子供のネグレクト死を生む社会システムの穴

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 どの国でも、子どもは未来を担う存在です。特に少子化・高齢化が進む日本においてはその貴重さは言わずもがな。しかし、そんな状況にも関わらず、子どもへの虐待や育児放棄が大きな社会問題となっています。
 2010年7月、大阪市西区のワンルームマンションで、三歳の女の子と一歳九ヶ月の男の子が一部白骨化した遺体となって発見される事件がありました。当時23歳の母親がホストクラブで遊び歩く様子をネットに公開する一方、子どもたちが悲惨な状況で放置され死亡したということで大きな注目を集めましたが、この事件からは親の無責任さだけでなく日本が抱える問題が浮き彫りになっています。

■何度もあった、行政との接点
 二人の子どもの遺体が発見されるまでに、「子どもの泣き声が毎日のように聞こえる」といった相談が児童相談所に三回にわたり寄せられていました。それを受けた職員が計五回マンションを訪問したにもかかわらず有効な対策を講じなかったことで、児童相談所には激しい非難が浴びせられました。
 これに対し、児童相談所側の釈明は
・近隣住民から「虐待ホットライン」に最初の通報を受けてから三日連続でマンションを訪問し、インターホンを押して様子を伺い、連絡を残した。
・住民基本台帳で住民登録を確認したが、大阪市には住民票がなく、本当に居住しているのかわからなかった。また、住民票がないために、子どもの名前、年齢、性別等が不明で対応できなかった。
 などといったもの。
 「住民票がなかったため対応できなかった」という児童相談所の怠慢は指摘されてしかるべきですが、児童相談所の職員による「居住確認」がそれほど簡単ではないというのも事実です。

■住民票のない世帯の居住確認の困難さ
 子どもの就学や予防接種、乳幼児健診、子ども手当の支給といった行政サービスは住民登録に基づいて行われます。つまり、住民登録がないということは子どもの氏名や年齢、家族構成といった情報を得ることが難しく、仮に虐待の通報があった時も、対応の第一歩目でつまづいてしまうのです。
 また、虐待通報直後の安全確認の段階では、児童相談所の職員がその家のドアをこじ開けて侵入する法的権限はなく、勝手に家に入れば住居侵入容疑で罪に問われかねません。
 インターホンを押しても反応がない場合、いきなり突入することは、児童相談所の職員にはできないのです。

■行政システムの穴
 また、この事件の裏には行政システムの問題も潜んでいます。
 加害者の母親は三重県四日市市出身、東京の高校を卒業後、四日市市に戻り、市内の日本料理店でアルバイトをしていました。そこで知り合った一歳年下の大学生と、十九歳の時に「できちゃった婚」し、二十歳で長女を、二十一歳で長男を出産。結婚当初は三重県菰野市に住んでいましたが、その後離婚し、子ども二人を連れて桑名市に転居、住民票を桑名市に移しています。さらに母子は愛知県名古屋市、事件の発覚した大阪市と転居しましたが、その間住民票は桑名市に残したままとなっていました。
 このため、桑名市では「住民票はあるが住んでいない」、名古屋市と大阪市では「住民票はないが住んでいる(かもしれない)」状態になってしまい、結果的にどの自治体も接触が困難になってしまったのです。
 とはいえ、前述のように何度も大阪市の児童相談所の職員が自宅マンションを訪問したほかにも、母親が桑名市で児童手当(当時)の受給を申請していたり、名古屋市在住時にはマンション廊下で泣いていた長女が警察に保護され、後日名古屋市の児童相談所の職員が母親に連絡していたりと、行政と母子の間には何度も接触がありました。それにも関わらずこのような事件が起こってしまったのは、各自治体の間での情報共有がまったくできていなかったことも原因の一つだといえます。
 例えば名古屋市で長女が警察に保護された一件が大阪の児童相談所に伝わっていれば、おそらく対応は変わっていたはずです。しかし、名古屋市側としては、そもそも住民登録されていない世帯が大阪に転居したことを知るすべはありません。つまり、住民登録がない住民を追跡したり、捜し出す行政システムが、日本には存在していないのです。

 『ルポ―子どもの無縁社会』(石川結貴/著、中央公論新社/刊)には、生まれてきたにも関わらず親の事情や行政システムによって、就学できなかったり、ある日突然姿を消してしまったり、最悪の場合命を落としてしまった子どもの事例を挙げ、その原因に迫っています。
 このような子どもをなくすためには、親の責任感はもちろん、社会のあり方も問われます。社会全体で子どもを育てていけるような制度づくりが今求められているのです。
(新刊JP編集部)


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