アニメ映画大ヒットの陰で実写が伸びない、内容以前の問題 - 『秘密結社鷹の爪』FROGMAN氏が危惧する映画メディアの不在
2016年は邦画において、『君の名は。』や『この世界の片隅に』が"予想を上回る"大ヒットを記録した"アニメ映画の年"だった。この現象を、今年は"アニメ映画が豊作だった年"、"良作に恵まれた年"と解釈することもできるが、アニメ『秘密結社鷹の爪』シリーズを手がけてきたFROGMAN氏は「それだけではない」と指摘する。
2006年にスタートした同シリーズは、放送局をまたぎながらも今年で11年目。劇場版も最新作『鷹の爪8 〜吉田くんのXファイル〜』で8作目を数える息の長いコンテンツだ。作品を届けるメディアや情報を収集する手段がどんどん変わっていく中で、一つのシリーズを続けていくことは、きっと並大抵のことではないだろう。
『秘密結社鷹の爪』はなぜここまで続いているのか。FROGMAN氏にその秘訣を問うとともに、シリーズを10年以上にわたって作り続けてきたアニメーション監督としての視点から、氏が「このままだと日本の映画は全部アニメになる」と危惧する現在の映画をめぐる課題を訊いた。
――『秘密結社鷹の爪』はコンテンツとして10年を超えるロングヒット作品となっています。振り返ってみて、長く続けられた秘訣とはなんだったのでしょうか。
なんでしょうね。一つあるのは、お金がかからないから……なんてことを言っちゃうといけないのかな(笑)。やっぱり大ヒットしなかったというのもあるんでしょうね。エンタメの世界って、大ヒットすると消耗されちゃうというのがあると思うんですけど、この作品に関してはジワジワと広がっていったのが結果的に幸運でした。大ヒットする類の作品でもないですし、気に入った人たちが、ずっと愛着をもって"眺めてくれている"タイプの作品なので、ちょっとカルト的な作品を作ったことがよかったのかなということは思っています。
――10年続くということはなかなかないですよね。
逆にどう終わらせていいかわからないんですけどね(笑)。どこで終わりかというのも自分でもわからないですし、それで続けてきたというのが正直なところという気もするんですよ。
――劇場版も今回の『鷹の爪8 〜吉田くんのXファイル〜』で8作目になります。
最初は「嘘から出た実」と言いますか、TVシリーズが終わったあとに、なんかのイベントで「映画やります!」と予定もないのに宣言したのがきっかけでした。それで「おいおい、そんな話聞いてないよ」とそれまで関わっていた会社さんがみんな集まって、「やるならちゃんとやろう」ということで形になっていった感じです。
作ってみたらたくさんのお客さんが、「果たしてこんなショートアニメが映画になって大丈夫なのか!?」って半分心配みたいな形で見てくれたんですけど、「意外にちゃんとした映画でよかった」という声もいただいたりして。舞台あいさつも含めて、「鷹の爪、今日もやってるよ」という報告ができる場というか、僕らの中ではちょっとしたお祭りみたいになっています。
――映画ですと、脚本の作り方も変わってきますよね。
僕の場合は、映画を見終わったあとに劇場を出ていくお客さんが、どんな気持ちで出ていったらいいかなというところから探っていきます。例えば、ホンワカした気持ちであれば、ホンワカしたエンディングってどんなだろう? どういうクライマックスがふさわしいか。そのクライマックスを迎えるためには、こういう前段があるよな。というふうに逆算していくやり方をします。
そうやってロングプロットを書き上げてから、どんどん肉付けをしていって、そのプロットにOKが出たらシナリオにとりかかります。でもそのロングプロットが一番時間がかかるというか、めんどくさいですね(笑)。
――『鷹の爪8 〜吉田くんのXファイル〜』は、アメリカ発のSFテレビドラマとして1993年にスタートし、日本でも人気を博した『X-ファイル』がモチーフになっています。ちょっと世代を選ぶネタのような気もするのですが……。
確かに『X-ファイル』をモチーフにしていますけど、それを知らないとわからない作品でもないですから、そこは全然気にしていないですね。
――世代を選ぶネタでもどんどん入れていくと。
