逡巡した結果、谷口さんはプロゲーマーの道に進むことを決意します。周囲から反対されたにもかかわらず、父親は「プロゲーマーか、公務員か」という選択に対し、「好きにやれ」と答えたとのこと。いやー、人の親として、かくありたいですね。
中でもシックリきたのが次のフレーズです。「東大まで出て、なんでプロゲーマーになったのか」と効かれる度に「もし東大を出ていたら、あなたは何になりますか?」と問い返してみたい--。考えてみれば、そりゃそうですよね。医者でも弁護士でも一流企業のビジネスマンでも、卒業してからの人生の方が、ずっと長いわけですから。どんな仕事でも情熱がなければ続きません。人間好きなことをやるのが一番だと本書は教えてくれます。
また、アマチュア時代から「ときど」として活躍してきた谷口さん。勝つために「最強」と呼ばれるキャラクターを選択し、繰り返し練習して操作を体に覚え込ませ、必勝パターンに持ち込んで、相手をねじ伏せてきました。それが最短ルートだったからです。しかしプロになってしばらくして、論理や合理性だけでは限界があることを知らされます。一番重要なのは、ここでも情熱だったんです。これまた詳細は本書に譲りますが、いやー、面白いモンですね。
そんな谷口さんの目標の一つが、格闘ゲームを世界のトップ競技に押し上げること。プロゲーマーの大会では、一人称視点シューティング(FPS)や、リアルタイム戦略ゲーム(RTS)が圧倒的な人気を誇っています。もっとも人気のある「リーグ・オブ・レジェンド」は総プレイ人口が7000万人で、トップリーグの優勝賞金は100万ドル(約1億円)を数えるほど。格闘ゲームはこれらに比べるとニッチで、賞金総額も遙かに見劣りします。全世界でも格闘ゲームのプロゲーマーは20〜30人、日本では4人だけなんだそうです。
しかしFPSやRTSがチーム戦なのに対して、格闘ゲームは1対1の個人戦で、素人目にも勝ち負けが分かりやすい。操作技術や反射神経に加えて、読みあいや試合の組み立ても重要で、選手生命も長いのだとか。世の中シンプルな方が広まりやすいのは事実で、格闘ゲームがこれから伸びる可能性は大いにありそうです。世界最大の格闘ゲーム大会とされる「EVO」も、1995年に40人ほどの参加者からスタートし、動画配信サイトと結びつく形で急成長。2014年度の同時視聴者数は、公式配信サイト「Twitch」だけで13万人以上を記録したほどです。
ただし、今年29歳の谷口さん。「ときど」として活躍できるのは客観的に考えて、これから5〜10年ではないでしょうか。学生と社会人の関係のように、引退後の人生の方が長いことは言うまでもありません。業界をどのように整備していくか、後身をどのように育てていくか、特に日本で認知度をどのように上げていくか・・・。課題は山積みです。それだけに重要なのが「情熱の有無」となります。
特に日本ではアーケードゲームの不振を受けて、格闘ゲーム人口自体が減っています。一方、海外では格闘ゲームを売る上で、こうした大会が無視できない存在になってきました。カプコン、バンダイナムコゲームスなど主要メーカーが「EVO 2014」にこぞって協賛したほどです。海外産の格闘ゲームも登場し、「EVO 2014」でもメイン8種目のうち「キラーインスティンクト」「インジャスティス:神々の激突」がアメリカ産のゲームとして参戦。「格闘ゲームは日本の十八番」という評価も揺らぎつつあります。格闘ゲームにも基本プレイ無料の波が押し寄せる中、プロゲーマーの方々には、メーカーとユーザーコミュニティの橋渡し役として、さらなる活躍を期待したいですね。
いささか余談ですが、本書から彷彿されるのが、同じ東大卒で有名になったプロ雀士の井出洋介さんです。それまで賭け麻雀が一般的だった中で、賭けなくても面白いという「健康麻雀」を提唱。1984年に上梓した「東大式 麻雀に勝つ考え方 - 攻め・守り・状況判断の新セオリー」はベストセラーになりました。以後も数々の著作を発表され、メディアへの露出も豊富。「井出洋介」を関した麻雀ソフトも多数発売されています。競技麻雀の世界でも第一人者であり続け、1997年には「麻将連合(μ:ミュー)」を設立。新たに「麻将」という用語を提唱するなど、麻雀の社会的地位向上に長年取り組まれてきました。
