イスラエルは国を挙げて軍事・防衛、サイバーセキュリティ分野に取り組んでいる(写真 : AndreyKr / PIXTA)

11月30日、東京・紀尾井町のホテルニューオータニで「サイバーテック東京2017」が開かれた。毎年イスラエルのテルアビブで開かれるサイバーセキュリティの国際イベントで、日本開催は初めてとなる。

サイバーセキュリティ技術で世界最先端のイスラエル

サイバーセキュリティ技術において、世界最先端とも言われるイスラエル。喫緊の情勢では、ドナルド・トランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定し、米大使館のエルサレムへの移転を決めたことで、にわかに緊迫している。

もともとアラブ諸国に囲まれ、つねに軍事的な緊張にさらされてきたこともあり、イスラエルにおける軍事・防衛、サイバーセキュリティ分野は、国を挙げて取り組んできた最重要課題である。

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、「サイバーセキュリティは国家安全保障に不可欠であり、経済成長をも牽引する」と豪語。同分野における世界のリーダーを目指してきた。

現に、世界中から集まる投資をもとに、イスラエルにおけるサイバーセキュリティ産業は急激な成長を遂げている。イスラエル政府によると、軍や諜報機関の出身者が立ち上げたセキュリティ関連の企業は約400社に及び、昨年は83社のサイバーセキュリティスタートアップが新たに設立された。人口約860万人の小国ながら、すでにアメリカに次ぐ規模を誇っているのだ。


イスラエルの大規模なサイバーセキュリティの祭典「サイバーテック」の日本版が初めて開催され、大盛況を見せた

今回の「サイバーテック東京2017」はイスラエルと日本政府の協力によって実現した。開催前日の11月29日には「日本・イスラエル・イノベーション・ネットワーク」の第1回が東京で行われた。日本側からは世耕弘成経済産業相、イスラエル側からはエリ・コーヘン経済産業相が出席し、サイバーセキュリティ分野での協力体制や、BtoB連携の加速化などについて合意された。


来日したイスラエルのエリ・コーヘン経済産業大臣も「サイバーテック東京」で講演をした

こうした官民挙げての交流を活発化させようという動きが強まるなか、満を持して開かれた「サイバーテック」日本版には、約2000人の両国政府や企業関係者が来場し、イスラエルで生まれた技術と日本企業とのマッチングなどが行われた。会場では、危機が急速に高まるサイバー攻撃から、さまざまなモノがインターネットでつながる「IoT」を守る方法として、機器同士をつなぐ無線通信の安全性を高める技術などが紹介されていた。

イスラエル軍で諜報活動などを少数精鋭で遂行するインテリジェンス部隊出身(=8200部隊と呼ばれる少数精鋭のエリート集団)の3人が創業したサイバーセキュリティ会社「サイバーリーズン」も会場中央に大きなブースを出展。標的型サイバー攻撃やランサムウェアなどを即座に検知し、対処することが可能な画期的な製品が主力で、AIによる独自の分析ノウハウを用いた解析でサイバー攻撃の兆候をリアルタイムに探知する技術をアピールした。

サイバーリーズンは、組織が抱えるサイバー攻撃対策の課題を解決するクラウドベースのセキュリティソリューションを開発する企業。通信大手のソフトバンクグループが、6月に約110億円を出資して筆頭株主になったことで、日本では大きなニュースとなった。日本国内での知名度も高まっていることもあって多くの企業関係者が集まり、熱心に製品の説明を聞く姿が目立った。

セキュリティ人材の不足が深刻な日本


会場中央に大きなブースを構えた“サイバーリーズン”。 多くの企業関係者が訪れていた

「サイバーテック東京」に参加していた日本の大手メーカー社員は、「恥ずかしながら、数年前まで『イスラエルは中東の危ない国』というイメージが強かった。最近は認識が急速に変わってきている」としたうえで、職場内で感じる変化も非常に大きいと話す。

「正直、自分の会社でもサイバーセキュリティ分野は、事前に把握できる危機の度合いと、それに対する効果などが測りづらいこともあって、現場レベルではスピーディに対応したいことでも上層部の決裁がなかなか下りないということが多々あった。ただ最近は、サイバーセキュリティ分野への大きな投資も理解を得やすくなって、そこにきちんとおカネをかける感覚が高まっているのを肌で感じる」とし、社内で今後、サイバーセキュリティ分野に資金や人材が投入されることに期待を寄せていた。

実際、日本ではサイバーセキュリティ分野における人材不足が指摘されている。経済産業省が昨年実施した調査によると、日本の情報セキュリティ人材は2016年時点で28万870人である。一方、潜在的に求められる人材は41万2930人に及ぶため、実に約13万人もが不足している状態だという。

東京オリンピックが開催される2020年には、セキュリティ人材への潜在需要がさらに増え続けると予測され、今後その不足数は約19万人まで拡大していくとの見通しが示されている。全体的な情報セキュリティ対策の統括者などについて、5割弱の企業が「不足を感じている」と回答。「必要人数は確保できている」と回答した企業は4分の1にとどまっている。