そうですね。子どもって、一般の社会生活をおくっていてもわからないことってたくさんあるじゃないですか。大人になるとわからないことに対してすごくストレスを感じたり不満に感じるんですけど、子どもってわからないことだらけなので、いちいち反応しないんですよ。自分の子どもを見ていても、笑えるところだけ笑って、わからないところはスルーするというのが子どもにとっての日常なので、そういう作品でもいいかなと。なので今回の作品も、子どもがわかるところと大人がわかるところ、あえてまぜこぜに作っています。
今回は特にお子さんに見てもらいたいので、お子さんが見て笑えるもの・楽しいものを意識して作っています。ですが、子どもが見るということは一緒に大人も見るので、「大人はここで笑ってほしいな」というところもポイントポイントで入れています。僕自身が子どもを連れて子ども向けの映画を見に行くと、いつも退屈なんですよね。「なんで子ども向けだからといって、こんな退屈なものを作るのかな」というのがすごく気にはなっていたので。
――今回は吉田くんが大活躍しますが、この吉田くんという息の長いキャラクターはどのようにして生まれたのでしょうか。
吉田くんはもともと『菅井君と家族石』という別の作品のキャラクターだったんですよ。菅井君の近所に住んでいるいじめっ子というかガキ大将のような立ち位置でした。そのキャラクターがネットで出しているときにすごくウケていたので、独り歩きさせたいなというのがあって、『鷹の爪』を作るときに吉田くんを連れてきて、総統と吉田くんというコンビでやってみようとなったんですね。
ですから、最初の『菅井君』の嫌味な感じとは若干立ち位置が異なるんですよ。ひねくれてるんですけど、憎めない。見た目もいつも仏頂面で目つきが悪いんですけど、女の子には「かわいい!」とか言われたり、得難いキャラクターになってくれたかなと。僕の中では吉田くんって実は野良猫のイメージで作っているんです。野良猫のオスって、かわいいんですけど、「おいで」と呼んでも逃げていくし、それで「なんだよ」と思っているとひょひょひょっと寄ってきたりと気分屋じゃないですか。そういうイメージがベースにあってあのキャラクターはできてきましたね。
――映画も変わらずFLASHで制作されていますが、映画ですと3DCGや4DXといった最新の表現方法を使った作品と並ぶことになります。そういった点は意識されていますか?
実は次回作でもそこをテーマにしているんですけど、その問題を突き詰めると、お金をかけて3DCGをガンガン使った映像がすごくって、昔ながらの小津安二郎さんみたいな作品はショボいのか。もっといえば、映像すら作らない小説家って、表現者としては一番劣等なのか。そういうところになってきちゃうんですよね。
じゃあ村上春樹って、FROGMANに比べたら相当劣等なクリエイターなんだな。そんなのにノーベル賞あげちゃいけないよ!って話になっちゃうんですよ。でもそんなことはなくって、我々が見なきゃいけないのは演出の部分だと思うんです。
実写時代に僕の先輩が言っていたのは、「ハリウッドのすごい作品で、実写化不可能な映像体験ができる」とか、「実写ではできない表現ができるからアニメはすごい」とか、そういう声があふれる中で、「そういうことじゃないだろう」と。「俺たち映画屋というのは、映像を作るのがテーマじゃなくて、感情を作っているんだ」ということなんですね。
大事なのは、いかに映像に感情をのせてお客さんに感じてもらうか。「予算や設備の問題で"表現できない映像"はあっても、"表現できない感情"はないから、そこに劣等感を抱くことなくやればいい」と言われたのは、今でも自分の中で大切にしています。FLASHアニメだからショボい感情しか表現できないのかといったら、そんなことはないんですよね。
ただ「映画」とひと口に言ってしまうからいけないのであって、アクション映画はアクションを見たい人が見るべきであって、SFは細かいシーンや設定を見たくなります。だからフラッシュアニメで僕らは何を見せたいかという時に、おもしろおかしい人たちの、笑いとドラマの人情劇が見たいという人たちが来てくれるので、その思いに応えるものを作っていきたいなと。
もう一つは、FLASHだから簡単だろうと思ったら大間違いで、お金をかけて絵を動かしたり、すごい絵を作ったほうが楽なことは多いんですよ。人形劇で表情を表現するのが難しいように、最小限のツールだけでいかに豊かなものを表現して、人の心を揺さぶることができるのかというのが演出家の技量だと思うんです。
――『鷹の爪』を拝見していて、どの回から見てもいいというか、新規参入しやすい作品だなという印象を受けました。そういう新しい視聴者のことは意識されていますか?
