ケガが治ると、いつかは格闘家として最後の挑戦をスタートさせた。ただでさえ多かった練習量を、さらに増やしたのだ。
 ジムでの練習に加え、フィジカルトレーナーについてラントレ(陸上トレーニング)も開始。試合までの1〜2カ月は、週に7日、つまり休みなしで追い込み練習が続く。月曜から金曜までは、1日2回の練習を行うという。
 ジムに所属する女子のプロ選手はいつかだけだから、スパーリングも男子を相手にしてのものだ。「猛練習」という言葉では足りないくらいのハードトレーニング。「もともとがだらしない性格なので、人に引っ張ってもらわないと強くなれなかったんですよ」と笑ういつかだが、練習は「逃げたくなることも多い」し、「いつも泣きながらやってます」とも。

 こうした練習で身につけたフィジカルの強さが、いつかの最大の武器だ。
 「一番の長所はスタミナと、この筋肉でしょうね。身内から『メスゴリラ』って言われるんですけど、『ゴリラ』じゃなければいいです、メスであれば(笑)」

 上昇気流に乗ったいつかは、昨年11月にWPMF日本フライ級タイトルに挑戦し、グレイシャア亜紀に大差の判定勝ちで念願の初タイトルを獲得する。
 「タイトルマッチで、相手はベテランのトップ選手。女子キックの“顔”みたいな人ですから。人生を懸けた勝負でしたね。この試合で負けたら引退しようと思って臨んだ試合でした」

 そんな大一番で、いつかは5ラウンドの間まったく集中力を切らさず、前に出続けて勝利をものにした。練習量に裏打ちされたパワーとスタミナがあるからこそ可能な闘い方だ。
 「試合では、下がったら負け。打たれても前に出て打ち返すのが私のスタイルだと思ってます。それができるのもフィジカルが強いからでしょうね。メスゴリラって言われても嫌じゃないのは、そんな体になるくらいの練習をしてきたっていう誇りがあるからです。この体はちょっとやそっとの努力で手に入るものじゃないので」

 試合前は食事の内容も変わる。基本は鶏肉などのタンパク質と野菜。栄養を摂るためだけの食事だ。食べる楽しみは一切ない。唯一、果物を食べる時だけは「ああ、甘いなぁ…」とかすかな喜びを感じるそうだ。
 「みんなが私と同じ練習、同じ生活ができるかって言ったら、そうじゃないはず。他の選手に対して『やれるもんならやってみな』くらいの気持ちはありますよ」

 現在7連勝中。勝てば勝つほどプレッシャーは大きくなるばかりだという。周囲に対してもファンに対しても、それに闘ってきた相手にも責任を感じる。勝たなければいけない、ぶざまな試合はできない。そんな思いから、試合直前の控え室では号泣する。
 それでも、最後には自信とプロ意識が不安を上回る。セコンドの「女優になれ」の一言で気持ちを切り替え、笑顔でリングに上がるのだ。

 9月の世界戦、相手に合わせた対策を練習したのは3日間だけだったという。それも、これまで積み重ねてきた練習、強い肉体への自信があるからだ。タイ人、つまり本場のムエタイ戦士と対戦するのは初めてだったが、まったく臆することがなかった。
 「ヒジ打ちがあるので強引にラッシュすることはできなかったですけど、相手が強いからこそ楽しく試合ができましたね」

 ムエタイ特有の技術、相手の首を抑えてヒザ蹴りを打ち込む“首相撲”にもしっかりと対処できた。
 「思ったより大丈夫でしたね。組んで闘うとスタミナを消耗するので、そうなったら私のほうが有利だと思っていましたし」