これまでサイバー攻撃の被害では、個人情報の漏洩などが報道されるケースが多かったが、今後は「IoT」の普及により、工場の生産ラインなど製造業や、国家の重要なインフラなど生活に密接するあらゆる現場に深刻な影響を及ぼしかねない危険性を孕んでいる。たとえば、発電所や鉄道会社などが攻撃を受けた場合、国民の日々の生活が混乱しかねない喫緊の課題だ。

イスラエルが日本に熱視線を向ける理由

すでに、2020年の東京オリンピックに向けて、イスラエル企業の日本でのビジネス拡大を視野に入れた動きが目立ち始めている。彼らに話を聞くと、その多くが日本側のサイバーセキュリティ分野での遅れを指摘する。

「日本企業がサイバーセキュリティにコストをかけるという意識が高まってきたのは、最近のことだ。しかし、攻撃側の成功率は100%で、完全に防御することは難しいと言われているなかで、いまだにサイバー攻撃を仕掛けられてから対応を始めるという受け身の姿勢が根強い。ハッカー側がどのような攻撃を仕掛けてくるか、軍での経験などを生かした優秀なホワイトハッカーを有するイスラエル側と協業する意義は非常に大きい」(イスラエル企業関係者)

イスラエルのサイバーセキュリティに関わる企業は、受け身ではなく攻撃する側のハンターをみずから見つけ出し、彼らのマインドを読み解き、攻撃を逆に「仕掛ける」ような能力をつねに鍛錬しているという。

インテルセキュリティが米国のシンクタンクと協力して日本を含む世界8カ国を対象に実施した国際調査リポートによると、組織幹部がサイバーセキュリティに関するスキルを重視しているかという質問に対し、「非常に重視している」「重視している」と回答した割合は、8カ国の平均76%に対して、日本は最も低い56%だった。サイバーセキュリティの人材育成と確保は、今後脅威が高まる中で喫緊の課題であることは言うまでもない。

すでに、イスラエルのサイバーセキュリティ関連企業とプロジェクトを共にし、頻繁にイスラエルにも出向き、交渉を密にする企業担当者はこう話した。

「日本政府としてもサイバーセキュリティ対策向上のために、イスラエルとのサイバーセキュリティ分野での覚書締結等を実施していますが、実情は政府レベルの付き合いにとどまっていて、民間での連携はこれからという感じ。税制優遇する等のインセンティブが必要ではないでしょうか。まずは、政府主導で日本全体のサイバーセキュリティの感度を高めていく必要があると思います」

すでに先陣を切っている中国の存在

一方で、ここ最近存在感を強めているのが、中国だ。早くからイスラエルに目を付けたシリコンバレーの大手企業と同様に、イスラエルと中国双方の投資は、数年前から熱を帯びている。電子商取引最大手のアリババ集団がイスラエルのベンチャーキャピタルなどに相次いで投資したり、インターネット検索大手のバイドゥなどがイスラエルにおける研究開発拠点の開設へ本腰を入れ始めたりしている。

中国家電大手のハイアールは、2010年の時点から中国本土で高品質の飲料水や浄水器を販売するイスラエルメーカーと合弁企業を設立。今年10月には、初の「イノベーション・ハブ」をテルアビブに設立し、両国のメディアでも大きく取り上げられた。家電など身の回りのあらゆるものをネットにつないで遠隔操作などを可能にするIoTなどに対応した製品の開発に、イスラエルのアイデアや技術を活用していく方針だ。

ハイアールの担当者はイスラエルの地元紙の取材に対し、鼻息荒くこう語っている。「われわれはこれまで5年間にもわたって、イスラエルのイノベーションと共に歩んできた。そして今、イスラエルのエコシステムにおいて、さらに密に関わっていくことを決定した。これは長期的な視点で見た重要な投資だ」

ほかにも、イスラエルの運転支援ベンチャー「モービルアイ」は、中国のテンセントやバイドゥが出資する電気自動車スタートアップと提携して中国進出を加速させるなど、中国企業によるイスラエルへの投資は枚挙にいとまがない。

あるイスラエルの起業家は「アメリカや中国と比べると日本企業がイスラエルに進出するのは数年遅れている。中国はすでにイスラエルにある種の地盤を築いていると言っても過言ではないだろう。だがわれわれは、製造業に強く技術力も世界一と信じる日本とのコラボをこれから楽しみにしている」と日本への期待を寄せる。

イスラエルの大規模なサイバーセキュリティの祭典が、今回日本で開催された意味。それは、2020年の東京オリンピックに向けた急務の対策の必要性もさることながら、北朝鮮情勢など脅威が高まっていると言われるアジア全体へのサイバー攻撃の危機に、日本政府が本格的に立ち向かう意欲を示し始めたことが最大の要因だろう。

政府は、AIでサイバー攻撃を検知するなどの研究開発の推進や、高度な技術を持ち合わせた若手セキュリティ人材の育成などにようやく本腰を入れ始めている。

アメリカや中国などが先陣を切って“地ならし”をしてきたイスラエルの地で、日本政府が今後、企業や大学などと連携して、いかにこの迫りくる課題にスピーディに対応していくのか――虎視眈々と日々攻撃を仕掛けるハッカー側の視線は強まることこそあれ、弱まることはない。