1月30日(現地時間)、約1ヵ月ぶりにブンデスリーガが再開する。冬の移籍市場が閉まる直前ということもあり、さまざまな話題が飛び交っているが、そんな中、ハノーファーは酒井宏樹ただ1人と手薄だった右SBの補強が契約直前で破談に。「危険」な状態でシーズン後半戦を迎えることになるかと思われたが、再開直前にバレンシアからポルトガル代表ペレイラを獲得してことなきを得た。

 ブンデスリーガ再開まで1週間を切った1月25日、ドイツメディアはハノーファーが右SBストヤノビッチを獲得したと一斉に報じた。ストヤノビッチは昨年11月に19歳の若さでスロベニア代表デビューを飾り、NKマリボルの一員として今季の欧州チャンピオンズリーグ5試合にも出場した期待の若手だ。これでハノーファーは手薄だった右SBの補強に成功、酒井を脅かすほどの若き才能を手に入れることができたはずだった。

 しかし、翌日になって事態は一転。契約完了を待っていたメディアから交渉決裂が報じられ始められると、クラブから公式にマリボルとの破談が発表された。どうも契約完了直前になってマリボル側が移籍金を釣り上げ、それに対してハノーファー側が首を縦に振らなかったということらしい。ストヤノビッチもサインのためにハノーファー入りし、気持ちの準備はできていただけに、ハノーファーにとってもストヤノビッチにとっても残念な出来事になってしまった

 ストヤノビッチ獲得が破談になったことを残念に思ったのは酒井も同じだった。酒井にとってポジションを争うライバルの加入がなくなったことは、レギュラー確保という点で考えればポジティブなハズだ。しかし酒井はこの事態をそうは捉えなかった。酒井はライバル獲得の破談に何を思ったのだろうか?

 酒井は思わずため息をつくとこう答えた。

「もちろんチームにとっても僕にとっても、もう一人の選手っていうのは絶対に必要ですし、この状態が半年続くっていうのは僕にとってもすごく危険だと思います」

 一体、この「危険」とは何を意味するのだろうか?

 ひとつはバックアップの不在だ。以前から酒井は膝に負傷を抱えていたが、代わりとなる選手がいないためにケガを押してでも出場していた。無理に出場することで回復が遅れ、パフォーマンスも低下する。自分がプレイできなくなったら――そんな不安を抱えながらプレイを続けることは、酒井にとって心理的な負担だっただろう。酒井自身も「調子が悪い時も出ないといけない。出続けるってことでやっぱりチームにとっても......」と、その難しさを語っている。

 もうひとつは競争相手の不在だ。「もちろん(試合に)出られるにこしたことはないですけど、競争相手が必要なのは間違いないです」と、酒井は語る。ポジションを争うライバルの存在は競争を生み、双方の選手に成長を促す。争いに敗れればもちろん出場機会を失うことになるが、それでも得られるものは多い。昨季の酒井はそうしたポジション争いで自らを高めることができた。

 実はハノーファーが酒井の競争相手獲得を画策したのは今回が初めてではない。長きにわたってハノーファーの右SBを務め、ケガの影響もあって酒井にポジションを奪われたチェルンドロが昨季シーズン途中に現役引退。チーム唯一の右SBとなった酒井も、後半戦初戦に出場停止処分を受けていたため、ハノーファーは冬の移籍市場でチェコ代表右SBライトラルをレンタル移籍で獲得した。

 一時はライトラルに先発の座を奪われることになったが、そこから酒井はポジションを奪い返してみせた。その後、出場機会を得られなくなったライトラルはシーズン終了後にレンタル元へと戻っていくことになった。結果的にこのポジション争いが酒井を選手として成長させることになった。

 酒井はライトラルが加入したときには、「正直なところを言うと(ライトラルを)獲ってほしくなかった」と、正直な気持ちを吐露していた。今回、酒井の口からそういった言葉が出てこなかったところに酒井が培ってきた自信を見た気がする。だが、酒井にとっては「自信というか普通にそのまま続けるだけですし、去年も落ち着いて対応したら試合に出られるようになったので、そこもそんなに深くは考えてなかったです」と、変わらずにプレイし続けられたことの方が大切だった。

 結局、ハノーファーは土壇場で新たな右SBペレイラを獲得。酒井には半年ぶりに競争相手が現れることになった。ペレイラは現役ポルトガル代表と実力は確かだが、今季所属先のバレンシアでは出場どころかベンチ入りすらなし。今回も移籍金なしのフリー移籍で、当面は酒井のバックアップという形になることが予想される。

 だが、これで酒井にとっての「危険」は解消される。欧州カップ戦出場権獲得を目指す後半戦、酒井は競いながら、それでいて変わらずにプレイし続けるだろう。

山口裕平●文 text by Yamaguchi Yuhei