「こんな理不尽が許されるのか」と嘆く彼の壮絶体験とは(筆者撮影)

単純計算すると3組に1組の夫婦が離婚している日本。そこに至るまでの理由は多種多様だ。そもそも1組の男女が、どこでどうすれ違い、別れを選んだのか。それを選択した一人ひとりの人生をピックアップする本連載の第11回。

「離婚の理由は、元妻のDVです。殴る、蹴る、髪をつかまれるなど、ありとあらゆる暴力を受けましたね。元妻のDVは、まるで総合格闘技のようでした。今でもここに、元妻のひっかき傷が残って消えないんですよ」

そう言うと、荒川敦さん(33歳)は、頬を指さした。確かに、左頬に斜めにうっすらと鋭い線が入っている。

敦さんは、28歳で結婚し、33歳で離婚。5年間の結婚生活に終止符を打った。5歳年下の桃子さん(結婚当時23歳)は、短大卒業後に入社した銀行の後輩だった。職場でも指折りの美人だった桃子さんに、敦さんのほうからアタックする形で交際が始まり、ほどなくして同棲。その後、桃子さんの妊娠が発覚して、結婚することになった。

LINEも使わせてもらえなかった

かつての敦さんは、男女共に友達が多かった。中学、高校、大学の同級生は男女関係なく仲がよくて、メールでやり取りをすることもあった。しかし同棲が始まるようになると、桃子さんはそのやり取りに激怒した。


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「『お前は浮気をしてるから、いますぐ連絡先を消せ』と言うんです。元妻の感覚では、女友達と連絡を取るのが、浮気になるんです。いやいや、待ってというと、『なんでオメーは私のいうことを聞かないんだ! 浮気しているくせに連絡先を消さないなんておかしいだろ! お前の女友達はみんなアバズレだ。さっさと消せ!』とスマホを投げつけてくる。

『浮気するやつは、LINEを使っちゃだめだ』と言うようにもなりました。その浮気の定義はおかしいと言うと、『浮気しといて私の言うことがなんでできないの! 反省してないのか! オメーが浮気をしたからだろ!』とヒートアップして、ボカッと顔を殴ってくるんです。妻は体育会系で元柔道部なので、投げられることもありました」

その後、敦さんのLINEのアプリは抹消され、FacebookなどのSNSをすべて禁止すると言い渡された。少しでも反抗すると、殴られるようになる。敦さんは友人と連絡を取ることすらできず、徐々に孤立していく。それまでは、お互い下の名前で呼んでいたが、桃子さんの怒りが激しくなると、「オメー」と罵倒されるようになる。会社と親族以外の人間関係をほとんど絶たれ、桃子さんの支配はますます強くなっていった。

いつも暴力のきっかけは些細なことだった。

「とにかく何に対しても突っかかってくるんです。例えば洗濯物を干すときに、洗濯ハサミの留め方が気に入らないと言うんです。日々の家事でそこまでクオリティにこだわってたら大変だよと諭すと、『ふざけんなよ。お前が私のいうこと聞けばいいだけだろ! なんでいちいち説明しないとわかんねぇんだよ!』と突然ヤンキー言葉になって、平手が飛んでくるんです」

歩く音が気に入らない、靴の並べ方がおかしい、食器の並べ方が変、しまいには、子どものおむつのテープの位置が1センチずれていただけで、平手が飛んでくるようになる。仕事から帰ってきて、疲れてリビングの椅子に座っているだけで、桃子さんはすさまじい形相で、怒りをぶつけてくる。

「椅子に座ってるだけで『すぐに立って、子どもをお風呂に入れろ!』と怒られるんです。悪いけど、疲れてるから1分だけ座らせてくれと言ったら、『そんな時間ねーよ!』と絶叫しながら、ミドルキックが入るんです。ぐぇっとなりますね」

