7月4日、菅直人総理は街頭演説で、「渡辺喜美さんは民主党がいつの間にか官僚に取り込まれたと言ってますが、違うんですよ。私が財務省を洗脳しているんだ。ぜひ渡辺さんの口車に乗らないでください!」と力説した。「消費税10%」をいいだした菅総理は、「草の根」が消えて、草冠なしの「官さん」になったといわれている。

   冒頭の街頭演説の前に、テレビ局で9党首の討論があったが、菅総理は渡辺喜美・みんなの党代表に「脱官僚」をあきらめたことをこっぴどくやられた。そこで、腹の虫が治まらないのか、財務省を「洗脳」しているという街頭演説になった。それにしても、一国の総理が「洗脳」という言葉を公の場に使うとは驚いたものだ。

「出向は天下りにあらず」

   鳩山前総理は、建前としては脱官僚をいっていた(もっとも、言葉としては「脱官僚」から「脱官僚依存」と言い換えており、脱官僚の意図は弱くなっていった)。菅総理は、「官僚は政策のプロ」とよいしょして、「脱官僚」とは決して言わない。菅総理が、脱官僚から「親官僚」になったのは、6月22日に閣議決定した「退職管理基本方針」をみてもよくわかる。

   この閣議決定が選挙公示直前のタイミングで行われたのは、霞ヶ関人事が7月上旬にあるからだ。霞ヶ関では、通常国会が終わった後に、人事異動するのが通例であるから、7月上旬に大規模な定例人事がある。そこで、大量の天下りを表面化させないために、あの手この手で「天下りにならない」ように、「退職管理基本方針」が作られたのだ。その中で、現職官僚が天下り法人に「出向」する場合は、天下りと扱わないとされている。しかも、鳩山内閣で独法の役員ポストには公募を課していたが、「出向」の場合には公募の対象外とするのだ。

   さらに、本来、純粋民間であるはずの社団や財団にも、「休職」にして「出向」すれば天下りとは扱わない。民主党は、かつて、4500団体に2万5000人の天下りがあり、毎年12兆円も使われているからといって、天下り根絶を主張していたが、退職ではなく出向なら天下りではないというのは苦しい言い訳だろう。ちなみに、出向というのは、本人と出身省人事担当者しかわからない。退職と出向の違いは退職金をもらうかどうかがちがうだけだ。もちろん、天下り法人に出向して出身省庁に戻った後に退職すれば、出向期間分だけ退職金は増える。

埋蔵金は官僚のもの

   実は、菅政権のような親官僚路線は大きな政府指向であるので増税と結びつきやすいのに対して、脱官僚は小さな政府指向になるので増税は出にくくなる。

   労働保険特別会計の埋蔵金を例に、それを説明しよう。菅総理は、7月4日のテレビ討論で、「政権をとってわかったが、労働保険特会の埋蔵金5兆円は実際に使えない」といった。菅総理はご存じないだろうが、労働保険特会は、保険といいながら、民間保険には義務つけている保険数理計算ができていない。だから、ドンブリ勘定で過剰な保険料を労使(給与に対する保険料は、労働者0.6%、使用者0.95%)から徴収して、天下りのためにどんどん浪費される。

   無駄遣いのシンボルとされていた「私のしごと館」(2010年3月31日閉館)は、労働保険特会からの赤字補てんを受けていた。これに限らず、厚労省の天下り先である雇用・能力開発機構の運営は、労働保険特会からの資金で行われている。厚労省内では旧厚生省にも手をつけさせない旧労働省の天下り先ネットワーク聖域なのだ。さらに、菅総理は、理由として「法律改正が必要だから筋悪」と述べた。法律改正が必要というのは、官僚のロジックであり、国会議員なら、法律を改正すればいい。それができず、「法律改正が必要、筋悪」という官僚用語を言うようになったのは、菅総理が官僚に染まった証拠である。このように、脱官僚が徹底できないと、官僚の天下り維持のためには埋蔵金は官僚のものであるので国民のためには使えないといいつつ、その一方で、国民に対する消費税増税に熱心になるのだ。

   7月11日の参議院選挙後、天下り法人に大量の出向者がでるが、それらは「天下りではない」といいつつ、当該法人は必要なので埋蔵金は使えない、しかし、増税は行う必要がある、ということになるだろう。


++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に「さらば財務省!」、「日本は財政危機ではない!」、「恐慌は日本の大チャンス」(いずれも講談社)など。


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