『はじめの一歩』(森川ジョージ/講談社)
100巻は通常タイプと限定版(海洋堂製作による躍動感あふれる一歩フィギュア付き)の2種類があります。
7月22日(日)には紀伊國屋書店新宿本店とSHIBUYA TSUTAYAの2会場で森川ジョージ先生のサイン会も決定!

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「努力した者が全て報われるとは限らん。しかし! 成功した者は皆すべからく努力しておる!!」

まさに努力の結晶! 国民的ボクシング漫画『はじめの一歩』100巻が遂に発売されました。長い歴史を誇る「週刊少年マガジン」連載作品としても初の100巻超えであり、1989年に連載を開始し、足掛け23年をかけての大偉業です。
この100巻突破を記念し、3ヶ月連続(5月〜7月第2木曜日発売)で初のオムニバス型特別総集編が刊行されたり、冒頭に記した鴨川源二会長の名言をはじめとした「はじめの一歩名言集」が永田町駅で貼り出されたり(なぜ永田町?)、100巻記念公式サイトではカルトクイズやベストバウトを振り返ることができたりと、様々な企画が特集されています。ある意味、語り尽くされているかに見えるこの作品ですが、ほとんどの読者に見過ごされている、『はじめの一歩』ならではの特徴があると思うのです。それが、数々の名試合を彩って来た「実況」です。
実際のスポーツシーンにおいても欠かせない存在である「スポーツ実況」。中でも格闘技、ボクシングとの相性はよく、『はじめの一歩』の中でも、時に試合にテンポを生み出す効果音として、時にストーリーテラーとして、時に読者のミスリードを誘う技法として、毎試合様々な言葉が紡ぎだされています。
スポーツ漫画の世界において定番の舞台装置とも言えるこの「実況」ですが、その実、「高校野球の練習試合で、誰が中継してるんだよ!」と突っ込みたくなったり、わざとらしく説明的な表現が使われていて興ざめすることも正直多々あります。でも、『はじめの一歩』においてはそれがないんです。むしろこれほど雄弁で巧みな実況スタイルは現実世界を見ても希有な存在です。そこで今回はそんな「実況視点」から、『はじめの一歩』100巻の歴史と主要キャラクターたちの戦績を振り返ってみたいと思います。


【幕之内一歩:日本フェザー級王者/WBC世界ランキング7位/24戦23勝(23KO)1敗】
た…竜巻だ〜〜っ リング中央 暴風が荒れ狂う〜っ 
天空へと突き上げた〜っ 樹木を根元から引き抜くがごとく風神の風!!
(83巻「王者の誇り」幕之内一歩vs.マルコム・ゲドー)

しばらく『はじめの一歩』から遠ざかっていた方に説明をしておくと、現在、主人公・幕之内一歩は日本フェザー級王者にしてWBC世界ランキングは7位という戦績。永遠のライバル・宮田一郎との試合が流れた後(また戦ってません!)、77巻以降の一歩が目標に据えたのは東洋太平洋圏のチャンピオン狩り。その2戦目の試合がフィリピンのナショナル王者、上記のマルコム・ゲドー戦です。
普段は温厚で優しい一歩ですが、試合中は自身の代名詞とも言える必殺ブロー「デンプシー・ロール」(ちなみに初登場は24巻)から、実況中は「竜巻」「風神」という呼び名でよく呼ばれます。ライバル・宮田一郎の「雷神」とセットで憶えておくと、いつか来る(のか?)ライバル対決においても役立つことでしょう。


【鷹村 守:元WBC世界Jrミドル級&WBC世界ミドル級王者(2階級制覇中)、23戦23勝(23KO)無敗】
ボディ!! リバー(肝臓)に拳がめり込む!
右でテンプル(側頭部)! 再びリバー! 
ガラ空きのジョー(顎)に返す刀が尽きささる 
頭蓋に浮いてる脳が左右に揺れる
チャンピオンがたたらを踏んだ! 崩れ落ちそうだ!!
(44巻「第2の殺人許可証」鷹村守vs.ブライアン・ホーク)

