環境を整える責任は大会を運営する側にある

写真拡大

 8月5日に開幕した夏の甲子園。開会式後に行われた開幕カードでは、仙台育英(宮城)が札幌日大(南北海道)を3対1で破り、4年ぶりの優勝へ向けて好スタートを切った。【西尾典文/野球ライター】

【写真】甲子園には届かずも、地方大会で大きく評価を上げた選手たち

「大変なのはむしろキャッチャー」

 両チームから登板した計4投手全員が、ストレートで最速140キロ以上を計測。ドラフト候補にも挙げられる仙台育英の4番・田山纏(3年)が大会第1号となる特大のソロ本塁打を放つなど、甲子園の幕開けにふさわしい一戦となった。

 華やかな開幕戦の一方、球場で指導者や関係者から聞こえてきたのは、猛暑と出場経費に対する切実な声だった。高校野球界では7イニング制の導入が大きな議論となっているが、現場が抱える課題は試合のイニング数だけではない。

環境を整える責任は大会を運営する側にある

 今年も暑さ対策のため、開会式は夕方の16時から行われた。時間に余裕があったこともあり、多くのチームの指導者が早くから球場入りし、大会関係者らと雑談する姿が見られた。

 話題に多く上っていたのが、連日続く猛暑である。

 全国的な強豪校では、暑さの中でもパフォーマンスが落ちないよう、さまざまな対策を講じている。甲子園大会だけでなく、地方大会でも二部制を導入する地区が出てきた。だが、現場では対応の難しさを指摘する声も根強い。

 今大会に出場している、ある監督はこう話す。

「トレーナーとも相談しながら、早めに体が暑さに慣れるように練習していますが、それでも厳しい時があります。様子がおかしいなと思ったら、なるべく早く他の選手に交代させるようにしています。ただ、ピッチャーのことをよく言われますが、大変なのはむしろキャッチャーですね。ピッチャーはDHも使えましたし、継投することも多い。ただ、キャッチャーはレギュラーと控え選手の力の差が大きいことが多く、正捕手にアクシデントが起きると大打撃になります。複数投手はもちろん、夏は特に複数捕手が必要になってくると思います」

二部制導入に疑問も

 今春の選抜で準優勝を果たした智弁学園(奈良)は、夏の地方大会で2回戦敗退を喫した。主将で正捕手の角谷哲人(3年)が体調不良を訴え、6回からベンチに退いている。角谷の離脱が試合に大きく影響したことは間違いないだろう。

 甲子園でも、正捕手が万全の状態でプレーを続けられるかは、勝敗を左右する大きな要素となりそうだ。

 大会第3日からは、暑さ対策として午前8時から1試合、午後1時30分から3試合を行う二部制が導入される。ただし、日程には疑問も残るという。

 前出の監督はこう続ける。

「13時半から始まる第2試合のチームが明らかに負担が大きいですよね。15時くらいまではまだまだ日差しも強く、そこまで気温も下がりません。日程の問題もあると思いますが、本当に暑い時間を避けるのであれば、午後の部は試合開始時間をもっと遅らせて2試合にする方が良いのではないでしょうか」

 日本高野連の説明によると、過去3年間で熱中症が疑われる選手が最も多く発生したのは、午前中に行われていた第2試合だったという。データを踏まえ、正午前後の時間帯を避ける日程が採用された。

 ただ、気温の推移を見ても、16時ごろまでは大きく下がらない日が多い。監督が指摘するように、第2試合の開始時間をさらに遅らせ、1日4試合ではなく3試合でも大会を消化できる日程を確保することは、今後の検討課題となるだろう。

「OBからの寄付金だけでは…」

 暑さへの対応だけでも、現場は多くの労力を求められる。甲子園出場校を悩ませる問題は、選手の体調管理だけではない。

 学校が背負う経済的な負担も、近年深刻さを増している。

 出場校には、ベンチ入りする選手20人と監督、責任教師の計22人に対し、日本高野連から1日1人あたり1万円の宿泊補助費が支給される。だが、控え部員や応援に参加する一般生徒の費用は、学校側の負担となる。

 遠方から出場する学校ほど交通費はかさみ、勝ち進めば宿泊日数も増える。ある高校の野球部長は、負担の大きさをこう話してくれた。

「甲子園出場が決まるとOBから寄付金を募るのが通例となっていますが、それだけではなかなか苦しいのが現状です。じゃあ応援をそんなに出さなければいいじゃないかとも言われますが、アルプス席がガラガラということになれば、学校のブランド的にも良くありません。そのうち、学校側から『こんなにお金がかかるのであれば、甲子園に出なくても良い』と言われないか不安ですね……」

 ここ数年は、OBからの寄付に加え、クラウドファンディングを通じて一般から広く支援を募る高校も見られる。新たな形で資金を集めなければならない現状からも、甲子園出場校の厳しい懐事情がうかがえる。

 将来的には、資金難を理由に出場を辞退せざるを得ない高校が現れる可能性も否定できない。

持続可能な大会にするために

 課題が山積する一方で、高校野球界では7イニング制の導入が大きな論点となっている。日本高野連の検討会議では、2028年春から全公式戦に導入することが望ましいとの結論が示された。

 もちろん、試合時間の短縮が選手の負担軽減につながる面はあるだろう。だが、現場の声を聞くと、7イニング制だけで解決できる問題ではないことが分かる。

 猛暑の中でプレーする選手への対策、二部制の日程、捕手を含めた選手の健康管理、出場校への経済的支援。甲子園が抱える課題は、試合のイニング数だけにとどまらない。

 開会式では、八王子実践の矢沢陵磨主将(3年)が、次のように選手宣誓を行った。

「今、野球ができることは決して当たり前ではありません。だからこそ、高校球児はいい顔をして野球をしよう。(中略) いい顔で日々を過ごすことは、自分自身を励まし、周りの方々に感動や希望を与えます」

 球児たちに「いい顔」でプレーすることを求めるのであれば、その前提となる環境を整える責任は大会を運営する側にある。暑さ対策も、出場校への経済的支援も、7イニング制の議論だけでは解決しない。甲子園を持続可能な大会にするため、現場の声を踏まえた抜本的な見直しが求められている。

西尾典文(にしお・のりふみ)
野球ライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

デイリー新潮編集部