さんざん汚されたはずなのに澄んでいる女のカラダ。映画「戦争と一人の女」
どういうわけか、坂口安吾の「戦争と一人の女」「続戦争と一人の女」が小説以外のメディアで連続再生している。
昨年(12年)、近藤ようこによる漫画が発表されて話題になり、今度は故・若松孝二監督の弟子に当たる井上淳一が映画化し、4月27日から公開されるやいなや物議を醸している。
「昭和官能文藝ロマン」という惹句だけに、まず目がいくのは、柳腰の主演女優・江口のりこの裸体。
それは「戦争が終わるまで、やりまくろうか」と男に言われるに値する。
嗜虐心をくすぐるセックスシンボルといえば、現在、檀蜜が頂点を極めているが、江口のりこが演じる「女」もかなり気になる。
この「女」は、わけあって一時は娼婦に身を落としたものの辞めて呑み屋の女将をやっていた。あるとき、その店の常連で、酒に溺れる無頼派作家(永瀬正敏)に誘われて彼の家に入り、奴隷ではないけれど玩具のように扱われる。
第二次世界大戦下、男は日本が戦争に負けるだろうと予想し、未来に希望をもてないでいるが、女は奥さんになったことを楽しむ。
ただ、女はある理由から肉体の喜びを感じることができなくなっていた。
それでもふたりは毎日体を重ねる。
目が酒で濁り全身は倦怠感に満ち満ちた男に弄ばれる女のカラダは、細いのに柔らかそうで、さんざん汚されてきたはずなのに澄んでいる。
性を通して戦争をみつめる視線は、映画のオリジナル登場人物である中国戦線で片腕を失って帰ってきた男(村上淳)によってさらに強くなった。
戦後日本を震撼とさせた暴虐魔・小平義雄をモデルにしているらしいその男は、戦争から戻って来たら妻との営みができない体になってしまい、代わりに次々と行きずりの女たちに近づいて・・・その先は嗚呼とてもじゃないけど書けません。
言うまでもないが帰還兵の女たちへの行為は戦争の追体験だ。
交わりが愛と平和の象徴になることもあれば、他者を損なう暴力に転じることもあり、生の危機に立たされたときほど無性に臍下が疼くこともある。
作家と帰還兵と女はそれぞれがそれぞれの思惑で、戦争にぽっかり空けられた穴を情欲で埋めようとする。
ところが作家と帰還兵は注いでも注いでも埋めることができなくて、日に日にどんよりしていくばかり。肉体は光を一切反射せず、むしろどんどん吸収して、淀んでいく。
一方、女はごはんを食べるようにセックスしている。
顔に感情がはっきり出ず、つかみどころがないが、その瞳は「生きていきましょう」と今にも踊りだしそうにつややかな黒で、白い肌は上手に炊いた極上の白米の一粒みたい(安吾の描写だと女は「食慾をそゝる、可愛いゝ、水々しい小さな身体であつた。」)
どうせ見習うなら明らかに女の人生観だ。
女は戦争に負けたら「あいのこを生む」と前向き。
なんといっても、ある目的のために野外で下半身まるだしにしている姿は輝いている。
エロじじい(柄本明)だって上手にあしらっちゃう。
「戦争が好き」「みんな燃えてしまえば、平等になるから」と言うかと思えば、戦火で家が燃えそうになると、「この家を焼かないでちやうだい」なんて言い出して・・・。
統一感あるようでないような言動。そのときそのときの肌感覚に任せていてとても自由。
やがて戦争が終わると着物から洋服に着替え美しさがさらに増した女の前に、帰還兵が現れる。
この女と帰還兵の運命的な出会いは、当然ながら坂口安吾の原作にはない。
帰還兵のそれまでの行動から考えるといやな予感しかしないが、さて・・・。
映画は小説よりも過激な描写が増量されている。
俗っぽくいえばAV、高尚にいえばバタイユで、それからラストの女にはなんだか皮肉めいた暗喩も想像してしまいながらも、江口のりこは、あらゆる観念をふわりふわりと交わした挙げ句、飲み込んでしまう。
音楽を担当した青山真治によるタンゴと絡み合い、悲しみも楽しみも巻き込んで陽炎のように上昇していく女のカラダは、理屈をすべて振り切ってただただ清々しい。
昔々、反戦のために女がセックスしない作戦を実行するという喜劇がギリシャで作られたが、「戦争と一人の女」の女はセックスによって男と観念と戦争を無力化する。
それはそもそもの小説や脚本の力なのか、演じる江口のりこの演技力なのか、そんな彼女にすべてを託した監督の才能なのか、どれでもいいけれど、とにかくやられます。
「戦争と一人の女」の女には名まえがない。男たちは、小説家は野村、帰還兵は大平という名前があるのに。
しかし、この映画で偉業を成し遂げた江口のりこは、その名前を見た者に刻み付けるだろう。その不可思議に魅力的な肉体とともに。
また、戦時下とまるで違う現代において、これだけの虚無と絶望と狂気を演じた永瀬正敏と村上淳のことも讃えたい。
いや、本当に現代があの頃とまるで違うのか。彼らが演じる死んだような目の奥に刺すような光を感じた。
一応説明しておきます。
江口のりこは、映画の世界では初主演映画「月とチェリー」(タナダユキ監督)をはじめとして脱ぎっぷりのいい女優だが、ワンセグドラマ「野田ともうします。」のヒロイン・メガネ女子大生野田や、テレビドラマ「時効警察」の表情の乏しい女性警察官サネイエなどユーモラスな役で人気。現在、深夜ドラマ「ヴァンパイア・ヘヴン」でもとぼけた魅力を発揮中。元は劇団東京乾電池の研究生で、今も舞台でも活躍している。(木俣冬)
