『推理小説×ジグソーパズル 鏡の国の住人たち/京都大学推理小説研究会』(2013年6月30日発売/スモール出版)
ジグソーパズルは3時間ほどでサクッと完成させたよ! おれ、さすが! ……で、肝心の真相はわかったかって? ごめん、わかんなかった。

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推理小説というのは、ある種のゲーム小説だ。ゲームを題材にした小説という意味ではなく、小説という形式を使ってどれだけの遊び(ゲーム)が実施できるか。そのおもしろさを追求するために、作者は様々な仕掛けを小説の中に施す。

一般的には、小説という枠組みの中に「意外な犯人」や「巧みな伏線」や「叙述トリック」などといった文章によるテクニックを組み込むことで、読み進めてきた世界がラストでひっくり返るような驚きを読者に与える。

そうした推理小説を読むことの愉しみを、より強化するために考え出されたアイデアに「袋とじ」というものもある。小説本編の中に事件の全容と、あらゆる証拠が提示され、ここまでの材料で真犯人を指摘することは可能なはずだから、さあ犯人を言い当ててみよ。真相は袋とじの中に! というやつだ。これなどは文字だけで成立する仕掛けを飛び越えて、書物の構造自体が遊びに加担している。

あるいは、物語中に登場する供述調書や、現場写真、容疑者の指紋といった様々な遺留品を綴じ込んで、よりいっそう推理小説の遊戯性を高めた作品もあった。いまから20年ほど前に中央公論社が翻訳していたデニス・ホイートリーのシリーズで、『マイアミ沖殺人事件』など4冊ほどが刊行された。

こうした仕掛けに凝ったものはどうしても制作コストがかかるため、最近ではもう作られることがなくなっていた。不況だからかな、寂しいな……と、歩道でうつむいて小石を蹴ったワタシの目の前に、ポツンと四角い箱が落ちていた(訳:神田の本屋さんで買いました)。

箱には『鏡の国の住人たち』と書いてある。ナンダコレハ!

より正確にタイトルを書くと、『推理小説×ジグソーパズル 鏡の国の住人たち』となっており、著者は「京都大学推理小説研究会」とある。おお、京大ミステリ研といえば、綾辻行人、我孫子武丸、法月綸太郎、麻耶雄嵩、小野不由美といった人気推理作家を輩出している名門ではないか。

とくに本格ミステリに強いと言われる京大ミステリ研の作品だけあって、本作は推理小説と300ピースのジグソーパズルがセットになった変わり種だ。「ジグソーパズルの謎を解くと驚愕の真相が明らかになる」だなんて、いまどきよくもまあこんなに凝った仕掛けを実現させたものだなあ。

パズル付きなので当然のことながら箱入りなわけだけど、外箱を見ると、「1、推理小説の問題編を読む」→「2、謎の真相を解くため、推理しながらジグソーパズルを組む」→「3、パズルの謎が解けたら、解決編を読んで事件が解決!」なーんてことが書いてある。では、おもむろにパッケージを開け、推理小説を読もう……と思ったら、最初になんか注意書きがある。

「まず、お手数ですが、ジグソーパズルの全てのピースの中から血の跡がついたものを選び出し、分別してください」

け、血痕のついたジグソーパズル!

念がいってるなあ。もちろん血痕は本物ではなくて印刷されたものなんだけど、こういう仕掛けが気分をおおいに盛り上げてくれる。血痕がついたのは300ピースのうち70個あるらしく、それを丁寧に選り分けていく。もうここからゲームが始まっているんだね。

しかし、なぜパズルのピースに血痕がついているのか。しかも、そのピースだけを選り分けさせる意味はなんなのか。数々の疑問が頭上に「???」と浮かび上がるが、それは小説本編を読み進んでいけば次第にわかるようになっているのだった。

同梱されている小説は文庫本サイズで60ページ程度のごく短いものだ。読み進むうちに状況説明があり、登場人物が顔をそろえ、謎が提示され、ある事件が起こる。そして43ページまでを読み終えたところで、お約束の【読者への挑戦】がある。いいぞ、いいぞ!

驚愕の真相は、もちろん実際に読んだ人(というより“体験した人”と言うた方が似合うね)だけのお楽しみだから、ここには書かない。

正直なところ、ジグソーパズル検定1級のワタクシにはパズルとしては物足りなかったし、さらに言えばジグソーパズルである必然性も薄い気はした。だけど、少しぐらい非現実的でも、遊戯としておもしろければ“有り”なのが推理小説というものだとも思う。出版不況のあおりで堅実な本しか作られないなんておもしろくない。こういう意欲的な冒険はどんどんやって!
(とみさわ昭仁)