数ページで手が震えた。聞いたことない賞の受賞作『クイックドロウ』がすごい
珍しくミステリの新作をお薦めしようと思う。こうした作品は、本当なら杉江松恋さんにでも書いていただいた方が細部まで目の行き届いた優れたレビューになるのだろうと思う。ただ、ミステリの新作をミステリに詳しい書評家がレビューしても、逆の意味で目立たずに埋没してしまうかもしれない。だから、杉江さんの大きな身体をヒョイと横にどけて、あんまりミステリを読んでいないわたしがしゃしゃり出ていくことにする。
タイトルは『クイックドロウ』。著者はシュウ・エジマ。木世(木へんに世/エイ)出版社が主催する新人賞の「第3回ゴールデン・エレファント賞」で大賞を受賞した作品だ。
いま「そんな賞あったっけ?」って思ったでしょ。わたしも同じこと思った。書店でこの本を見かけるまで、ゴールデン・エレファント賞というのがあるのを知らなかったもん。だけど、それも無理はない。賞の主催とともに本書を刊行しているエイ出版社というのは、自転車、バイク、ランニング、釣りといったアウトドアスポーツの雑誌やムックを中心に刊行しているところだからだ。
そんな文芸部門を持たない出版社が主催するエンターテインメント小説の新人賞だから、まあねえ、大賞受賞作といっても内容は推して知るべしだよねえ、と正直あんまり期待しないで手に取った。そして数ページ読み進んだところで手が震えた。すごい作品と出会ったという喜びがあった。
物語はアメリカ西海岸、カリフォルニア州デスバレー国立公園から幕を開ける。麻薬の運び屋を引き受け、ひとり車を走らせていた日本人女性・川渕裕子(通称ブッチ)は、エンジントラブルで立ち往生してしまう。そこで出会った謎の少年モンドに助けられ、ふたりは共に旅を続けていくことになる。カバンの中には500万ドル相当のコカインが収められている。それを奪いに追ってくる謎の組織。さらには警察どころかFBIやCIAまでもが追跡に加わってきたことで、ブッチはある疑念を持つ。彼らが狙っているのは自分ではなく、同行しているモンドの方ではないのかと──。
最近はあんまり多くの小説を読んでいない自分だけど、すごいものぐらいはわかる。とにかく状況設定のリアリズムとアクション描写のキレが素晴らしい。こうした海外を舞台にした小説を日本人が書くと、つい翻訳文体を模倣した感じになる。とくに比喩。これがまわりくどくて鼻につくんだよね。そういうところも『クイックドロウ』は非常に巧みだ。次に引用する箇所の切れ味を見てほしい。主人公ブッチが、銃撃戦に巻き込まれるシーン。
自分の周りを、高笑いを響かせながら無数の死神たちが舞っているような気がした。辺りには死の匂いが充満しており、わずかに掠めただけで生命を持って行かれる。足がすくみ、冷や汗が噴き出した。どこかは分からないが、すぐ近くに銃弾が当たったのが分かった。自分の棺桶に釘が打たれる音だ。
どう、最高でしょう!! なんなの、この新人さんは!?
人生の再生を図るために一発逆転の旅に出たブッチと、日本刀を使いこなす少年モンド。一方で、残忍な一家惨殺事件の犯人を追う警察。犯行現場に残された「カタナ」というキーワード。捜査に割り込んでくるFBI。裏の世界からコカインを追う組織。それぞれが相手を出し抜き、いち早く確信にたどり着くため、暴力と銃弾で道を切りひらこうとする。めまぐるしく展開される物語の随所に、アメリカの国防関係の事情が克明に書き込まれる。銃器の描写は、ハイスピードカメラで撮影した映像を見せられているように的確だ。
ブッチは男たちの手に握られたサブマシンガンが火を噴く瞬間を見た。それはまさしく死の瞬間の走馬灯。ひどくのろのろとして見えた。炸薬が炸裂し、弾頭が飛び出すとともにボルトが後退し、空になった薬莢が排出されると同時に次弾が薬室に装填される。その一連の動作を置き去りにして、九ミリ弾の弾頭は回転しながらブッチの眉間めがけて飛来した。ほんの小さな金属の塊だ。それが火薬によって恐るべきスピードで発射され、回転を与えられることによって肉を引き裂き、その衝撃によって人を殺す。
弾丸は胸に当たった。
さあ、どうなる! ブッチ!
