江田証・江田クリニック院長

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病院では「異常がない」といわれるのに、下痢、便秘、おなかのゴロゴロ、張り、痛みで悩んでいる人に朗報だ。投薬や手術をせず、特定の食品を避けるだけで症状を改善する「低FODMAP(フォドマップ)食」という食事法が世界中で注目されている。どんな食事法なのか。消化器内科医の江田証医師が解説する――。

■あなたも過敏性腸症候群かも

「納豆、キムチなどの発酵食品は腸をよくする」「アスパラガス、ネギ、豆、ゴボウなどの食物繊維を取る」「オリゴ糖が入った特定保健用食品を利用するのがいい」……。腸の調子を整えるとして、さまざまな情報が流れています。それらをまめに実行しているのに症状が改善しない。そんな状況に心当たりがあるのなら、次の3項目をチェックしてみてください。

過去3カ月間、月に3日以上、腹痛やおなかの不快感が繰り返し起こり、

(1)排便すると、痛みや不快な状況がやわらぐ
(2)おなかが痛い時、便(便秘、下痢)の回数が増減する
(3)おなかが痛かったり不快な時、便の形(外観)が硬くなったり水のようになる。

3つのうち2つ以上が当てはまるなら、「過敏性腸症候群」の疑いがありそうです。

過敏性腸症候群とは、大腸内視鏡などの検査をしても異常が認められないのにもかかわらず、下痢、腹痛などさまざまな腸の症状に悩まされる疾患です。消化器科受診者の31%がこの過敏性腸症候群で、わが国の全人口の14%、実に1775万人が該当すると考えられています。満員電車や、重要なプレゼンテーションなどプレッシャーがかかる大一番で、胃腸の調子を崩すのも過敏性腸症候群にみられる症状のひとつです。

過敏性腸症候群は、長く科学的根拠をもった食事法がありませんでしたが、2014年にオーストラリアの医師が、糖質摂取を制限する「低FODMAP(フォドマップ)食」について、世界的に権威の高い医学誌に論文を発表し、世界中で大きな話題となりました。

この論文は、オーストラリアの医師ハルモスらが、30人の過敏性腸症候群の患者と8人の健常者を対象に行った実験の結果です。それぞれランダムに「低フォドマップ食」と一般的な食事に分けて、21日間1日3食ずつ食事を提供し、最後の7日間の便の状態を調べました。その結果、過敏性腸症候群で低フォドマップ食だった人のうち、下痢型・便秘型ともに腹痛や膨満感などの腹部症状が改善し、特に下痢型の人は便の状態も改善しました。

・Halmos, Emma P., et al. “A diet low in FODMAPs reduces symptoms of irritable bowel syndrome.” Gastroenterology 146.1 (2014): 67-75.(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24076059)

この論文は、世界で初めて一定の食事法の科学的根拠を明らかにしたという点で、とても画期的なものです。その後、多くのメタアナリシス研究でも過敏性腸症候群患者における低FODMAP食の有効性が証明されています。

・Varju, Peter, et al. “Low fermentable oligosaccharides, disaccharides, monosaccharides and polyols (FODMAP) diet improves symptoms in adults suffering from irritable bowel syndrome (IBS) compared to standard IBS diet: A meta-analysis of clinical studies.” PloS one 12.8 (2017): e0182942.(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28806407)

実際に私も、過敏性腸症候群の患者さんに低フォドマップ食を指導していますが、約75%の人に効果が現れています。「途中下車症候群」で悩んでいたビジネスマンからは、「おなかの調子が整い仕事が効率的になって、上司の評価が上がりました」と報告を受け、自分のことのようにうれしくなってしまいました。

外見からはわかりませんが、腸にも人それぞれ個性があります。ですから腸の悩みを抱えている人とそうでない人では、口にしていい食品やその摂取量が異なるのです。腸の悩みを抱える人が、「腸の調子を整える」とうたわれている食品を食べると、効果がないばかりか、逆効果となることさえあります。

■腸のトラブルを引き起こす糖質たち

それでは、どんな食べ物を避けるべきなのでしょうか。フォドマップとは、「FODMAP」のうち「F」と「A」を除いた「ODMP」の4文字から始まる発酵性の糖質を指しています。糖質の名称と代表的な食材は以下の通りです。

F(fermentable 発酵性)の以下の4つの糖質
O(oligosaccharides オリゴ糖:ガラクトオリゴ糖とフルクタン)レンズ豆などの豆類、小麦、玉ねぎなど
D(disaccharides 二糖類:二糖類に含まれる乳糖、ラクトース)牛乳、ヨーグルトなど
M(monosaccharides 単糖類:フルクトース)果実、蜂蜜など
A(and)
P(polyols ポリオール)マッシュルーム、人工甘味料(キシリトールなど)など

