現役続行か、引退か。元2階級王者、長谷川穂積が出した結論は前者だった。揺れ動いた4ヶ月間の心境を語る

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 昨年11月、WBC世界フェザー級のベルトを奪取。長谷川は、日本人初の飛び級での2階級制覇を達成した。しかし、今年4月の防衛戦でジョニー・ゴンサレスに敗れ、ベルトを失う。その後、4ヵ月間、進退に関しての明言を避けた元王者が、8月1日に再びリングに立つことを宣言。今、その胸中に宿る想いは――。


■何人に認められたかではない。誰に、だ

「抜群のやめるタイミングでした」――、長谷川穂積は、自身の進退に関し、淡々と語り始めた。

 4月の敗戦直後、最初によぎったのは“引退”の二文字だった。

「それを口にするのは簡単。でも、もしもやりたくなったら……」

 ただ時間が欲しかった。長谷川は、5月末には東日本大震災の被災地を訪問。

「多くの人から『がんばって』と言われ、『何か恩返しができれば』と思いました」

 6月には、ジムメイトの山田卓哉がドクターストップにより現役を引退。山田は、2007年、真正ジム設立当初からの仲間だ。

「やりたくてもやれない選手もいる。身体的にダメージがまったくなく、限界も感じていない俺が、進退について決めあぐねているのは贅沢な悩みなのか……」

 だが、人が立ち上がれなくなるのは挫折のせいでもなければ、逆境のせいでもない。それをリングで証明してきたのが長谷川本人だ。昨年11月の勝利は、その7ヵ月前に喫した9年ぶりの敗北という挫折を、さらに試合1ヵ月前に最愛の母を亡くすという逆境を乗り越えてのものだった。

 人が本当に立ち上がれなくなるのは満足感を覚えたときだ。ゴンサレス戦、敗北を告げるゴングとともに、かすかに込み上げてきた感情を、長谷川は覚えている。

「悔しさよりも安堵感でした。負けたにもかかわらず。これまで10度の防衛を重ね、飛び級による2階級制覇も達成し、どこか満たされていたんだと思います」

 だがくすぶる思いも確かにあった。

「自分はめちゃくちゃ強いと思ってたんです。今でも思ってる。でも、ここ一年で2回の負けを喫した。自分で思っているほど強くないんじゃないか? 俺は本当は弱いのか?」

 今、現役にピリオドを打っても、誰もが彼をねぎらうだろう。自身ですら、グローブを壁にかける「抜群のタイミング」だということもわかる。引退すれば、その戦績を誰もが称賛するはずだ。だが長谷川は、偶然ある言葉に出会う。

【大切なのは、何人に認められたかではない。誰に、だ】

「俺は誰に認められたいのか? 答えは簡単に見つかりました。自分です」

 それが、探していた、再び戦う理由となった。

「自分がどれだけのボクサーか確かめる。自分が強いのか、弱いのか知るために、もう一回やる。自分のために」

 だから、年内を予定する次戦は、「無観客試合でもいい」と言う。

「自分が知りたいだけですから。タイでもフィリピンでも、ひとりで行って、強いヤツと戦いたい。観客のいない試合でもいいんです。誤解を招くかもしれません。でも、次の一戦は、99・9%自分のためだけに戦います。1%もファンのためでも、家族のためでもない」

 そして、もしもそこにいるのなら、問いかけるつもりだ。

「リングの上で、ボクシングの神様と会話をしてみたい。『俺は強いですか?』って。神様に『おまえは弱い』と言われたなら仕方ない。でも、言わせるつもりはないです」


■「好きだ!」って言って別れたい

 しかし、現役続行こそ表明したものの、「終わりのための始まり」だと長谷川は言う。

「長谷川穂積というボクサーが、終わろうとしているのは間違いない。今は、もう一回世界チャンピオンになりたいと思っているわけじゃないから。強いのか弱いのか、自分が何者か知りたいだけ。そして、大好きなボクシングをもう一回楽しみたいだけだから」