食器かごの食器の並べ方1つとっても、いら立ちの対象になった。

「コップや、皿の並べ方にこだわりが強くて、それが少しでも狂うとブチ切れるんです。『なにこれ? 前に教えたよね。あんたの食器の並べ方はおかしいから。なんで何回も言ってんのに覚えることができないの!』といきなり、足を蹴られるんです」

バカ、デブ、てめー、醜い、汚い、臭い、ゴミ、くず、役立たず、疫病神、死ね。ありとあらゆる罵りの言葉が、桃子さんの口からは飛び出し、奴隷状態だった。

なぜやり返さないのか

あまりにも桃子さんのDVがひどかったので、敦さんが大学時代の親友に相談すると、アドバイスをくれた。

「お前、なんでやり返さないんだよ。お前が反撃しないから、妻がつけあがってDVがひどくなるんだよ。1回やり返せば、もうやらなくなるよ」

それもそうか、と敦さんはハッとした。敦さんは、それまで暴力に対してなすがままになっていた。これまで一度も女性に暴力を振るったことはなかったし、反撃という考えも浮かばなかった。女性への暴力は嫌悪感しかなかったが、致し方ないかもしれない。

翌日、桃子さんに20発ほど蹴りを入れられたところで、ふと反撃を思い立った。

「これ以上やるんだったらやり返す。だから、お願いだからやめてくれ」。懇願したが、桃子さんは容赦なく敦さんの足に蹴りを入れてきた。そこで、敦さんは2発だけ桃子さんの足を蹴った。

翌日、仕事から帰宅した敦さんに、桃子さんは1枚の書類を突きつけた。それは、医師の診断書だった。

「『あなたは私に対して暴力を振るった。だからこれからは、私がいくら暴力を振るってもお互い様だ』と言うんです。妻は、そういう面では頭が回って、行動力があるんです。暴力を受けている最中は、おかしいとか理不尽だという感情があるんですけど、不思議と慣れるんですよ。何を言っても最終的には、暴力が待っているので、徐々に相手を非難する気持ちがなくなってくる。DVの被害女性と心理はまったく同じだったと思います」

当然ながら、力は敦さんのほうがあるため、動きを一時的に制止することはできる。「お願いだから暴力はやめてくれ」と、腕を押さえつけると、一旦は「わかったから離せ!」と桃子さんは言うもののも、離すとすぐに平手が飛んでくる。一度やめても結果は同じなので、無力感に支配され、なされるがままになってしまうのだ。

子どもが生まれて潔癖になった

子どもが生まれてから、桃子さんは、神経質になった。次亜塩素酸とアルコールの消毒液を大量に買い込むようになり、疲れて帰宅すると、すぐに手を洗うことを強要された。1分でも遅れると、お腹を殴られた。

「子どもが生まれてから異様に、潔癖になりましたね。暴力に耐えかねて、僕が玄関に逃げようとすると、腕をつかんで監禁しようとする。ギリギリと、皮膚が裂けていくんです。血が出ます。めちゃくちゃ痛いんですよ。肉が裂けるって、こんな感じなんだなと思いました。腕のひっかき傷がすごすぎて、夏場なのに長袖で隠して出勤していたこともありました」

敦さんは桃子さんの暴力がひどくなるたびに、恐怖感から、家を出ていかざるをえなくなった。暴力に耐えかねて、敦さんが部屋の外に逃げようとすると、桃子さんは追いかけて、敦さんの腕をつかみ、爪を食い込ませ、必死に妨害した。メリメリと皮膚が裂けて、血が出るのがわかった。腕はミミズ腫れになり真っ赤になった。

なんとか振り切って逃げ、マンガ喫茶で一晩を過ごした。翌朝敦さんが家に戻ると、マンションのチェーンロックをかけられていて、中に入ることができなくなっていた。

「こっちは出勤時間も迫ってるし、早く着替えて会社に行かなきゃいけないんです。とにかく入れてくれ、謝るから入れてくれと言うしかない。そしたら『え?何に対して謝ってるの? それ、本気で謝ってないよね?』と、押し問答が始まるんです」

