「山梨中銀スタジアム」にはスポンサーの看板がたくさん並べられている

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サッカーJリーグはJ1、J2、J3の3部に分かれている。上位リーグほど観客が増えるため、リーグ降格で営業赤字に転落するチームが多いという。そうした状況でヴァンフォーレ甲府(山梨県)はJ1とJ2を行き来しながら、15年にわたり黒字経営を続けている。地方チームが生き残る道とは――。(後編、全2回)

■「厳しさ」と「希望」のシーズンが開けた

2月25日、サッカーJ2のヴァンフォーレ甲府(VF甲府)は、アウェーで大宮アルディージャ(大宮)と開幕戦を行い、1−2で敗れた。約10年前からVF甲府のGM(ゼネラルマネジャー)を務める佐久間悟氏にとって、古巣(大宮時代は監督も歴任)との一戦でもあった。だが脳裏をよぎったのは、自チームの現在地と未来像だろう。

「『厳しさ』と『希望』のシーズンが幕を開けたという思いです。厳しさとは、1年でのJ1復帰と経営環境。過去にもJ1復帰を果たしましたが、これまで以上に厳しい道です。経営も、身の丈に合った運営がさらに求められます。一方で、希望は主力選手が残った上に新戦力も加わり、チーム力が底上げされたこと。選手も監督・コーチもフロントスタッフも、昨年の失敗を繰り返さない意識が強いです」(佐久間GM)

経営の視点では、昨年(J1)は約17億円だった事業収入が、今年(J2)は15億円弱の減収が予想される。まずはVF甲府の“フトコロ事情”を紹介したい。

■「小口広告」や「個人会員」に特徴

前回「人口減の地方でJ2クラブが生き残る方法」の記事でも触れたが、2017年のJリーグ53チームのうち、15年連続で黒字経営を続けるのは、川崎フロンターレ(川崎F)とVF甲府だけだ。両チームを比較すると、川崎Fの前身は富士通サッカー部で、現在も富士通グループの支援があるのに対して、VF甲府の前身は市民クラブ。もともと甲府第一高校OBによって結成されたサッカークラブに端を発したチームだ。そうした歴史や、大企業の少ない山梨県という経済環境もあり、現在も大手資本による手厚い支援はない。

チームが掲げるメッセージ「プロヴィンチア(地方クラブ)の挑戦」は、経営でも同じだ。地域有力企業の支援も一部にあるが、小口広告や個人会員(会費やグッズ購入)で収入を増やすのが特徴だ。本拠地「山梨中銀スタジアム」で試合をする際は、ピッチを取り囲むように短い広告看板が並ぶ。こんなところにも……という場所にも広告がある。たとえば、試合中に負傷した選手を運ぶ担架には、地元の病院の名前が入っている。

「うちわ収入」も名物だ。1口6万2000円(税込)で「300本+試合観戦チケット2枚つき」。表面にチームのロゴや写真が入り、裏面に会社や店の広告が入る。これなら協力できるスポンサーも多い。一方で個人会員数は、J1の人気チームである浦和レッズや横浜F・マリノスなどに次ぎ、Jリーグでも上位に近い。これらは、かつて経営破たん寸前だったVF甲府の再建を果たした海野一幸会長が、社長時代に取り組んだ活動でもある。

■緊縮予算で、どう運営するか

一般企業のメンバー構成の視点で、プロサッカーチームを考えると、主力選手(コア人材)と新加入選手(移籍人材・新卒人材)をうまく組み合わせて、成果を出すことが必要だ。移籍(スカウト)では「原石」を発掘して磨き、市場価値を上げる鑑識眼も求められる。過去に甲府に来てステップアップした選手もいれば、成果を出せなかった選手もいる。選手自身も活躍次第で「市場価値」が変わる事実を自覚するのは、一般企業の従業員とは違う。

チーム編成の最高責任者であるGM兼副社長の佐久間氏は、人事担当役員と人事部長を兼ねた存在だ。選手との1対1の対話も重視する。どんなことを話すのか。

「個人面談では、本人のパフォーマンスをもとに『期待する役割』や『要望』を伝え、クラブの財政状況など経営情報も開示します。昨年のJ2降格という結果を受けて、今季の事業収入は減収となるので、大半の選手には減俸を提示しました。他チームから獲得オファーが届いた主力選手もいましたが、その選手を含めて多くが残留してくれました」(佐久間氏)

