ブラジルとの差は個だけでない…王国とのアウェー戦で浮かび上がった日本の実情

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 試合前から、惨敗の予兆はあった。

 試合後に選手の口からは次々と力負けを認める言葉が出てきたが、実際に0−3というスコア以上に実力差を見せつけられた。昨年10月にポーランドで対戦した際に得られた内容面での手応えが、木っ端微塵に吹き飛ぶほどのあまりにショッキングな敗戦だった。

 アルベルト・ザッケローニ監督が試合後、「長旅の疲れも影響したと思う」と語ったように、11日にカタールのドーハでイラク代表戦をこなして中3日で、準備万端で待ち構えるブラジルとのアウェー戦に臨むということには、コンディション面で両チームに大きな隔たりがあったことは認めるべきだろう。

しかし、香川真司が「試合を振り返る限り、僕たちは攻守において完敗」と語ったように、過酷な日程面を差し引いても力の差は歴然だった。ワールドカップまで1年を切った時点で、世界のトップチームから厳しい現実を見せつけられた。ワールドカップ出場を決めた際、多くの選手が個の重要性を語ったが、試合を終えた長友佑都が「中学生とプロのレベル」と表現したように、皮肉にも王国とのアウェー戦が世界とのレベルの差を浮き彫りにさせる結果となっている。

 ただ、香川が「しっかりと気持ちを持って臨んだ」と言うように、試合に入る際の心理状態でブラジルに劣っていたとは思わない。開始3分のネイマールの得点は高い技術に裏付けされた一発で、それこそ世界レベルとの差と言ってしまえばそれまでだが、決してアウェーの雰囲気や試合への入り方に問題があったわけではなかった。

 試合前から敗戦の予兆を感じた要因は、選手達ではなく、より間接的な出来事。試合の前日会見に遡ることになる。

 試合会場のエスタディオ・ナシオナル・デ・ブラジリアで行われた会見には、開幕戦ということもあり、ブラジルと日本両国だけでなく、世界各国からメディアが集結した。予定時刻から大幅に遅れて始まったブラジルの会見では、ブラジルメディアが出席したルイス・フェリペ・スコラーリ監督に矢継ぎ早に質問を浴びせかけることになる。

 結局、質問や監督が応答している間にも、出席したメディアが次なる質問者になるべく各々がアピールしていたこともあり、遅れて始まった会見もブラジルメディアの質問を中心に30分以上続いた。ただ、あまりにブラジルメディアの攻勢が続いたこともあってか、質問者を指名していたFIFAの関係者が「日本のジャーナリストからの質問も受けたい」と発言したことや同時通訳があったにも関わらず、ついぞ日本のメディアがスコラーリ監督に疑問をぶつけることはなかった。

 しかし、海外メディアの攻勢はそこで終わらなかった。日本の練習後に行われたザッケローニ監督と主将の長谷部誠が出席した会見でもその勢いは続くことになる。日本の会見でも半分が海外で、日本側の質問はイタリア語を話せる記者かフリーランスの立場で活躍する記者が手を挙げて質問することに限られた。

 今回、日本のメディアは開催国のブラジルに次ぎ2番目に多い数が大挙して押し寄せたが、世界トップレベルとの個の差を指摘しているにも関わらず、各国が集まったメディアの中で埋没していたことは、矛盾を通り越して滑稽と思われても仕方がない。もちろん、ミックスゾーンで選手達の声を拾い、会見に出席しなかった場合もあるために一概には言えず何よりも自戒が前提にあるが、ワールドカップでの優勝を公言する日本代表の選手達に対してあまりにアンフェアであり、多くのものを背負わせ過ぎている印象を与えた。

 メディアの質問の有無が、ブラジル戦の結果に影響したと言うつもりは全くない。ただ、試合を前に圧倒的ではなく絶望的な程にサッカー文化の深さや歴史、あるいは熱量の違いを見せつけられたのは確かである。そして、実際に試合を目の当たりすると、その思いはさらに強くなった。

 前半に象徴的なシーンがあった。圧倒していたこともあり、試合を通じて基本的に母国の代表に好意的な声援を送っていたブラジルのファンだが、前半に一度だけ、右サイドからDFラインでバックパスを回した際、凄まじいブーイングがスタジアム中を包んだ。また、日本ではあまり見られない光景と言えば、試合終盤に雨が降り始めると、バックスタンドの観衆を中心に、続々と席を立ち始めたことも印象的であった。

 代表チームがアジア王者を完膚なきまでに叩きのめしているにも関わらず、試合の大勢が決したと思えば、試合終了まで見届ける必要もないということだろうか。おそらく、競った展開ならば彼らも席を立つことはなかっただろう。世界で最も厳し目を持つブラジルのファンは、対戦国にも一定の力を要求してくるのだろうかと、カナリア色に染まったスタンドで真っ赤にカラーリングされた座席が面積を広げるにつれ、そんな思いは強くなった。

 誤解なきように言えば、何も全てを右に倣えでブラジルを盲従する必要はあると思わない。しかし、選手が勝利を求めて意識改革を目指して周囲もそれを望むならば、選手を取り巻く環境も、成長を促せるような状態に作り上げることが自然だろう。実際に世界一のサッカー王国と敵地で対戦することで、日本サッカーを取り巻く様々な現実が露わになったことは事実である。

 香川はワールドカップ出場を決めた際、「日本のサッカー熱はすごく高くなっているので、それはサッカー選手にとっては素晴らしいし、できればヨーロッパみたいに環境や文化になっていければいいなとは願っている。それは長い歴史を作っていかなければいけないので、一つひとつ積み重ねていければと思う」と語った。ただ、その積み重ねは決して選手だけの問題ではないはずである。

 ワールドカップ出場決定の際、多くのメディアが選手に投げかけた質問に、「ワールドカップまでもう1年しかないのか、あと1年あるのか」というものがあった。本田圭佑は「考え方によってはまだ1年ある」と語り、香川は「もう1年しかない」と答えた。答えは異なったが、両者に通じるのは危機感である。世界トップレベルとの溝を埋めるべく、メディアやファン、日本サッカーを形作る周囲はどう感じているのだろうか。

文●小谷紘友