昨年(12年)、近藤ようこによる漫画が発表されて話題になり、今度は故・若松孝二監督の弟子に当たる井上淳一が映画化し、4月27日から公開されるやいなや物議を醸している。
「昭和官能文藝ロマン」という惹句だけに、まず目がいくのは、柳腰の主演女優・江口のりこの裸体。
それは「戦争が終わるまで、やりまくろうか」と男に言われるに値する。
嗜虐心をくすぐるセックスシンボルといえば、現在、檀蜜が頂点を極めているが、江口のりこが演じる「女」もかなり気になる。
第二次世界大戦下、男は日本が戦争に負けるだろうと予想し、未来に希望をもてないでいるが、女は奥さんになったことを楽しむ。
ただ、女はある理由から肉体の喜びを感じることができなくなっていた。
それでもふたりは毎日体を重ねる。
目が酒で濁り全身は倦怠感に満ち満ちた男に弄ばれる女のカラダは、細いのに柔らかそうで、さんざん汚されてきたはずなのに澄んでいる。
性を通して戦争をみつめる視線は、映画のオリジナル登場人物である中国戦線で片腕を失って帰ってきた男(村上淳)によってさらに強くなった。
戦後日本を震撼とさせた暴虐魔・小平義雄をモデルにしているらしいその男は、戦争から戻って来たら妻との営みができない体になってしまい、代わりに次々と行きずりの女たちに近づいて・・・その先は嗚呼とてもじゃないけど書けません。
言うまでもないが帰還兵の女たちへの行為は戦争の追体験だ。
交わりが愛と平和の象徴になることもあれば、他者を損なう暴力に転じることもあり、生の危機に立たされたときほど無性に臍下が疼くこともある。
作家と帰還兵と女はそれぞれがそれぞれの思惑で、戦争にぽっかり空けられた穴を情欲で埋めようとする。
ところが作家と帰還兵は注いでも注いでも埋めることができなくて、日に日にどんよりしていくばかり。肉体は光を一切反射せず、むしろどんどん吸収して、淀んでいく。
一方、女はごはんを食べるようにセックスしている。
顔に感情がはっきり出ず、つかみどころがないが、その瞳は「生きていきましょう」と今にも踊りだしそうにつややかな黒で、白い肌は上手に炊いた極上の白米の一粒みたい(安吾の描写だと女は「食慾をそゝる、可愛いゝ、水々しい小さな身体であつた。」)
どうせ見習うなら明らかに女の人生観だ。
女は戦争に負けたら「あいのこを生む」と前向き。
なんといっても、ある目的のために野外で下半身まるだしにしている姿は輝いている。
エロじじい(柄本明)だって上手にあしらっちゃう。
「戦争が好き」「みんな燃えてしまえば、平等になるから」と言うかと思えば、戦火で家が燃えそうになると、「この家を焼かないでちやうだい」なんて言い出して・・・。
統一感あるようでないような言動。そのときそのときの肌感覚に任せていてとても自由。
やがて戦争が終わると着物から洋服に着替え美しさがさらに増した女の前に、帰還兵が現れる。
この女と帰還兵の運命的な出会いは、当然ながら坂口安吾の原作にはない。
帰還兵のそれまでの行動から考えるといやな予感しかしないが、さて・・・。
映画は小説よりも過激な描写が増量されている。
俗っぽくいえばAV、高尚にいえばバタイユで、それからラストの女にはなんだか皮肉めいた暗喩も想像してしまいながらも、江口のりこは、あらゆる観念をふわりふわりと交わした挙げ句、飲み込んでしまう。
音楽を担当した青山真治によるタンゴと絡み合い、悲しみも楽しみも巻き込んで陽炎のように上昇していく女のカラダは、理屈をすべて振り切ってただただ清々しい。
昔々、反戦のために女がセックスしない作戦を実行するという喜劇がギリシャで作られたが、「戦争と一人の女」の女はセックスによって男と観念と戦争を無力化する。
それはそもそもの小説や脚本の力なのか、演じる江口のりこの演技力なのか、そんな彼女にすべてを託した監督の才能なのか、どれでもいいけれど、とにかくやられます。
「戦争と一人の女」の女には名まえがない。男たちは、小説家は野村、帰還兵は大平という名前があるのに。
しかし、この映画で偉業を成し遂げた江口のりこは、その名前を見た者に刻み付けるだろう。その不可思議に魅力的な肉体とともに。
また、戦時下とまるで違う現代において、これだけの虚無と絶望と狂気を演じた永瀬正敏と村上淳のことも讃えたい。
いや、本当に現代があの頃とまるで違うのか。彼らが演じる死んだような目の奥に刺すような光を感じた。
一応説明しておきます。
江口のりこは、映画の世界では初主演映画「月とチェリー」(タナダユキ監督)をはじめとして脱ぎっぷりのいい女優だが、ワンセグドラマ「野田ともうします。」のヒロイン・メガネ女子大生野田や、テレビドラマ「時効警察」の表情の乏しい女性警察官サネイエなどユーモラスな役で人気。現在、深夜ドラマ「ヴァンパイア・ヘヴン」でもとぼけた魅力を発揮中。元は劇団東京乾電池の研究生で、今も舞台でも活躍している。(木俣冬)