最初はテレビ朝日の深夜でスタートし、2ndシーズンまで深夜枠だったので、どちらかというと視聴者は大人だったんですよ。データを調べてみると30・40代が多くて、男女比は大体半々だったんですけど、10代はスコーン!と抜けてたんです。それからNHKでもやるという話になって、これはいい機会だと思いました。しかも夕方の『ビットワールド』という子ども番組の中だったので、そこでは思いっきり子どもに寄った内容を意識して。子どものファンを獲得したいというのが野望としてありましたから。
それとあまりメディアにはこだわらないようにしていました。作品自体も既存の萌えアニメとは路線が真逆なので、それがかえって萌え作品には関心のない人たちにとっては入りやすいのかなと。我々は既存のアニメファンではない層をとっていこうということでスタートしているので。
――マーケティング的にもかなりターゲットを設定して展開されているんですね。
そうですね。数字的なものは特にうちの代表の椎木(隆太)やプロデューサーとは綿密に分析して、脚本を作るときにも反映しています。
――フラッシュアニメはそういう分析と相性がいい面もあるのでしょうか?
あると思います。FLASHのいいところは早く作れるところなんですよね。筑紫哲也さんがご存命の時に『NEWS23』の中で時事風刺アニメをやっていたんですけれども、その日に作ってその日のうちに放送するということは日常的にやっていたんです。そうするとすぐに反応が返ってきて、改善点がわかるんですね。
ネットの反応では特に、悪い評判は見ないんですけど、いい評判はそれだけ心が動かされないとわざわざ書かないと思うので、そういった声をもとにどこがよかったのかというところを吸い上げて、次の週の放送に生かしました。そのやりとりって、落語がお客さんの反応との中で時間をかけて洗練されてきたみたいに、映像エンターテインメントも大衆演劇に戻りつつあるように感じているので、そこは意識しています。
――前回のインタビューで実写映画をやりたいと目標を掲げておられました。現在の目標をお伺いできますでしょうか。
実写をやりたいと言いながらやれていないのは、そこまで本当にやりたくはないんだろうなというのと、やっぱり僕は会社員なので、会社がやれというのと僕がやりたいものはやはり違うんですよ。やりたいんだったら会社やめるしかないですから(笑)。と言いつつ、実はうちの会社は実写映画をたくさん作っていまして、声がかかるのを待ってはいるんですが、『鷹の爪』を作らないといけないので。まああと実写ってもうからないですからね。
ここ最近、映画を見る層が変わってきたんですよ。去年の『君の名は。』や『この世界の片隅に』が大ヒットする脇で実写が大コケしているのを見てもそうなんですけど、映画って"上から降ってくる"ものじゃなくなったんですよね。昔は、あのスターが出る、こういう作品がきますから、というので上から恭しく降りてくるものだったものが、今は「となりの人が作ってるのおもしろそうだから見てやろう」みたいな"下から湧いてくる"ものになってきた印象ですね。
――でも下からヒットさせるというのはかえって難しいのではないでしょうか。
圧倒的にSNSですよね。映画ファンが情報を収集できる手段が今はないんですよ。昔はみんな『ぴあ』を習慣的に買って参考にしてたんですが、それがなくなって、映画の情報に接触するメディアは『王様のブランチ』のLiLiCoさんのコーナーくらいしかないんですよ。映画好きを自称する人たちはネットリテラシーがそこそこ高くないと映画レビューサイトとかには行かない。だから映画見ないんですよ。
――本来映画を見ることに価値を見出す人に対して情報を届けられる媒体がないということですね。
いま映画を見ている人たちって、Twitterがアニメアイコンの人たちなんですよね。今回の『君の名は。』も『この世界の片隅に』にしても、SNSをやっている人たちが拡散していったわけじゃないですか。だからいかにそういうネットのリテラシーの高い人たちに拡散してもらうようにするかが大事になってくる。今はネットの盛り上がりを受けて、ようやくそこでメディアが取り上げて、「ネットでこういうのが話題ですよ」とあおる。だめですよ、メディアがそんな後追いをしていたら。
――そこは本当に耳が痛いお話です。
自分自身も映画やテレビをやっている人間なので、本当は我々がブームを作る側だったはずなのに、いつの間にかブームを追う側になったのは本当に嘆かわしくって、そこは変えていかなきゃいけないなと思うし、プロである以上どうやったらその離れてしまった人たちを取り戻せるのかというのも考えなくちゃいけないなと感じています。
それともう一つは、ネットのリテラシーが高くない人たちが接触しやすい映画メディアを緊急に作らないと、日本の映画は全部アニメになりますよ。今アニメがどんどんランキングに入っているのは、アニメがいいからではないんですよ。実写をやっているということを知る機会がなくなっちゃったからみんな見に行かなくなったというだけなんです。だから実写のいい作品をちゃんと作って、その情報をきちんと届ける術をもったら、もう一回実写は復活すると思うんですよ。
劇場版『秘密結社鷹の爪』最新作『鷹の爪8 〜吉田くんのXファイル〜』は、現在BD・DVDにて発売中。
(公文哲)