『さまよえる成年のための吾妻ひでお』は、町田ひらくの解説による、現在の「萌え」の基盤になったであろう吾妻ひでお作品集。70・80年代に描かれた、ベーシックなものから今でもカッ飛んでいると感じられるものまであるオタク文化の源流を見つけられる一冊。

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今「萌え」が持っているエロティシズムは、ほとんどがすでに吾妻ひでおが通った道。
ハッピーでかわいい性描写はもちろん、近親相姦、性転換、BL、人外モンスター娘まで。ニッチな部分まですべて、ポルノグラフィとして意識的に、70年代から80年代に描いていた、というのを改めて見るとびっくりするものです。

『さまよえる成年のための吾妻ひでお』は、吾妻ひでおの数多くのマンガの中から、ロリータ漫画家町田ひらくが「萌えのエロティシズム」を描いた作品を選んだ作品集です。
エロスは多分に含んでいますが、文化の歴史としてつむがれているので18禁本ではありません。
70年代に「少女漫画の顔を模写し、身体は手塚・石ノ森系を組み合わせたらエロくなった」、現在の萌え絵の基本になる道筋を作った一人が、吾妻ひでお。
町田ひらくが「読者の皆が「カワイイッ」と喜んでくれる美少女が、どんなセックスをするのか。一瞬でも想像する事に何の罪があろうか」と書くように、かわいいものがエッチなことをするのって面白いんじゃない?というのを「実際にやった」ことが、今のオタク文化に大きな影響を与えています。

吾妻ひでおは思想的だったり社会的だったり、SF的だったりする作品を数多く描いています。この作品集では特に「萌エロ」視点で切り取り、分析されています。
町田ひらくは、吾妻ひでおの萌えエロを、ポルノグラフィとしての「イエローモンスター」、キュートでハッピーな「ピンク漫画」、切なくグロテスクやペドフィリア的感覚を捉えた「ブルーフィルム」の三色で分けています。
最初にも書いたように、これがもう多種多様すぎて。一冊で萌えエロ漫画を横断したかのような気分になれます。

最も面白い作品の一つとして『パラレル狂室 落し物』をあげておきます。
塾の補習で帰るのが遅くなった少年が、全裸の少女を拾って家に持ち帰る、というこの作品。
まるで人形のようにしゃべることも動くこともなく、ご飯も食べない。でも生きている。
そんな少女に服を着せたり、お風呂に入れたり。これはなかなかエロティックです。
最後に彼女が出来て、飽きて捨ててしまう、というのも強烈。
カッ飛んでいるこの作品、掲載されていたのが『高1コース』だというのが最大の驚き。なんで載せちゃったの。
一応キャラのセリフで数式おまけ程度に入ってるけどさ!
それでこんな性的トラウマになりそうなの載せちゃうんだ?!
うん、いいですね。どんどん性的トラウマを若い時代に見たほうがいいよきっと。

明るく楽しいハッピーエロスな、現在の萌え漫画にも通じる『やけくそ天使』シリーズに、植物や動物を女の子に変え、究極的に自らを女性化することで性的欲求を充足させる『夜のざわめき』、会田誠的世界観とエロスと悲しさが入り交じる『鎖』など。
非常に特殊な吾妻ひでおワールドなんです。
と同時に、これらの作品がいかに現在の「萌え」「萌えエロ」感覚に影響を及ぼしているかを、町田ひらくが丁寧に解説しています。
ロリコン感覚と、美少女の価値、被害者のいない世界などについての解説が、難解な部分もある吾妻ひでお作品を分析しています。今の「萌え」の中になぜロリコン感覚があるのか。興味がある人には、まとめ資料的価値の高い一冊です。

さて、「ハリウッドさん。映像化不可能とはこういう事です」とぎょっとする解説がされている、この本のトリとして掲載されている『すみれ光年』と言う作品。
読んだことない人はこれ、是非読んでください。本気で映像化不可能。
1982年に描かれた、マンガのマジックを見られます。


『さまよえる成年のための吾妻ひでお』
『よいこのための吾妻ひでお』
『ポスト非リア充時代のための吾妻ひでお』
『21世紀のための吾妻ひでお』

(たまごまご)