稲盛和夫氏(C)日刊ゲンダイ

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 京セラと第二電電(現KDDI)を創業、経営破綻した日本航空(JAL)の会長として再建を主導し、「盛和塾」の塾長として経営者の育成にも注力した稲盛和夫さん(享年90歳、2022年8月逝去)。著書の累計が世界2800万部に及ぶ実績を残した稲盛さんですが、10代の頃はうまくいかないことも多かったそうです。

平成のカリスマ経営者・稲森和夫氏の“名言”に教わる「60代からを生き抜くヒント」

 そんな稲盛さんが母校で在校生に向けて語った初出の講演録。生前、若い人たちに向けて語ったメッセージをまとめた新刊『「迷わない心」のつくり方』(サンマーク出版)よりお届けします。

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◼️「思う」ことからすべては始まる

 本日は、「君の思いは必ず実現する」というテーマで、人間が心に抱く「思い」がどのくらいすばらしい力を持っているのかということについてお話ししていきたいと思っています。なぜなら、私はこれまでの82年にわたる人生を通じて、心にどのような「思い」を抱くかで、人生そのものが決まっていくのだということを幾度も経験してきましたし、そのことはこの世の真理であると確信しているからです。

 それでは、まず、人間が「思う」ということは、いったいどういうことなのか、ということから考えてみたいと思います。

 我々は一般に、物事を論理的に組み立てたり、頭で推理推論したりすることが大切であり、「思う」ということは誰にでもできることなので、大したことではないととらえています。

 しかし、この「思う」ということは、論理的に推理推論したりすることよりもはるかに大事なものです。我々が生きていく中で、この「思う」ということほど、大きな力を持つものはないと私は信じています。

 今日お集まりの在校生のみなさんも、勉強ができる、頭がよいということが大事であると思われているかもしれません。もちろん、それもとても大事なことですが、心にどのようなことを「思う」かということは、それよりもはるかに大事なことだということを、多くの人は気がついていません。しかし、実は、この「思う」ということが、人間のすべての行動の源、基本になっているのです。

 そのことは、二つの側面からとらえることができます。

 まず、我々が毎日の生活を送る中で抱く「思い」の集積されたものが、我々の人間性、人柄、人格をつくり出しています。「自分だけよければいい」という、えげつない「思い」をずっと巡らせている人は、その「思い」と同じえげつない人間性、人柄、人格になっていきます。

 逆に、思いやりに満ちた優しい「思い」を抱いている人は、知らず知らずのうちに、思いやりにあふれた人間性、人柄、人格になっていきます。「思い」というのは、ことほどさように非常に大きな影響を我々に及ぼしているわけです。

「思い」の集積がその人の運命をつくる

 さらに、「思い」はもう一つ、大きな役割を持っています。それは、「思い」の集積されたものが、その人に合ったような境遇をつくっていく、ということです。あるいは、「思い」の集積されたものが、その人の運命をつくっていると言っても過言ではありません。

 そのことについて、今から100年ほど前に活躍したイギリスの哲学者ジェームズ・アレンは、「人間は思いの主人であり、人格の制作者であり、環境と運命の設計者である」と言っています。

 その人の周囲に何が起こっており、そして現在どんな境遇にあるのか。それはまさに、今までその人がずっと心に抱いてきた「思い」が集積されたものです。

 ですから、「私は不幸な運命のもとに生まれた人間なんだ」とひがんだところで、何の意味もありません。その運命は他人が押しつけたものでもなければ、自然がもたらしたものでもなく、他でもない、自分自身の「思い」がつくり出すものだからです。

 家族との関係、隣人との関係、仲間同士との関係など、人間関係のすべては自分の心の反映なのです。「自分の周りには意地悪な人、騙したりする人、悪さをする人がたくさんいる」と我々はついつい思ってしまうのですが、それも自分自身の心の反映なのです。

 多くの宗教家や聖人、賢人がみなそういうことをおっしゃっているのですが、誰も自分が抱く「思い」にそれほど大きなパワーが秘められているとは信じていません。しかし、信じていなくても、実際には人生の結果も、人間関係も、地域社会との関係も、すべては自分の「思い」がつくり出しているものなのです。

◼️私たちの社会は人類の「思い」から生まれた

 このように、「思い」には我々の人間性、人柄、人格を形成していくという面と、我々の境遇、周囲の環境をつくり出していくという面の二つの側面があるわけですが、さらに「思い」が持つ偉大なる力を端的に示しているのが、現在の文明社会の成り立ちです。

