その豊川が96分に値千金の先制ゴールを叩き込む。1点を奪うことができれば、日本のものだった。スタミナに余力のある日本に対し、運動量が落ちてきた上に同点を狙って前に出てきたイランのスキを突き、中島が2ゴールを叩き込む。選手と指揮官、双方が我慢比べに勝ったゲームだった。

 グループステージの3試合、そしてこのイラン戦の選手起用から感じられるのは、自ら選んだ23人の男たちに対する、手倉森監督の絶対的な信頼だ。「勝っているチームは変えるな」とも言われる中で、本当に信頼していなければ、これほどめまぐるしくメンバーを代えることはできないだろう。

 例えば、タイとの2戦目に先発したDF亀川諒史(福岡)は、その試合の序盤にクリアミスを犯すと、それを引きずり、亀川自身が試合後「90分間、何もできなかった」と嘆く低調なパフォーマンスに終わっていた。この出来を見ると、今大会中に再び出場機会が訪れなくてもおかしくなかったが、サウジアラビア戦の68分からピッチに送り込まれると、イランとの準々決勝でスタメンに指名されるのだ。

 手倉森監督の言葉を額面どおり受け取れば、同じ左サイドバックのDF山中亮輔(柏レイソル)よりも背が高いということが理由になるが、この起用に亀川は奮い立った。

「一発勝負の難しい試合で、ヤマ(山中)の調子がいいにもかかわらず、自分を使ってくれたということで、まずはその期待に応えなければいけないと思いました」

 イラン戦で最初にベンチに下がったのは、スイスのヤング・ボーイズでプレーするFW久保裕也だった。オーストリアのザルツブルクに所属するFW南野拓実には最後まで出場機会が巡ってこなかった。チームにアンタッチャブルな存在はなく、誰かに頼るチームではないのは明らかだ。この先、誰がスタメン起用されるのかが分からない。それがチーム全体のモチベーションと競争意識、一体感を高めている。

「今日はトヨがヒーローになって、翔哉も2点取った。毎回違う選手が点を取って、一人ひとりが勢いに乗れる分、それがチームにうまく還元できているのかなって思います」

 イラン戦ではクローザーとして113分に登場したMF大島僚太(川崎フロンターレ)は、日替わりヒーローが生まれていることもメンバーを入れ替えて戦っている効果の一つだと言った。また、遠藤は「監督はゲームをすごく読める方。本当にチーム全員で戦えているから雰囲気もすごくいい」

 勝負師であり、懐の深さを感じさせる采配を見せた指揮官――。イラクとUAEの勝者と戦うことになる準決勝も、手倉森監督がこのチームのベストの選手たちを送り込むことはないだろう。その日に準決勝を戦うための条件を満たした選手たちが、リオ五輪への出場権獲得が懸かった大一番のピッチに立っているはずだ。

文=飯尾篤史