『孤独のグルメ』の久住昌之と天才たちによる伝説の奇書、奇跡の復刊『タキモトの世界』
ついに復刊された! 読んだ人は誰もが絶賛しながら、なぜか増刷されることもなく、長いあいだ幻の名著とされてきたあの本が! ネットオークションに出品されるたびに入札が殺到し、あっという間に価格が吊り上がる伝説の奇書が! 高田馬場の古書市であっさり500円で発見し、自分の店(わたくし古本屋なのです)用に仕入れてそろそろ店頭に並べようと思っていた、あの『タキモトの世界』が! ついに復刊されて、どなたにもお求めやすくなっちゃったんだよ、うわーん!
著者は『孤独のグルメ』などで、すっかりお茶の間でも知られる存在となった漫画原作者の久住昌之と、カメラマンの滝本淳助。この二人による共著だ。しかし、タイトルにもなっている『タキモトの世界』とは、いったいなんなのだろうか?
1981年から1988年にかけて刊行されていた雑誌に『写真時代』(白夜書房)というものがあった。ページをめくれば巻頭からドバドバ過激なヌード写真が掲載されているので、一般的には“エロ本”ってことになるんだが、この雑誌をそんな一言で片付けることは到底できない。なぜなら、エロさえ載ってりゃ他は何をやってもかまわないとばかりに、フリークス(本物)の写真だの、ヤクザ(本物)の肖像だの、心霊写真(本物?)だのが毎号のように誌面を飾る、正直どうかしているサブカル雑誌だったからだ。
写真を掲載していたのは天才“アラーキー”こと荒木経惟を筆頭に、森山大道、倉田精二といったいまとなっては大御所ばかり。コラムの執筆陣には赤瀬川原平、糸井重里、上野昂志、南伸坊といった名前がズラリと並ぶ。編集長は、これまた天才編集者として業界にその名を知られる末井昭。そんな彼らに混じって活動していたのが、若き日の久住昌之と滝本淳助だった。
ある日、久住は編集長の末井からひとつの仕事を命じられる。それは「タキモトの世界を調査せよ」というものだった。どういうことか? 本書の「まえがき」から引用する。
タキモトの世界というものが存在する。
それは1985年頃、画家の南伸坊氏や、僧侶の上杉清文氏、編集者の末井昭氏らによって発見された。
タキモトの世界とは、この今読者の皆さんが生きている現実の世界とかなりダブって、溶け込んで、存在しているのだ。
(中略)
私は、たまたま滝本氏とは旧知の間柄だった事もあって、末井氏より、この、学界もマスコミも見向きもしないタキモトの世界の調査を依頼された。
そして1985年8月から、約4年に渡り、毎月その時の社会情勢を絡めたタキモトの世界を調べる事になった。
そうして久住氏によるレポート「タキモトの世界」は、『写真時代』誌上に1985年9月号から1989年8月号まで連載された。当時の『写真時代』はわたしもたまに購読していたから「タキモトの世界」も目にしているはずだが、実はほとんど印象に残っていない。おそらく、あまりにも深遠なタキモトの世界を理解するには、まだ自分は若く、世界が狭すぎたのだ。それほどまでにタキモトの世界は異質だった。
そのことは連載の単行本化に際しても影響を及ぼしている。本来は『写真時代』での連載だから単行本だって白夜書房から出すのが筋なのだが、末井氏曰く「白夜書房ではその世界観が理解されず企画が通らなくて太田出版から出した」というのだから。
そうしたいきさつを経て、1992年にどうにか単行本として刊行されたわけだが、そのときにはもう自分も「タキモトの世界」のおもしろさを理解できる程度には十分おかしな人間になっていた。最初に買った1冊は何度も読み返したあげく、造本が壊れてバラバラになった。あわててもう1冊買い直し、日に焼けて茶色く変色しつつもまだ手元にある。いまでも、ときたま読み返す。久住氏のレポートによってつまびらかにされたタキモトさんの言動は、青年期の自分に強烈な影響を与えた。ジャズ好きなタキモトさんがレコードを聴き狂うのはわかるけど、「サックスの音の吹き出し口。あそこに頭突っ込んでブリブリを浴びてもいい」なんて言い放つ人は見たことがない!