ブライアン・ホークとの世界ジュニア・ミドル級タイトルマッチ。サンドバッグのように殴られ、絶体絶命だった鷹村が、意識が飛んだことでタガが外れ、一転攻勢に転ずるシーン。追いつめられたことで鷹村の内なる野生が目覚め覚醒! ここから奇跡の大逆転劇を演じるシーンは『はじめの一歩』史上の名ファイト。実際、2009年の連載20周年記念に選出された「ベストバウト」でも見事1位に輝いています。
ここで注目したいのは実況のリズム感。実況アナの言葉が生み出すテンポのよさが、鷹村の起死回生の反撃に勢いを生み出しています。


【青木 勝:日本ライト級ランカー/24戦15勝(9KO)6敗3分】
あ〜〜っ カエルパンチ空振りぃっ
渾身の跳躍! しかし届かず 空しく宙を舞う〜〜っ
右ぃぃ〜〜っ 宙に舞うカエルを撃ち落としたあっ
(51巻「Man&Woman」青木勝vs.今江克孝)

実況だけ聞くともはやボクシングじゃない! 『はじめの一歩』のコミックキング・青木勝が挑んだ唯一のタイトルマッチであるこの試合は、お馴染みの「カエルパンチ」にとどまらず、体力回復のために3ラウンドに渡って偽装で打たれ続ける「死んだフリ」、人間の本能に迫る「余所見」など、青木ワールド全開! 最後は泥仕合となって最終ラウンドまでもつれこみ、判定も引き分けで王座獲得ならず、とどこまでも煮え切らない試合でした。なお、最新100巻でもタコ殴りにされた模様。


【木村 達也(タツヤ):日本Jrライト級ランカー/24戦15勝(9KO)6敗3分】
死闘の幕がおろされました
第9R TKO! チャンピオン5度目の防衛に成功!! 
それにしても苦しい防衛戦でした
リング上 挑戦者まだ意識が戻りません
拳を突き出したまま動かない
いや この壮絶なラストシーンに誰一人動けない 誰一人声すらだせません
後楽園ホールの時間が止まったようだ
(33巻「訣別の時」木村達也vs.間柴了)

青木とともに鴨川ジムの番頭格にあたるのが木村達也。青木の影に隠れ、ボクシングスタイルも地味なアウトボクシングだったため長らく日の目を見ませんでしたが、そんな木村がフューチャーされたのが間柴との日本ジュニアライト級タイトルマッチ。「ドラゴンフィッシュブロー」という新必殺技を引っさげて勝負に挑み、間柴が恐れを抱くほどに追いつめますが、最後のパンチがわずか3cm届かず、涙を飲みました。この試合に敗れ一時は引退を決意するも、リングネームを「木村タツヤ」に改名し、再び頂点を目指した歩みが始まる!……筈が、その後は鳴かず飛ばず。これには間柴も最新100巻で「…あのクソ野郎 オレとの試合だけ善戦しやがって その後は負けたり引き分けの繰り返しだ あんなヤツに食い下がられたオレの立場はどうなる? 株が下がる一方だぜ」とご立腹です。


【宮田一郎:東洋太平洋フェザー級王者】
逆転に次ぐ逆転!
最後までわからなかったこの試合を締めくくったのは 雷神から放たれた赤い稲妻! 
宮田一郎 伝家の宝刀クロスカウンター〜〜っ
(88巻「新生の時!」宮田一郎vs.ランディー・ボーイJr. )

コミック1巻・2巻で一歩とスパーリングを戦い、プロのリングで拳を交えるために鴨川ジムを離れた、一歩永遠のライバルであり目標・宮田一郎。まさか100巻を超えてもその戦いが実現しないなんて誰が予想したでしょうか。宮田は現在、東洋太平洋フェザー級王者。お互いチャンピオンであるにも関わらず戦えない、まさに現代版「君の名は」とも言うべきすれ違い状態です。
そんな宮田の特徴が見事に凝縮されているのが上記の実況。この試合では「コークスクリューで放つ右クロスカウンター」という、宮田自身をして「究極のパンチ」と言わしめた理想のカウンターを生み出し、それでも尚、一歩との平行線はこれからも続きます。


