ユニクロの柳井正社長も2代目

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 このところ日本企業では創業家の存在が見直され、経営トップの座を創業家に“大政奉還”する企業が目立つ。そうした準備が進んでいるのがサントリーや竹中工務店、セコムなどだ。

 創業家といえば、初代がいちばん偉大だと思われがちだが、実は今も成長を続ける大企業のなかには、2代目や3代目こそが凄かった、というところが少なくない。

 例えばスズキの名物会長、鈴木修氏は、2代目社長・俊三氏の婿養子として3代目の座に就いた。社長就任の翌年に軽自動車「アルト」を発売。地域によって車の価格が違った時代に、全国統一の格安価格で売り出し大ヒットを生み出す。1981年には米GM(ゼネラルモーターズ)との業務提携に打って出た。その際、こんな言葉を残している。

「GMは大きな鯨です。一方でスズキはメダカよりも小さな蚊。メダカなら鯨にのみ込まれてしまうかもしれませんが、小さな蚊ならいざという時には空高く舞いあがり、飛んでいくことができます」

 その言葉のとおり、スズキはGMに呑み込まれることなく業績を伸ばし、発展的に提携を解消。今年2月にはトヨタとの業務提携を実現させた。修氏が自ら豊田章一郎・名誉会長に打診し仕掛けたものだ。

 弱小メーカーだったスズキの売上高を就任時から10倍まで押し上げた修氏は、長男の俊宏氏に社長の座を譲った。

 カリスマ経営者としてのイメージがあまりに強く、創業者だと思い込まれている人たちもいる。たとえば、ヤマト運輸の「宅急便の生みの親」小倉昌男氏は、実は父が運営する運輸会社・大和運輸を継いだ2代目だ。「ファミリーコンピュータ」を世に送り出した任天堂の山内溥氏は創業者の曾孫で3代目社長。花札やトランプを作っていた老舗企業を、世界的ゲーム企業に変えた。

 ユニクロで知られるファーストリテイリングの柳井正社長も2代目。父親が山口県宇部市で営んでいた紳士服の個人商店を受け継いだ柳井氏は、服を「人間の暮らしに生活不可欠な繊維工業製品」とみなし、ベーシックなデザインを低価格で売るという路線で驚異的に店舗を拡大していった。

 伝説的な創業者を持つ企業でも、実は“中興の祖”の存在が大きかった。たとえば、三菱は岩崎弥太郎が有名だが、財閥の歴史に詳しい畠山秀樹・追手門学院大学名誉教授によれば、一大財閥に築き上げたのは子孫たちだという。

「岩崎弥太郎は海運業で富を築きましたが、2代目・岩崎弥之助の時代に海運業が国によって三菱から分離されてしまったことからその譲渡資金で多くの炭鉱や金属鉱山を買収し、さらに3代目の久弥の時代に事業部制を取り入れた。そして今も引き継がれる経営理念『三綱領』を残した4代目の小弥太の時代に各事業部を株式会社として分離・独立して財閥コンツェルン形態を完成したのです。4代にわたって財閥としての基礎を築きました」

 その強固な基礎が、いまなお続く三菱グループの絆に繋がっている。

※週刊ポスト2017年5月5・12日号