……と、ここまで読んでも、まだタキモトの世界ってのが具体的にはどんな世界なのか、イマイチわかんないっすよね? なので次は各章のタイトルから特にいいものを厳選して書き写しておきます。
ペパロニライスの丁度よさ
小さなうなぎと頼もしい男
三浦逮捕と便利棒
静かな生活とイメルダの便所
謎の覆面とゴマの謎
オレのスケベの構造
リモコンの輪ゴムと小さい名前の人
肥後ずいきと生ジュース
トノスの女とヤリマンの構造
益々わかんなくなったでしょうか……。
タキモトさんが従事するカメラマンという職業は、社会の出来事や事件を常に追い続ける職業でもある。それでいて、タキモトさん個人は世間の流行とはあまり関係なくで、独自のルールでひっそり静かに暮らしていたい人でもある。そのギャップから生じる摩擦が、様々なおもしろい言動となってあらわれる。それが「タキモトの世界」なのだ。
とにかくね、タキモトの世界のおもしろさは、とてもこのレビュー程度の文字数では紹介しきれない。書評放棄との誹りを受けるのを覚悟で書くけど、「とにかく読んでください」としか言いようがない。そうでないとまた絶版になって、そんで20年ぐらいしてまた復刊運動が起こったりしてわけわかんないことになる。いや、それもタキモトさんらしくていいか。
でも、次があるとすればそのときはどう考えたって電子書籍なんだよね。だけどタキモトさん本人は電子書籍みたいな世界からもっとも遠いところにいるから、データを送られてもどうやって読んだらいいのかわからなくて困惑するという。
それこそが『タキモトの世界』……。
(とみさわ昭仁)
1981年から1988年にかけて刊行されていた雑誌に『写真時代』(白夜書房)というものがあった。ページをめくれば巻頭からドバドバ過激なヌード写真が掲載されているので、一般的には“エロ本”ってことになるんだが、この雑誌をそんな一言で片付けることは到底できない。なぜなら、エロさえ載ってりゃ他は何をやってもかまわないとばかりに、フリークス(本物)の写真だの、ヤクザ(本物)の肖像だの、心霊写真(本物?)だのが毎号のように誌面を飾る、正直どうかしているサブカル雑誌だったからだ。
写真を掲載していたのは天才“アラーキー”こと荒木経惟を筆頭に、森山大道、倉田精二といったいまとなっては大御所ばかり。コラムの執筆陣には赤瀬川原平、糸井重里、上野昂志、南伸坊といった名前がズラリと並ぶ。編集長は、これまた天才編集者として業界にその名を知られる末井昭。そんな彼らに混じって活動していたのが、若き日の久住昌之と滝本淳助だった。
ある日、久住は編集長の末井からひとつの仕事を命じられる。それは「タキモトの世界を調査せよ」というものだった。どういうことか? 本書の「まえがき」から引用する。
タキモトの世界というものが存在する。
それは1985年頃、画家の南伸坊氏や、僧侶の上杉清文氏、編集者の末井昭氏らによって発見された。
タキモトの世界とは、この今読者の皆さんが生きている現実の世界とかなりダブって、溶け込んで、存在しているのだ。
(中略)
私は、たまたま滝本氏とは旧知の間柄だった事もあって、末井氏より、この、学界もマスコミも見向きもしないタキモトの世界の調査を依頼された。
そして1985年8月から、約4年に渡り、毎月その時の社会情勢を絡めたタキモトの世界を調べる事になった。
そうして久住氏によるレポート「タキモトの世界」は、『写真時代』誌上に1985年9月号から1989年8月号まで連載された。当時の『写真時代』はわたしもたまに購読していたから「タキモトの世界」も目にしているはずだが、実はほとんど印象に残っていない。おそらく、あまりにも深遠なタキモトの世界を理解するには、まだ自分は若く、世界が狭すぎたのだ。それほどまでにタキモトの世界は異質だった。
そのことは連載の単行本化に際しても影響を及ぼしている。本来は『写真時代』での連載だから単行本だって白夜書房から出すのが筋なのだが、末井氏曰く「白夜書房ではその世界観が理解されず企画が通らなくて太田出版から出した」というのだから。
そうしたいきさつを経て、1992年にどうにか単行本として刊行されたわけだが、そのときにはもう自分も「タキモトの世界」のおもしろさを理解できる程度には十分おかしな人間になっていた。最初に買った1冊は何度も読み返したあげく、造本が壊れてバラバラになった。あわててもう1冊買い直し、日に焼けて茶色く変色しつつもまだ手元にある。いまでも、ときたま読み返す。久住氏のレポートによってつまびらかにされたタキモトさんの言動は、青年期の自分に強烈な影響を与えた。ジャズ好きなタキモトさんがレコードを聴き狂うのはわかるけど、「サックスの音の吹き出し口。あそこに頭突っ込んでブリブリを浴びてもいい」なんて言い放つ人は見たことがない!
……と、ここまで読んでも、まだタキモトの世界ってのが具体的にはどんな世界なのか、イマイチわかんないっすよね? なので次は各章のタイトルから特にいいものを厳選して書き写しておきます。
ペパロニライスの丁度よさ
小さなうなぎと頼もしい男
三浦逮捕と便利棒
静かな生活とイメルダの便所
謎の覆面とゴマの謎
オレのスケベの構造
リモコンの輪ゴムと小さい名前の人
肥後ずいきと生ジュース
トノスの女とヤリマンの構造
益々わかんなくなったでしょうか……。
タキモトさんが従事するカメラマンという職業は、社会の出来事や事件を常に追い続ける職業でもある。それでいて、タキモトさん個人は世間の流行とはあまり関係なくで、独自のルールでひっそり静かに暮らしていたい人でもある。そのギャップから生じる摩擦が、様々なおもしろい言動となってあらわれる。それが「タキモトの世界」なのだ。
とにかくね、タキモトの世界のおもしろさは、とてもこのレビュー程度の文字数では紹介しきれない。書評放棄との誹りを受けるのを覚悟で書くけど、「とにかく読んでください」としか言いようがない。そうでないとまた絶版になって、そんで20年ぐらいしてまた復刊運動が起こったりしてわけわかんないことになる。いや、それもタキモトさんらしくていいか。
でも、次があるとすればそのときはどう考えたって電子書籍なんだよね。だけどタキモトさん本人は電子書籍みたいな世界からもっとも遠いところにいるから、データを送られてもどうやって読んだらいいのかわからなくて困惑するという。
それこそが『タキモトの世界』……。
(とみさわ昭仁)