攻めの神田、受けの浜谷。ハマカーン『下衆と女子の極み 強くなりたきゃパンを食え』
昨年12月にフジテレビで生放送された、最も面白い漫才師を決める大会『THE MANZAI 2012』。前年決勝進出の千鳥やM-1チャンピオンでもある笑い飯、NON STYLEなど前評判の高いコンビを押えて優勝したのが、ツッコミ・神田伸一郎とボケ・浜谷健司のハマカーンだ。
今やテレビでも売れっ子な彼らによる、初の著書『下衆と女子の極み 強くなりたきゃパンを食え』は、コンビそれぞれの視点で、出会いから優勝までが書かれている。
といっても、単なる回顧録ではない。
本書が変わっているのは、途中に挟まれるコンビの関係性やキャラクターにまつわるエピソードが、全体の半分近くを占めているということ。トーク番組を見ているような感覚で、ハマカーン16年の歩みを楽しめる作りとなっているのだ。
まずコンビ結成から、自分たちの漫才みたいなスレ違いが起きている。
元々、お笑いをやりたいと言い始めたのは、大学の柔道部の先輩でもある神田の方だった。
1999年、NHKの『爆笑オンエアバトル』を見て芸人になりたいと思い始めていた神田。漫才を一本書き上げ、素人でも出られるお笑いのライブに出ようと計画する。
とはいえ、相方がいなければネタもできない。そこで白羽の矢を立てたのが、就職活動をしなさそうな人間として、すぐに頭に思い浮かんだ後輩の浜谷だ。
〈ほっといたらフリーターになるであろう浜谷に、道を標してあげよう〉。
一方、神田から突然台本を渡された浜谷の、台本を読んでみての感想は〈さっぱり面白くない〉。
〈私はこんなダジャレや、すっとんきょうなことを言う人間じゃないのに…〉と思いつつ、〈きっと神田さんは、他に頼める人がいないのであろう〉とボケをやることを引き受ける。
これが、ハマカーン結成の瞬間である…って、こんななし崩しでいいの?
頼む側である神田の上から目線もすごいけど、すんなり引き受けて、それ以来なんとなくコンビを続けている浜谷の流され具合も相当にすごい。
そもそも、神田はなんでこんな上から目線だったのか? そのルーツは、セレブ一家でもある神田家の人々の性格にある。
コンビ結成後、神田の姉であるタレント“神田うの”の結婚式に招かれた浜谷。一流芸能人の結婚式の相場だという10万円をご祝儀として包むが、当日神田の父親から〈莫大な財産をいただいてしまって…〉と恐縮され、〈生活のほうは、大丈夫ですか?〉と聞かれてしまう。
確かにまだハマカーンは売れていなかったし、浜谷にとっては友達や金融会社から借りて集めた、なけなしの金だったのだけど…。
さらに後日、神田うの本人から、そんなにもらって悪いからと7万円を返される。母親からのアドバイスで気を遣って、全額ではなく7万円らしい。
神田家の人々に、悪気は無い。ただ、正直すぎるがゆえに、失礼な時があるだけなのだ。
普通なら怒る、ムッとする。でも浜谷は腹を立てない。心の中でいいネタになると思いながら、一礼する。
〈ちょっと常識からはずれている〉、〈ちょっとクソ野郎〉な神田のわがままも、動じることなく受け入れる。
大学時代から同級生や恋人、芸人仲間など常に誰かと同居しているけれど、相手に不満も見せず平気な顔だ。
同居の極意について浜谷は、同居人を〈なんだかわからないけれど家賃を半分払ってくれる人〉と思い込むことだと語る。
互いに干渉せず一人暮らしをしていると思えば、気楽に暮らせる。部屋を散らかされても、家賃を半分払ってくれている人だからと思えば、寛大になれる。
相手のやる事なす事すべてに逆らわない、究極の受け身人間、それが浜谷なのだ。
そんな攻めの神田、受けの浜谷という、二人共通のスポーツ・柔道にも似た関係性を利用したのが、『THE MANZAI 2012』で優勝を掴んだ今のハマカーンの漫才だ。
神田が、ある時は自分の気持ちをわかっていないと、相方へ細々とした不満を並べる。ある時は、ハマっている美容法など女子っぽい話題を振る。ところが相手の言うことを理解できず、ついていけずイラ立ってしまう浜谷、という図式がネタの基本形となる。
本当なら、一方的に不満を述べたり自分の好きな話題をしゃべりだす、神田の方が嫌なヤツである。でも浜谷が、「お前女子じゃねえだろ!」と文句を言ったり、「女子ならこれを嫌がれ!」といって神田の体を触りだす、「怒りっぽくて下衆いオジサン」となり反撃することで、その印象は消える。
そして今度は、神田が反撃を見事に切り返し、浜谷が受身=リアクションを取ることで笑いが生まれるのだ。
受け身体質の浜谷が神田に対して攻撃に出るのも、不自然ではない。なにせ、毒を吐くタイプではない浜谷が、物以外で唯一悪口を言える対象が相方なのだから。
浜谷曰く、このスタイルを見つけた2012年は〈今までで一番手を抜いた年〉であり、〈一番ネタ作りが楽しい年〉でもあったという。
普段のコンビ間のやりとりが基になっているから、無理に演じている感もない。肩の力を抜いて楽しんでいる様子が、漫才の中で伝わってくるところもいい。
というか、それって浜谷が初舞台の台本に感じていた不満に、自分たちで13年かけて応えたということなのか!