【幕之内一歩のライバルたち】
今 試合終了のゴングが打ち鳴らされる〜〜っ
あってはいけないコトが起きてしまった〜〜っ
王者に反則負けの宣告!!
リング上に勝者はいませんっ なんという幕切れ! なんという王座交代劇ーっ!!
静寂の中 新王者が無言のまま去っていく
立ち上がったままの観客に拍手は無いっ 呆然自失ー 
まるで通夜の参列者が見送るが如し惨殺シーンを目撃してしまったかのように凍り付いて 動けないっ
死闘の果てに迎えた結末は ポスターのキャッチフレーズの通り「凶」!!
無人のリングには未だ凶々しい空気がたち込めているようだ
なんとも後味の悪い後楽園ホールより日本ジュニア・ライト級タイトルマッチをお送りしました
(74巻「勝者のいないリング」間柴了vs沢村竜平)

『はじめの一歩』がこれほど長く連載を続けてこれたのは、一歩、そして鴨川ジムの面々だけでなく、ライバルたちの試合も細かく描写してきたから。いわゆる「悪役キャラ」同士の対戦であるこのカードもコミック3巻分を通して詳細に描かれました。千堂武士、伊達英二らに触れないのも辛いのですが、上記はなんと3ページに渡って実況アナウンサーだけがしゃべり続けた緊迫感のある場面として今回選出。これは実況アナ冥利に尽きるというものです。
なお、一歩と対戦したライバルたちはその後、軒並み王座になるという、まさに群雄割拠にして黄金世代状態。これもまた、100巻もの巻数を重ねたからこそ生まれた副産物です。一歩の前の日本フェザー級王者が千堂武士。小橋健太が日本ジュニア・フェザー級王者に。沢村竜平は上記の試合で間柴を敗って日本ジュニア・ライト級王者になり、間柴了は日本ジュニア・ライト級王者を経て、現在は東洋太平洋ライト級王者です。そして本誌「週刊少年マガジン」誌上ではライバルにして親友の一人、ウォルグ・ザンギエフの世界タイトルマッチが遠くアメリカで始まろうとしています。しばらく一歩の試合はなさそうです。


【板垣 学:日本フェザー級1位/13戦12勝(10KО)1敗】
新旧交代ーっ スピードキングの栄冠は板垣学の頭上に輝いた
同時に A級トーナメント制覇!
若き天才が日本ファザー級トップ戦線へと名乗りを上げたーっ!!
(100巻「強制リタイヤ」板垣学vs.冴木卓麻)

現在、『はじめの一歩』において主役級の扱いなのが、一歩の後輩・板垣学です。かつて一歩も苦しめたスピードスター冴木卓麻との一戦では、一歩よりも早いタイムで勝つ!という目標設定を掲げ、見事にクリアしました。同じ鴨川ジム所属のため一歩と板垣の対戦は今の所ありません。「越えるべき壁と戦えないお前はどこへ向かうんだ」という疑問を毎度毎度対戦相手から投げかけられながら、板垣君、30巻以上頑張って、遂に日本ランキング1位&東洋太平洋ラインキング入りです。


以上、7つの試合と実況から振り返ってみた『はじめの一歩』。この作品に関してよく聞く不満が、お互いがにらみ合ったり、脳内対話や筋肉&細胞の描写にコマが割かれ、なかなか試合展開が進まない点ではないでしょうか。でも、「先週から進展なしじゃねーか!」と憤った時ほど、今回取り上げたような実況アナウンサーの言葉が増えている筈ですので、ぜひともそこをチェックしてみてください。読み方、楽しみ方に奥行きが生まれること請け合いです。

さて、今後の『はじめの一歩』は一体どんな展開になるのか。このことについて見事に応えている文句が、97巻「フェザー級は満席」での実況で描写されていましたので、その言葉を借りて終わりたいと思います。

山の如く林の如く 動かず静かな立ち上がり その間 実に約2分ー
しかしひとたび動けば風の如く 一気呵成に勝負あり!
終わってみれば1R一発KO! 幕之内一歩大爆発!!
今後幕之内はどんな挑戦者を迎えるのか!?
それとも世界へと踏み出すのか!?
ますます目が離せなくなってきましたあっ
(オグマナオト)