もし選手が年俸交渉で「自分はもっと評価が高いはず」と不満を示した場合はどうするか。

「提示するのは、『会社の現状やあなたへの評価ではこの金額になる』という“事実”です。それに納得できない場合は、移籍となっても仕方ありません。ただし選手の不満や要望には耳を傾け、チーム全体の改善につながる話は、できるだけ希望に沿うよう動きます」

一方、フロントスタッフに対しては、「降格により減俸提示もあるが、雇用は守る」(佐久間氏)が基本姿勢だという。なれ合いの関係では戦う集団にはならず、厳しいだけでもチームはまとまらない。黒字運営を維持しながらJ1復帰をめざすのは大変だ。

■「選手の悔しさ」をチーム力に変える

新卒選手を除くと、甲府のような「地方クラブ」に来る選手には次の思いがある。

(1)「もうひと花」咲かせたい
(2)ここから、はい上がりたい

(1)は、かつて上位クラブで活躍したベテラン選手に多く、(2)は期待されながらケガやチーム事情などで活躍できなかった選手に多い。なかには「甲府でサッカーをしたい」というポジティブな理由で移籍してくる選手もいるが、多くは悔しさを胸に秘めてやって来る。そうした反骨心をチーム力に変えることが求められる。

VF甲府で活躍して上位チームに移るのは、選手はステップアップだが、チームにとっては戦力ダウンだ。だが、それが地方クラブの宿命といえる。海外では、岡崎慎司選手が所属する「レスター・シティ」が、2016年に創部132年にしてイングランドのプレミアリーグ優勝を果たし、地方チーム関係者にも勇気を与えた。このチームにはいわゆる「超有名選手」はいなかったからだ。

■「しがみつく」から「前向きなチーム」に

どのチームでもそうだが、特にVF甲府にとって、スポンサーや自治体といったステークホルダーとの連携強化は大切だ。大資本の支援がないなか、大口スポンサーとは良好な関係を築きつつ、甘えることもできない。

「昨年のシーズン終了後、主だったスポンサーには、ごあいさつとJ2降格のおわびにうかがいました。勝ち点1の差で降格という結果には、一定の評価もいただきましたが、プロは結果がすべてです。『今回の降格をきっかけに、いつまでも“しがみつくチーム”から、もう少し“前向きなチーム”をつくってほしい』という要望もありました」(佐久間氏)

一方の行政に対しては、経営破たん寸前となった歴史も踏まえ「ヴァンフォーレ甲府経営委員会」でも事業報告を行う。県の資本も入っているからだが、ここでは個人会員が微減しているような課題も伝え、山梨県のプロサッカーチームとしての危機感も共有する。

■「地域財産」の存在意義も高める

県の主導で動き出した「総合球技場」(サッカー、ラグビー、アメリカンフットボールなどの球技専用スタジアム)建設計画――。この計画スタートまでには、1スポーツチームの枠を超えた働きかけも行った。

「総合球技場には『行政課題』を克服する一面も求められます。そこで、試合日以外にどう活用されるべきかといった『スポーツ施設としてのあり方』も提案しましたし、『災害時の備蓄倉庫』としての役割にも訴求しました」(佐久間氏)

チームの存在が、公的に評価されたケースもある。2月23日、JR甲府駅南口に「バナーフラッグ」が設置された。今季のホームゲーム開催日前後にはこの旗が掲げられる。2017年3月に山梨県とヴァンフォーレ山梨スポーツクラブ(VF甲府の運営会社)が締結した「包括連携協定」が形となったものだ。

今季のホームゲームで、甲府駅前のこのフラッグが誇らしげにはためくか。開幕戦で敗れたチームにとって、一丸となった戦いで成果を示さなければならない。

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高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。

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(経済ジャーナリスト 高井 尚之 写真提供=ヴァンフォーレ甲府)