巨大地震シミュレーションで約34mの津波が襲う可能性あり、と予測された高知県黒潮町。1964年の南海地震の教訓が生きた町でも、この数字は想定外だった

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 もう、「想定外だった」という言い訳は許されない。東日本大震災で津波による死者が多数出たことを教訓に、中央防災会議(内閣府)が3月31日、西日本の太平洋沿岸の南海トラフを震源域とする巨大地震シミュレーションの結果を発表。これまでの想定をはるかに上回る津波が押し寄せる可能性が示された。

 なかでも、10階建てのビルの高さに相当する約34mの津波が予測されたのが、高知県西部に位置する黒潮町だ。

「今回の津波予測はかなりの高さになっているらしいと事前に聞いてはいたのですが、まさかここまでとは……」(黒潮町役場・情報防災課)

 同町ではこれまで南海トラフ地震で高さ10mの津波が発生するとの予測に基づき、対策をとっていた。2年前には約3000万円を投じ、海抜4mの場所に高さ8mの津波避難タワーを設置。さらに東日本大震災後には、町役場を海抜22mの高台に新築移転する計画を立てるなどして万全を期していたのだが……。緊急会議を開いた大西勝也町長が「町の存続に関わる危機的状況」と表情をこわばらせるのも無理はない。

 前出の情報防災課の担当者によると、「(新たな予測を受けての対策は)まだ具体的なものは何もないです。すべてをイチからもう一度見直す」とのこと。

 県庁のある高知市から電車(特急)で1時間半ほどの黒潮町は漁業が盛んで、カツオの一本釣りのほか、クジラウオッチングと砂浜一面に植えられたラッキョウで知られる。人口は約1万3000人(65歳以上の高齢化率は約35%)。その約8割が沿岸部に集中し、高さ約34m以上にある避難場所は8ヵ所しかない。住民の反応を聞いてみた。

「東日本大震災が起こってからは、すぐに逃げられるようにリュックサックに食べ物とか水を入れて備えていたんだけど、地震発生から2分でそんな津波が来るなんて、バカらしくなるがで。避難タワー? あれはもう意味ないし、みんな“間違いタワー”って呼んでる(苦笑)」(40代女性)

「もう、どんなに家が雨漏りしても修理しない。クルマも買い換えるつもりだったけどやめた。次の日に津波が来ると思ったら、もったいないけん」(50代女性)

 やはりというか、あまりの巨大津波予測に住民たちもやけっぱちムード。なかには、こんな悲観的な声も……。

「はっきり言って、もう終わりよ。家の周りを見渡しても、高い建物なんてどこにもない。山(にある避難場所)まで逃げるにしても、私らの足じゃ15分はかかる。『あんたはそこで死になさい』って言われた気分」(60代女性)

「そう。(予測発表以降は)みんなで合言葉みたいに『死ぬときはみんな一緒ね』って言っとるわ。津波にのみ込まれるにしても、みんな一緒なら、まあ寂しくないかなって」(同じく60代女性)

 高知県だけで死者・行方不明者679名を出した1946年の昭和南海地震を体験した、90歳間近の女性住民も力なく話す。

「あのときは激しい縦揺れがずっと続いたんよ。とても立っていられなくて怖かったけど、津波は堤防の一部が決壊するくらいで大したことはなかったよ。でも、今度は東北みたいな大きな津波が来るいうんじゃろ。もう長生きしなくていいから、津波が来る前に普通にポックリ死にたいわ」

 南海トラフ地震は近い将来、いや、明日にでも起こるかもしれないといわれている。今回の内閣府による予測はあくまで「最悪のなかの最悪のケース」とはいえ、対策は急務。となると、考えられるのは高さ約34mの津波が来ても大丈夫なように、住民全員で高台移転するしかない。

「住民の高台移転については当然、検討課題に入る内容。費用は莫大になりますので、町の予算だけではとうてい無理。県や国と相談しながらということになると思います」(前出・情報防災課)

 最後に、ある80代男性住民はこう話した。

「わしらはもう十分生きた。津波が来て死ぬなら仕方ない。でも、どんなにカネがかかろうと早く高台に町営住宅を造って、若い人や小さい子供のいる家庭だけでも、そこで生活できるようにしてあげてほしい」

 海に囲まれた地震大国ニッポン、黒潮町の直面する危機は、決して他人事(ひとごと)じゃない。

(取材/ボールルーム)

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