雪が降りしきる冬の日でも、敦さんは、何時間もドア越しに桃子さんと話をしなければならなかった。そんなことが幾度となく繰り返された。

ある夜、暴力に耐えかねて家を出た後、帰宅した敦さんに対して、桃子さんは「今日、東京タワーにいたでしょ?」とそれまでの居場所を言い当てた。確かに、家を出た後、東京タワーの近辺で時間を潰していた。しかし、なんで自分の行動がバレているのだろうか。桃子さんに問いただすと、妹がそこでバイトしていて、偶然敦さんを見かけたと言う。しかし、そんな偶然はありえないと思った。よく考えると、最近会社での行動がやたら、桃子さんに把握されている。敦さんは、ハッとした。

「以前妻が僕のアップルIDとパスワードを教えろと言うので、教えたことがあったんです。僕のスマホには、アイフォンを探すというアプリがあって、これを使うと、家族の居場所もGPSで検索できるんです。元妻はGPSの位置情報を使って、僕をつねに監視していたみたいです。ゾッとしました。完全に支配をしたいんだ。僕をコントロール下に置きたいんだなというのをすごく感じましたね」

右利きを強要

いちばんつらかったのは、左利きの敦さんが、右利きを強要されたことだ。

「元妻は、『ご飯は左手ではしは右手に持つのが、日本では決まってる。右利きは世間の常識だ』と言うんです。『子どもの教育上、右利きを守れないのはよくない』。だから、僕にも『左利きを直せ』と強要されたんです。だけど、直すのは無理なんですよ。努力はしましたが、無意識で30年間やってきたことを直すのは大変で、ちょっと気を抜いただけで自然と戻っちゃうんです」

ご飯茶碗と味噌汁を逆に置くと、鬼のような形相で睨みつけられた。そして、「あなたは何回注意しても守れない。言ってわからないんだったら、罰を与えるしかない。1回決まりが守れないごとに罰を与える」と怒鳴られ、すさまじい勢いで平手が飛んできた。植物用の霧吹きで顔面に水を掛けられるという罰もあった。

「言うことを聞かない動物に対して、調教しているのと完全に同じなんです。一応、僕も『何をするんだ!』と抵抗するんですが『しょうがないじゃん。できないお前が悪い。お前は1回教えてもわからないんだから』と言われるんです」

桃子さんによるDVは、深夜2時、3時まで長時間に及んだり、夜通し続いたりすることもざらだった。

産休から育休の期間、仕事を休んで昼夜逆転の生活を送っている桃子さんは、平日の夜に口論をけしかけてくることが多かった。昼間も仕事をしている敦さんにとって、それは地獄のような時間だった。

「夜、寝かせてもらえないのは、日常茶飯事でした。明日仕事だから、頼むから寝ようとお願いしても、全然きかない。言い合いをしている最中、すげー眠くなるんです。でも、コクリコクリとし始めたら、なんで話聞かないんだ!と蹴られる。寝不足で、ボーッとした状態で職場に行くことも何百回とありましたね。外回りで営業車を運転しながら、寝落ちしたこともあるんです。下手したら事故を起こして大惨事につながっていたかもしれないと思うとゾッとしますね」

桃子さんの容赦ない暴力は顔面にも及んだ。頬に爪を立てられ、全力で引っかかれ、肉がえぐれた。斜めに裂けた傷が3本残った。それでも出社しなければならない。翌朝、その傷を見た上司や同僚に「お前、いったいどうしたんだ!」と驚かれた。

「とても、妻にやられたなんて言えないんです。だから、酔っぱらいに絡まれたと言いました。今思うと、すごく苦しいウソをついてごまかしていましたね。あと、当時は営業職だったので、顔に傷があると顧客に不審がられるんですよ。だから、帰って、元妻に『お願いだから顔だけはやらないでくれ』とわけのわからないお願いをしていましたね」

