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『パラノーマン ブライス・ホローの謎』TOHOシネマズみゆき座(東京都千代田区)ほか全国で公開中。監督 : クリス・バトラー、サム・フェル、2012年、アメリカ。配給 : 東宝東和。
製作はアカデミー賞やゴールデングローブ賞の候補になった『コララインとボタンの魔女 3D』(2009)のライカ・エンターテイメント。ストップモーション・アニメの技術には定評があります。

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今すごく後悔していることがある。「パラノーマン ブライス・ホローの謎 」をもっと早く観ておかなかったことだ。3/29から公開が始まったばかりなのに、都内では今週の金曜で上映が終わってしまう。

主人公は死者と話せる少年ノーマン。かつて魔女狩りが行われた町、ブライス・ホローに住んでいて、家では病死した祖母と一緒にテレビを観て、通学路では海に沈められた兵隊、戦で矢を射られた騎士、事故で枝につきささったおばさんと朗らかに挨拶を交わす。それだけ毎日死者が見えるならもういいのにと思うけど、さらにホラー映画好き。ゾンビ映画を観て、ゾンビの人形を持ち歩いて、虚空に話しかけているから(他の人は死者は見えない)、学校の同級生はもちろん家族からも気味悪がられて、ロッカーに一日二回も「FREAK(変人)」と書かれるくらいにつまはじきにあっている。たった一人の友達と一緒にとぼとぼ帰っていると、親戚のあいだでも敬遠されている変人叔父さんが登場。「魔女の魂を鎮めて、町を救うことができるのはおまえだけだ!」とノーマンに告げる。

これで「あー主人公が死者と話す力で町を救うんでしょ」と察しがつく人もいると思う。結末を知ってもこの映画の魅力は失われないからバラしてしまうと、それは正しい。仲間と分かり合ったり、けんかしたり、また助け合ったり。ただ、それだけではなくて、理解できないから怖くて仲間外れにしたり、他人に流されて集団暴動に走ったり、我に返って反省したり、しなかったり。きれいなだけでも汚いだけでもない、複雑な心の動きを描いてはいるけど、ストーリーはシンプルだ。

この作品が他のアニメと違うところは、そのシンプルなストーリーを全編ストップモーション・アニメで描いていることだ。ストップモーション・アニメは、被写体となる人形を手作りの舞台の上に置いてライトを当てて、1コマ1コマ撮影していく技法。身体を動かすときには少しずつ動かして、顔など形自体が大きく変わるところはパーツを交換しながら撮影する。細かくて集中力が必要な作業だから、慣れたアニメーターでも一日100コマも撮影できない。映画は24コマで1秒だから、一日がかりでようやく数秒の映像ができる。この映画は92分だけど、実際は20時間29分撮影してから編集したそうなので、177万601コマ。気が遠くなるような作業だ。

その労力の成果は、一目見れば分かる。実際にそこにあるものを人間の手で動きをつけて撮影しているから、「パラノーマン」に出てくるものは、子供のふくふくした頬、若い女性の唇、中年のたるんだ二の腕から、着ているジーンズや傷んで綿が出たジャケット、ネオンが輝くゲームセンター、傷んだ古い家具や年季の入った革表紙の本、かぶりつきたくなるハンバーガーからねっとりと這うナメクジ、荒れ狂う雷雲や幽霊まで、すぐそこにあってさわれるような存在感がある。

この存在感が、シンプルなストーリーを手触りがあるものにしている。主人公は死因も時代もさまざまな死者たちとは話すことができるけど、生きている人間には気味悪がられて会話ができない。でも、怒り狂ってまったく話を聞かない魔女を見ているうちに、自分も周りの人の話をちゃんと聞いてなかったんじゃないかと気づく。それで、どうせ分かってもらえないとあきらめかけていた家族や友達と話し合い、手をつないで、一緒に苦難に立ち向かう。ゾンビとだって、話を聞いて分かり合って、肩を寄せ合って共に進んでいく。ふれられるくらいに目の前で、人間やゾンビが話し合って、分かり合って、ふれあっていくから、いちいち感動してしまう。

今年見た中では一番泣けた映画で、絶賛して何度も観に行っている人もいるみたいだけど、映画の情報を見かけた記憶が無く、あまり知られていないみたいだ(自分も最近まで気にしていなかった)。そのせいか、多くの劇場で4/12(金)で公開が終わってしまう(公開館はこちらから。TOHOシネマズ なんば、TOHOシネマズ 福津は4/19(金)まで。TOHOシネマズ 流山おおたかの森、TOHOシネマズ 宇都宮は終了日未定。ユナイテッド・シネマ札幌は、4/13(土)から)。おどかしたり、ひけらかすためではなく、ただ目の前に映像を差し出すために繊細に使われている3Dもすばらしいし、劇場で買えるパンフレットもインタビューから製作秘話まですごく丁寧に作ってある。だから、ぜひとも劇場で見てほしい。(tk_zombie)