砂埃と硝煙にまみれた単純な(いい意味であえて“単純な”と言おう)暴力の物語だと思われた小説は、このあとさらに加速していき、驚愕の展開を迎える。
『クイックドロウ』はこんなにすごい作品なのに、周囲を見渡してもあんまり話題になっていない。それは賞の知名度がまだ高くないからというのが大きな理由だと思うが、『クイックドロウ』の登場によって今後は確実に賞の知名度は高まっていくことだろう。そういう意味を持った作品でもある。
(とみさわ昭仁)
いま「そんな賞あったっけ?」って思ったでしょ。わたしも同じこと思った。書店でこの本を見かけるまで、ゴールデン・エレファント賞というのがあるのを知らなかったもん。だけど、それも無理はない。賞の主催とともに本書を刊行しているエイ出版社というのは、自転車、バイク、ランニング、釣りといったアウトドアスポーツの雑誌やムックを中心に刊行しているところだからだ。
そんな文芸部門を持たない出版社が主催するエンターテインメント小説の新人賞だから、まあねえ、大賞受賞作といっても内容は推して知るべしだよねえ、と正直あんまり期待しないで手に取った。そして数ページ読み進んだところで手が震えた。すごい作品と出会ったという喜びがあった。
物語はアメリカ西海岸、カリフォルニア州デスバレー国立公園から幕を開ける。麻薬の運び屋を引き受け、ひとり車を走らせていた日本人女性・川渕裕子(通称ブッチ)は、エンジントラブルで立ち往生してしまう。そこで出会った謎の少年モンドに助けられ、ふたりは共に旅を続けていくことになる。カバンの中には500万ドル相当のコカインが収められている。それを奪いに追ってくる謎の組織。さらには警察どころかFBIやCIAまでもが追跡に加わってきたことで、ブッチはある疑念を持つ。彼らが狙っているのは自分ではなく、同行しているモンドの方ではないのかと──。
最近はあんまり多くの小説を読んでいない自分だけど、すごいものぐらいはわかる。とにかく状況設定のリアリズムとアクション描写のキレが素晴らしい。こうした海外を舞台にした小説を日本人が書くと、つい翻訳文体を模倣した感じになる。とくに比喩。これがまわりくどくて鼻につくんだよね。そういうところも『クイックドロウ』は非常に巧みだ。次に引用する箇所の切れ味を見てほしい。主人公ブッチが、銃撃戦に巻き込まれるシーン。
自分の周りを、高笑いを響かせながら無数の死神たちが舞っているような気がした。辺りには死の匂いが充満しており、わずかに掠めただけで生命を持って行かれる。足がすくみ、冷や汗が噴き出した。どこかは分からないが、すぐ近くに銃弾が当たったのが分かった。自分の棺桶に釘が打たれる音だ。
どう、最高でしょう!! なんなの、この新人さんは!?
人生の再生を図るために一発逆転の旅に出たブッチと、日本刀を使いこなす少年モンド。一方で、残忍な一家惨殺事件の犯人を追う警察。犯行現場に残された「カタナ」というキーワード。捜査に割り込んでくるFBI。裏の世界からコカインを追う組織。それぞれが相手を出し抜き、いち早く確信にたどり着くため、暴力と銃弾で道を切りひらこうとする。めまぐるしく展開される物語の随所に、アメリカの国防関係の事情が克明に書き込まれる。銃器の描写は、ハイスピードカメラで撮影した映像を見せられているように的確だ。
ブッチは男たちの手に握られたサブマシンガンが火を噴く瞬間を見た。それはまさしく死の瞬間の走馬灯。ひどくのろのろとして見えた。炸薬が炸裂し、弾頭が飛び出すとともにボルトが後退し、空になった薬莢が排出されると同時に次弾が薬室に装填される。その一連の動作を置き去りにして、九ミリ弾の弾頭は回転しながらブッチの眉間めがけて飛来した。ほんの小さな金属の塊だ。それが火薬によって恐るべきスピードで発射され、回転を与えられることによって肉を引き裂き、その衝撃によって人を殺す。
弾丸は胸に当たった。
さあ、どうなる! ブッチ!
砂埃と硝煙にまみれた単純な(いい意味であえて“単純な”と言おう)暴力の物語だと思われた小説は、このあとさらに加速していき、驚愕の展開を迎える。
『クイックドロウ』はこんなにすごい作品なのに、周囲を見渡してもあんまり話題になっていない。それは賞の知名度がまだ高くないからというのが大きな理由だと思うが、『クイックドロウ』の登場によって今後は確実に賞の知名度は高まっていくことだろう。そういう意味を持った作品でもある。
(とみさわ昭仁)