命の危険を感じたこともある。横になっている最中に頭を蹴られた。打ち所が悪かったらどうなるかと、ずっと思っていた。

桃子さんは、口論になると「本当は、お前を刺してやりたいと思ってんだよ!」と絶叫するようになった。いつ包丁を持ち出して待ち構えているかと想像すると、敦さんは気が気ではなかった。

離婚後、自殺を考えた

ある夜、桃子さんに平手打ちをされたとき、耳がキーンとなって、しばらく聞こえなくなった。

思わず、「あなたがやってるのは、暴力だし犯罪だからやめて!」と諭すと「だったら警察呼べば!?」と怒鳴られた。もう無理かもしれないと思った。今まで考えもしなかったが、一度警察に怒られたら頭を冷やしてくれるかもしれない。そう思って、敦さんは初めて110番通報した。しかし、やってきた警官には民事不介入と言われ、親身になってはもらえなかった。

敦さんが警察を呼んでからというもの、桃子さんの態度は一変した。それまでは、口論になっても最終的に家に入れてもらえたが、それ以降、チェーンロックをかけられ、家には一切入れてもらえなくなった。そのため、敦さんは実家での生活を余儀なくされた。

ある日、桃子さんの不在時に家に戻ろうとすると、鍵を差し込んでも開かない。桃子さんは、部屋の鍵を変えていたのだ。マンションの契約名義も、家賃の引き落とし先も自分の口座なのに、なぜ、家に入ることすらできないのか。敦さんは思わずカッとして、鍵屋を呼んで開けてもらった。代金を精算している最中、突然威圧的な態度の警官がやってきた。

「おい、お前なんで来たかわかってるよな!」(警官)

どうやら、桃子さんは部屋に監視カメラをセットしていたらしく、敦さんが部屋に入ったとわかると、すぐに警察に通報したらしい。

「本当に、あのときの警官の態度は頭にきましたね。自宅に入るのに、不法侵入なんて成り立たないはずなんです。なのに、男というだけで不審者扱い。自分の家に入ろうとして、なんで悪いのか、教えてほしいですよ」

話を聞いてくれない調停員

その後、桃子さんとは離婚へ向けて動き出すこととなった。自分へ向いていた分の暴力が子どもにいくかもしれない。敦さんは、それが何より心配だった。そのため、子どもの親権だけは取ろうと思った。

「調停員は、70代くらいの男女で、母親に親権が渡るのが当然のような態度なんです。『離婚して月1回会えばいいじゃないですか。それの何が問題なんですか』と言ってくる。僕が、子どもたちが虐待されるかもしれないと涙ながらに訴えても、まったく聞き入れてくれない。ましてや、僕がDVを受けたなんて言ってもお互い様と言って、まったく取りあってもらえませんでした」

離婚は成立したものの、結局親権は母親で、敦さんは月1回の子どもとの面会という条件に応じるしかなかった。

敦さんは、1人でいると次第に死にたいと思うようになっていった。車を運転していても、そのまま突っ込めば、楽になれるのに、と思ってしまう。それでも何とか踏みとどまっているのは、子どものことを考えたからだった。敦さんは、DVの診断書を取っていなかったため、自らの言い分を立証することができなかった。

元裁判官の男性は、敦さんの事例について、「男性が加害者、女性が被害者、子どもは母親が育てるほうがいいという先入観を裁判所が持っている以上、男性も被害を受けたら診断書を取ったり、育児休業を取得したりして、『証拠』で覆す必要がある」と話している。

現在、敦さんは精神科で双極性障害と診断され、会社を休職している。桃子さんのDVと子どもへの不安が影響しているのは明らかだ。

「離婚してから何のために生きているのかわからなくなったんです。いちばんは子どもを奪われたのが大きい。子どもが虐待されているかもしれないと思うと、毎日心配でたまりません。こんな理不尽が許されるのかと思うんですよ」

5年間の結婚生活と離婚によるダメージは、敦さんの精神をもむしばみ、人生を根底から大きく変えたのだった。