その半生は(ちょっと古いですが)、学生が作る東大ホームページ「UT-Life」に掲載されているロングインタビューに詳しいでしょう。麻雀といえば、今でもギャンブルやアウトローというイメージが色濃く残っています。それを良しとする人も少なくないでしょう。それなのに、なぜわざわざ麻雀の地位向上に努めなければならないか。一つには麻雀が好きだから。そして麻雀の裾野を拡げ、本物のトッププロを生み出したいから。インタビューからは悔しい思いをされたことも読み取れます。そこで諦めないのも、情熱があるからです。
「一生を考えたときに、自分のやっていることが本当に分かっていただけないのはなんと悲しいことだろうと思うようになりましてね。麻雀ってみんなが思っているほどひどいものじゃないんだって伝えたくなったんです」(本文より)。
「とりあえず正社員希望」「大企業志望」「公務員ラブ」といった風潮が広がる昨今。一方で就職して家庭を持ち、キャリアを重ねていく中で、「社畜」化する社会人も少なくありません。あなたが望む仕事は、ホントにやりたいことでしょうか。あなたは日々、情熱を失わずに働いているでしょうか。世の中でほとんど知られていないプロゲーマーの日常や、競技風景なども盛りだくさんですが、内容は普遍的な仕事論。背筋をピリッとさせてくれること請け合いです。
(小野憲史)
本書「東大卒プロゲーマー」の作者、「ときど」(谷口一さん)も、そうした「東大」出身者の一人。「企業のスポンサードを受け、ゲームをプレイすることで収入を得る」プロゲーマーで、その中でも格闘ゲームを主戦場に活躍中。世界大会での優勝回数がトップクラスで、「格ゲー5神」に数えられています。
勉強して成績が上がれば、親も喜ぶし、好きなゲームも思いっきり遊べると考えた谷口少年。ゲームも勉強も脇目もふらず集中し、父親の憧れだった東京大学に合格します。その勉強法はまさに合理的。以前「受験や就活もゲームに見立てて『攻略』した」ゲーマーたちがいたと書きましたが、その見本のような存在でしょう。
ちなみにゲームに学んだこととして、本書では「1知識入れと課題発見」「2最短距離で策を巡らす」「3偶然を見逃さない」という3点が上げられています。
それぞれ「1プレイ前に格闘ゲームのムック本を熟読し、情報を組み合わせて新戦法を生み出すように、先行研究や既存の論文を徹底的に調べ上げ、それらを組み合わせて仮説を構築する」「2技の組み合わせの優劣を使用キャラクターや主要技に絞って検証するように、研究においても効率的な『しらみつぶし』の方法を選択する」「3バグ技から新しい戦法が生まれるように、研究においても偶然や失敗から生まれる変化を見逃さない」というわけです。ギリギリまで極めた人ならではの「突破力」は、他のジャンルでも応用が利くということでしょうか。
ただし、そんな谷口さんも学業でつまづき、就職活動(公務員試験)でも自分探しでぐるぐるした結果、抜け殻同然になってしまいます。詳しくは本書にゆずりますが、理由は「情熱を失ってしまったから」。本当に自分がやりたいことは何なのか逡巡した結果、谷口さんはプロゲーマーの道に進むことを決意します。周囲から反対されたにもかかわらず、父親は「プロゲーマーか、公務員か」という選択に対し、「好きにやれ」と答えたとのこと。いやー、人の親として、かくありたいですね。
中でもシックリきたのが次のフレーズです。「東大まで出て、なんでプロゲーマーになったのか」と効かれる度に「もし東大を出ていたら、あなたは何になりますか?」と問い返してみたい--。考えてみれば、そりゃそうですよね。医者でも弁護士でも一流企業のビジネスマンでも、卒業してからの人生の方が、ずっと長いわけですから。どんな仕事でも情熱がなければ続きません。人間好きなことをやるのが一番だと本書は教えてくれます。
また、アマチュア時代から「ときど」として活躍してきた谷口さん。勝つために「最強」と呼ばれるキャラクターを選択し、繰り返し練習して操作を体に覚え込ませ、必勝パターンに持ち込んで、相手をねじ伏せてきました。それが最短ルートだったからです。しかしプロになってしばらくして、論理や合理性だけでは限界があることを知らされます。一番重要なのは、ここでも情熱だったんです。これまた詳細は本書に譲りますが、いやー、面白いモンですね。