なんて発見が、読んでいていくつもある。
これを読めばハマカーンのことをより面白く興味深くみられるし、知らない人も好きになること間違いなし。
紹介されているエピソードを、ハマカーンの歴史やネタ、現在の活躍とつなぎ合わせて分析すれば、読者一人一人がハマカーン研究家になれるのだ。
(藤井 勉)
今やテレビでも売れっ子な彼らによる、初の著書『下衆と女子の極み 強くなりたきゃパンを食え』は、コンビそれぞれの視点で、出会いから優勝までが書かれている。
といっても、単なる回顧録ではない。
本書が変わっているのは、途中に挟まれるコンビの関係性やキャラクターにまつわるエピソードが、全体の半分近くを占めているということ。トーク番組を見ているような感覚で、ハマカーン16年の歩みを楽しめる作りとなっているのだ。
元々、お笑いをやりたいと言い始めたのは、大学の柔道部の先輩でもある神田の方だった。
1999年、NHKの『爆笑オンエアバトル』を見て芸人になりたいと思い始めていた神田。漫才を一本書き上げ、素人でも出られるお笑いのライブに出ようと計画する。
とはいえ、相方がいなければネタもできない。そこで白羽の矢を立てたのが、就職活動をしなさそうな人間として、すぐに頭に思い浮かんだ後輩の浜谷だ。
〈ほっといたらフリーターになるであろう浜谷に、道を標してあげよう〉。
一方、神田から突然台本を渡された浜谷の、台本を読んでみての感想は〈さっぱり面白くない〉。
〈私はこんなダジャレや、すっとんきょうなことを言う人間じゃないのに…〉と思いつつ、〈きっと神田さんは、他に頼める人がいないのであろう〉とボケをやることを引き受ける。
これが、ハマカーン結成の瞬間である…って、こんななし崩しでいいの?
頼む側である神田の上から目線もすごいけど、すんなり引き受けて、それ以来なんとなくコンビを続けている浜谷の流され具合も相当にすごい。
そもそも、神田はなんでこんな上から目線だったのか? そのルーツは、セレブ一家でもある神田家の人々の性格にある。
コンビ結成後、神田の姉であるタレント“神田うの”の結婚式に招かれた浜谷。一流芸能人の結婚式の相場だという10万円をご祝儀として包むが、当日神田の父親から〈莫大な財産をいただいてしまって…〉と恐縮され、〈生活のほうは、大丈夫ですか?〉と聞かれてしまう。
確かにまだハマカーンは売れていなかったし、浜谷にとっては友達や金融会社から借りて集めた、なけなしの金だったのだけど…。
さらに後日、神田うの本人から、そんなにもらって悪いからと7万円を返される。母親からのアドバイスで気を遣って、全額ではなく7万円らしい。
神田家の人々に、悪気は無い。ただ、正直すぎるがゆえに、失礼な時があるだけなのだ。
普通なら怒る、ムッとする。でも浜谷は腹を立てない。心の中でいいネタになると思いながら、一礼する。
〈ちょっと常識からはずれている〉、〈ちょっとクソ野郎〉な神田のわがままも、動じることなく受け入れる。
大学時代から同級生や恋人、芸人仲間など常に誰かと同居しているけれど、相手に不満も見せず平気な顔だ。
同居の極意について浜谷は、同居人を〈なんだかわからないけれど家賃を半分払ってくれる人〉と思い込むことだと語る。
互いに干渉せず一人暮らしをしていると思えば、気楽に暮らせる。部屋を散らかされても、家賃を半分払ってくれている人だからと思えば、寛大になれる。
相手のやる事なす事すべてに逆らわない、究極の受け身人間、それが浜谷なのだ。
そんな攻めの神田、受けの浜谷という、二人共通のスポーツ・柔道にも似た関係性を利用したのが、『THE MANZAI 2012』で優勝を掴んだ今のハマカーンの漫才だ。
神田が、ある時は自分の気持ちをわかっていないと、相方へ細々とした不満を並べる。ある時は、ハマっている美容法など女子っぽい話題を振る。ところが相手の言うことを理解できず、ついていけずイラ立ってしまう浜谷、という図式がネタの基本形となる。
本当なら、一方的に不満を述べたり自分の好きな話題をしゃべりだす、神田の方が嫌なヤツである。でも浜谷が、「お前女子じゃねえだろ!」と文句を言ったり、「女子ならこれを嫌がれ!」といって神田の体を触りだす、「怒りっぽくて下衆いオジサン」となり反撃することで、その印象は消える。
そして今度は、神田が反撃を見事に切り返し、浜谷が受身=リアクションを取ることで笑いが生まれるのだ。
受け身体質の浜谷が神田に対して攻撃に出るのも、不自然ではない。なにせ、毒を吐くタイプではない浜谷が、物以外で唯一悪口を言える対象が相方なのだから。
浜谷曰く、このスタイルを見つけた2012年は〈今までで一番手を抜いた年〉であり、〈一番ネタ作りが楽しい年〉でもあったという。
普段のコンビ間のやりとりが基になっているから、無理に演じている感もない。肩の力を抜いて楽しんでいる様子が、漫才の中で伝わってくるところもいい。
というか、それって浜谷が初舞台の台本に感じていた不満に、自分たちで13年かけて応えたということなのか!
なんて発見が、読んでいていくつもある。
これを読めばハマカーンのことをより面白く興味深くみられるし、知らない人も好きになること間違いなし。
紹介されているエピソードを、ハマカーンの歴史やネタ、現在の活躍とつなぎ合わせて分析すれば、読者一人一人がハマカーン研究家になれるのだ。
(藤井 勉)