本当の自信とするために、絶対に負けてはいけない試合!

 履正社は1回戦(小山台戦)で完封したエース・溝田 悠人(2年)が駒大苫小牧打線に捕まり、3回途中6失点で降板。マウンドを同じ2年生右腕の永谷 暢章に譲った。 ベンチで見つめる岡田龍生監督は、「これで負けたら、継投のタイミングミス。監督の私が、選手に謝らなければいけない」と感じていた。

 しかし、溝田がスライダーなど変化球を狙い打たれたのと対照的に、永谷は最速147キロの直球を主体にガンガン攻めた。面白いように打っていた駒大苫小牧打線の勢いが、永谷の直球に押されるようになる。

 ディフェンスでリズムを掴んだ履正社打線は、4点を追う6回に、4番中山 翔太(3年)の犠牲フライ、5番西村 卓浩、6番八田 夏(3年)の連続タイムリーで3点を返し、1点差にまで迫った。

 終盤に球威が落ちた永谷だが、1点差まで迫ってもらったことを勇気にして、気迫のピッチングで駒大苫小牧からゼロ行進を築いていく。3回途中から6イニング余りをなげて、奪った三振は10個を数えた。

 それでも差はまだ1点。このままでは負けてしまう。 「(永谷が)あれだけ頑張って投げたけど負けたというのと、頑張って最後にひっくり返して勝ったのは違う。勝ち負けというのはピッチャーにとっては大きい」と感じていた岡田監督。

 そう、良い経験で終わらすことができない展開になっていた。一人の投手の大きな自信に繋がるかもしれない一戦。『何としても勝たなければならない』

 9回裏の攻撃。履正社野手陣の執念が実る。 まず、先頭の6番八田が、相手内野手のエラーで出塁。7番絹田 翔太(3年)がバントヒットで続いた。

 逆転サヨナラまでできる走者が出た所で、打席は8番立石 哲士(3年)。この日は5回のチャンスで初球を打ちあげてキャッチャーフライに倒れるなど、打撃面で良い所がほとんどなかった。「代打も考えた」という指揮官だが、立石をそのまま打席に送り、バントのサインを出す。 しかし、バントが決まらない。追い込まれ、「(バント)取り消しで、ヒッティングのサイン」(立石)に変わった。

 マウンドの駒大苫小牧三番手・伊藤 大海(2年)がフルカウントから投じた6球目。真ん中高めの直球を叩くと、打球はレフトを越える長打となった。二塁から八田が還ってついに追いついた履正社。打った立石は、「結果は良かったけど、チームとしてはバントの方が良かった」と複雑な心境になりながらも、「永谷のピッチングは(これまでで)一番良かった。これは勝たせなければいけない。負けて良い経験だったで終わらせるわけにはいかなかった」と同点に追いついたことには喜びを見せた。

 この後、敬遠などを挟んで一死満塁と場面が進む。三塁走者には同点打の立石。打席の2番辻 心薫(3年)に、「外野フライなら絶対に還る」と合図を送った。岡田監督も、「この前も満塁で打っているし、こういう所に強いので、辻に任せました」と辻の勝負強さに全てを託した。 「内野ゴロでダブルプレーを取りたい」という思いの伊藤大と新山 敬太(3年)の駒大苫小牧バッテリー。辻との勝負は3球ファウルが続き、その後2球ボールとなって、2ボール2ストライクとなった。

 そして6球目。駒大苫小牧バッテリーが選択したのはスライダー。キャッチャーの新山は、「決して、失投ではない」と伊藤大の投じた球を見つめた。しかし打席の辻がこの球に手を出すと、打球はレフト定位置付近へのフライ。レフトの若松 大地(3年)が捕球した瞬間、立石がスタートを切り、スライディングで本塁を踏みしめた。 「初球から流れがきていたので、打つしかなかった。考えるだけ無駄という気持ちで、バットを振りました」と振り切った気持ちを語った辻は、笑顔でチームメートの輪に溶け込んだ。

 岡田監督は、「練習の成果である粘りを見せてくれた。ピッチャーに関しては、永谷サマサマです。マウンドで踊るように投げていて、今まで溜まっていたものを爆発させてくれたと思います」と目を細めた。

 絶対に負けられない試合を逆転勝ち。好投した永谷にとっては、“勝ち”という文字がついたことで、大きな自信となるだろう。 「あいつにとっての野球人生で、大きな試合。(成長への)ポイントになってほしいです」と背番号10の大型右腕を見つめた。

(文=松倉 雄太)