 今から約250年前にイギリスで起こった産業革命を機に、人類は近代的な文明社会を築いていきました。

 それは、人類の「思い」から生まれたものです。

 もともと人類は、木の実を拾い、魚を獲り、獣を捕まえる狩猟採集の生活を行い、自然と共生していました。

 しかし、今から1万年ほど前に、人類は自分たちで生産手段を持ち、穀物を栽培し、家畜を養って食べるという農耕牧畜の時代へと移っていきました。狩猟採集の時代には、人類は自分たちの意志だけで生きていくことはできませんでした。それが農耕牧畜によって自然のおきてから離れ、自分たちの意志で生きていけるようになったのです。

 そして、およそ250年前に産業革命が起こりました。人類は蒸気機関を手に入れ、工場で多くの機械を使い、さまざまな製品を生産するようになりました。

 それからというもの、人類は次から次へと発明発見を行い、科学技術が著しく進歩し、今日のすばらしい文明社会がつくられていきました。悠久の歴史の中で、わずか250年という短い時間で、人類は豊かな文明社会を築き上げたのです。

なぜ「思いつき」がとても大事なのか?

 なぜ、これほどまでに科学技術が発達してきたのでしょうか。それはとりもなおさず、人間が本来持っている「思い」というものがもとになっています。

 人は誰でも、「こうしたい」「こういうものがあったら便利だ」「もしこういうことが可能ならば」という「思い」が、心に浮かんできます。例えば、今まで歩いたり走ったりしていたところを、「もっと速く、便利に移動する方法はないだろうか」と思い、そこから「新しい乗り物がほしい」という夢のような「思い」を抱くようになります。

 そして、その夢のような「思い」が強い動機となって、人間は実際に新しいものをつくっていきます。何度も失敗を繰り返しながら、新しい乗り物をつくり出していくのです。そのようにして、ある人は自転車というものを考案しました。またある人は自動車を発明し、またある人は飛行機をつくりました。

 そういう具体的なものを発明し、つくっていく際には、頭で考え、研究しなければなりませんが、その発端となるのは、心の中にふっと湧いた「思いつき」です。

 一般には、よく「そんな思いつきで、ものを言うな」と言われるように、「思いつき」というのは軽いことだと思われがちです。

 しかし、実はその「思いつき」こそが非常に大事なのです。人の心に浮かんださまざまな「思いつき」が発明発見の原動力となり、今日の科学技術を生み出したのです。このように、「思う」ということは物事の出発点となります。人間の行動は、まず心に「思う」ことから始まるわけです。

 この「思う」ということがなければ、人間は何も行動を起こすことができません。多くの人は、「思う」ことを簡単なことだととらえ、軽んじていますが、「思う」ことほど大事なものは他にありません。

(2014年10月4日 鹿児島市立玉龍中学校・高等学校での講演より)

▽稲盛和夫(いなもり・かずお)
1932年、鹿児島市に生まれる。1955年、鹿児島大学工学部を卒業後、京都の碍子メーカーである松風工業株式会社に就職。1959年4月、知人より出資を得て、資本金300万円で京都セラミック株式会社(現京セラ株式会社)を設立。代表取締役社長、代表取締役会長を経て、1997年から取締役名誉会長(2005年からは名誉会長)。また1984年、電気通信事業の自由化に即応して、第二電電企画株式会社を設立、代表取締役会長に就任。2000年10月、DDI(第二電電)、KDD、IDO の合併により株式会社ディーディーアイ(現KDDI 株式会社)を設立し、取締役名誉会長に就任。2001年6月より最高顧問となる。2010年2月には、政府の要請を受け株式会社日本航空(JAL、現日本航空株式会社)会長に就任。代表取締役会長を経て、2012年2月より取締役名誉会長(2013年からは名誉会長)、2015年4月に名誉顧問となる。一方、ボランティアで、全104塾(国内56塾、海外48塾)、1万4938人の経営者が集まる経営塾「盛和塾」の塾長として、経営者の育成に心血を注いだ(1983年から2019年末まで)。また、1984年には私財を投じ公益財団法人稲盛財団を設立し、理事長(2019年6月からは「創立者」)に就任。同時に、人類社会の進歩発展に功績のあった人々を顕彰する国際賞「京都賞」を創設した。2022年8月、90歳でその生涯を閉じる。