過敏性腸症候群のみならず、日々ガスやおなかの張りに悩んでいる人、潰瘍性大腸炎やクローン病、大腸憩室、逆流性食道炎の症状にも効果的がみられます。

食べ物は、口から入って食道、胃、十二指腸、小腸へと運ばれます。腸に不調を抱える人にとって糖質は厄介な栄養素で、小腸に入ると「吸収できるもの」と「吸収が悪く問題を起こすもの」とに大きく分かれます。このうち問題を起こすのが、フォドマップなのです。

過敏性腸症候群の人は、フォドマップを消化・吸収しづらく、大量に摂取すると小腸内で濃度が上がるため、それを薄めようとして血管内から小腸内へ大量に水分が送りこまれます。その結果、小腸は「水浸し」状態となるのです。水によって腸が刺激され、運動が過剰になり、おなかのゴロゴロや張り、下痢などが生じます。

小腸で吸収されなかったフォドマップは、吸収されないまま大腸に進みます。大腸のなかでは腸内細菌たちが小腸で吸収されなかったフォドマップをエサとして、待ち構えています。フォドマップは大腸の腸内細菌のファーストフードになり急速に発酵が進みます。

この結果、大腸内で過剰な発酵を起こし、そのガスでおなかがパンパンに張るのです。過敏性腸症候群の人の腸内細菌は、無症状の人の腸内細菌と種類が異なり、過剰な短鎖脂肪酸を発生し、短鎖脂肪酸が過剰な人ほど過敏性腸症候群の症状が強いことがわかりました。
低フォドマップ食はこういったことを引き起こす4つの糖質の過剰摂取を押さえ、腸の健康を守る食事法です。

フォドマップの含まれる食べ物は複数ありますが、どの食品があわないかは一つひとつ自分の身体に聴いて確かめていくことになります。

まずは3週間フォドマップの摂取を完全に中止。するとおなかのいろいろなノイズが収まります。腸が静かになったところで、1週間に1種類ずつ4つの糖質を再開していきます。調子を悪くする糖質を含んでいると、おなかが過剰に反応するため、自分にあっていない食品がはっきりわかるはずです。全部の高フォドマップ食品がずっと食べられないわけではないことに注意してください。高フォドマップ食でも食べられるものがあるのです。

「傾聴」ということばにちなんで、私は「傾腸」を提唱しています。これは自分の腸の声をしっかりキャッチし、それに従うことです。自分の腸がどんな食べ物で調子を崩すかは、自らが腸と対話しながら実際に試さなければわかりません。

■腸は栄養分と水分を吸収する根

人間の体を樹木に例えるなら、腸は土の中に強く広く張って栄養分や水分を吸収する根です。だから腸は人の健康の根本にあるものだといえます。

現代医学は、「血糖値が高くなったら、薬で下げる」といった即効的な治療を得意とします。しかし、単に症状に対して治療するのではなく、病気の根本を正し、あらかじめ発症を防ぐ「予防医療」の取り組みが重要ではないでしょうか。たとえば血糖値は腸の調子を整えることでも下がることがわかっています。ほかにも、高血圧、動脈硬化、アレルギー、肥満、自閉症、肝臓がん、倦怠感などにも腸の調子が関係しているとみられています。さらには、パーキンソン病の患者の多くが便秘になることから、パーキンソン病は腸内細菌の出す毒素が発症の原因ではないか、という研究も進んでいるほどです。

だれしも腸の不調はあるもの。下痢や便秘で悩むことがあっても、長引かなければ気にすることはありません。日々の生活で腸の不調を感じない方は、糖質制限を意識しなくても大丈夫。ただ、体にいいものでも取り過ぎは腸のバランスを崩します。それに、腸も年齢に応じて変化しますので、折をみて食生活を見直すことをお勧めします。

現代では、小腸で吸収されにくい糖質を含む食品が非常に多くなっています。ただ、欧米では大手食品メーカーが低フォドマップ食品を開発し発売を開始する動きも見られています。情報に惑わされることなく、「傾腸」でご自身と向かい合いながら、病気を根本から対処する食事法を手に入れていただきたいと思います。

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江田証(えだ・あかし)
江田クリニック院長、医学博士
1971年、栃木県生まれ。自治医科大学医学研究科修了。日本消化器病学会専門医。日本消化器内視鏡学専門医。米国消化器病学会(AGA)インターナショナルメンバーを務める。消化器系がんに関連するCDX2遺伝子がピロリ菌感染胃炎で発現していることを世界で初めて米国消化器病学会で発表し、英文誌の巻頭論文として掲載。毎日、国内外から来院する数多くの患者さんを胃内視鏡、大腸内視鏡で診察する。著書に『医者が患者に教えない病気の真実』『長寿は感染する』『なぜ、胃が健康な人は病気にならないのか?』など。近著に『パン・豆類・ヨーグルト・りんごを食べてはいけません』(さくら舎)がある。

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(江田クリニック院長 江田 証 取材・構成=大熊文子)