そんな谷口さんの目標の一つが、格闘ゲームを世界のトップ競技に押し上げること。プロゲーマーの大会では、一人称視点シューティング(FPS)や、リアルタイム戦略ゲーム(RTS)が圧倒的な人気を誇っています。もっとも人気のある「リーグ・オブ・レジェンド」は総プレイ人口が7000万人で、トップリーグの優勝賞金は100万ドル(約1億円)を数えるほど。格闘ゲームはこれらに比べるとニッチで、賞金総額も遙かに見劣りします。全世界でも格闘ゲームのプロゲーマーは20〜30人、日本では4人だけなんだそうです。
しかしFPSやRTSがチーム戦なのに対して、格闘ゲームは1対1の個人戦で、素人目にも勝ち負けが分かりやすい。操作技術や反射神経に加えて、読みあいや試合の組み立ても重要で、選手生命も長いのだとか。世の中シンプルな方が広まりやすいのは事実で、格闘ゲームがこれから伸びる可能性は大いにありそうです。世界最大の格闘ゲーム大会とされる「EVO」も、1995年に40人ほどの参加者からスタートし、動画配信サイトと結びつく形で急成長。2014年度の同時視聴者数は、公式配信サイト「Twitch」だけで13万人以上を記録したほどです。
ただし、今年29歳の谷口さん。「ときど」として活躍できるのは客観的に考えて、これから5〜10年ではないでしょうか。学生と社会人の関係のように、引退後の人生の方が長いことは言うまでもありません。業界をどのように整備していくか、後身をどのように育てていくか、特に日本で認知度をどのように上げていくか・・・。課題は山積みです。それだけに重要なのが「情熱の有無」となります。
特に日本ではアーケードゲームの不振を受けて、格闘ゲーム人口自体が減っています。一方、海外では格闘ゲームを売る上で、こうした大会が無視できない存在になってきました。カプコン、バンダイナムコゲームスなど主要メーカーが「EVO 2014」にこぞって協賛したほどです。海外産の格闘ゲームも登場し、「EVO 2014」でもメイン8種目のうち「キラーインスティンクト」「インジャスティス:神々の激突」がアメリカ産のゲームとして参戦。「格闘ゲームは日本の十八番」という評価も揺らぎつつあります。格闘ゲームにも基本プレイ無料の波が押し寄せる中、プロゲーマーの方々には、メーカーとユーザーコミュニティの橋渡し役として、さらなる活躍を期待したいですね。
いささか余談ですが、本書から彷彿されるのが、同じ東大卒で有名になったプロ雀士の井出洋介さんです。それまで賭け麻雀が一般的だった中で、賭けなくても面白いという「健康麻雀」を提唱。1984年に上梓した「東大式 麻雀に勝つ考え方 - 攻め・守り・状況判断の新セオリー」はベストセラーになりました。以後も数々の著作を発表され、メディアへの露出も豊富。「井出洋介」を関した麻雀ソフトも多数発売されています。競技麻雀の世界でも第一人者であり続け、1997年には「麻将連合(μ:ミュー)」を設立。新たに「麻将」という用語を提唱するなど、麻雀の社会的地位向上に長年取り組まれてきました。
その半生は(ちょっと古いですが)、学生が作る東大ホームページ「UT-Life」に掲載されているロングインタビューに詳しいでしょう。麻雀といえば、今でもギャンブルやアウトローというイメージが色濃く残っています。それを良しとする人も少なくないでしょう。それなのに、なぜわざわざ麻雀の地位向上に努めなければならないか。一つには麻雀が好きだから。そして麻雀の裾野を拡げ、本物のトッププロを生み出したいから。インタビューからは悔しい思いをされたことも読み取れます。そこで諦めないのも、情熱があるからです。
「一生を考えたときに、自分のやっていることが本当に分かっていただけないのはなんと悲しいことだろうと思うようになりましてね。麻雀ってみんなが思っているほどひどいものじゃないんだって伝えたくなったんです」(本文より)。
「とりあえず正社員希望」「大企業志望」「公務員ラブ」といった風潮が広がる昨今。一方で就職して家庭を持ち、キャリアを重ねていく中で、「社畜」化する社会人も少なくありません。あなたが望む仕事は、ホントにやりたいことでしょうか。あなたは日々、情熱を失わずに働いているでしょうか。世の中でほとんど知られていないプロゲーマーの日常や、競技風景なども盛りだくさんですが、内容は普遍的な仕事論。背筋をピリッとさせてくれること請け合いです。
(小野憲史)