フードロスを減らす斬新な仕掛けを実証実験中のファミリーマート(撮影:今井康一)

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値下げシールの貼付イメージ(ファミリーマートHPより)

現在、ファミリーマートの一部店舗で、消費期限の迫ったおむすびや弁当などに、涙目のキャラクターが「たすけてください」と訴えるイラスト付きの値下げシールが貼られています。

実はこれ、2024年10月30日〜11月26日の4週間、東京都と神奈川県の一部店舗にて実施されている、フードロス削減のための実証実験なのです。

一見すると、値下げシールにイラストを加えただけの単純な工夫に思えるかもしれません。しかし、感情心理学の観点から見ると非常に興味深い取り組みだと考えられます。その効果について、解説します。

YouTube視聴数を増加させる表情とは?

他者の表情は、私たちの感情に訴え、行動を変化させます。例えば、母親に笑顔を向けられた赤ちゃんは、進むことが難しそうな道であったとしても、母親のほうへハイハイして近づき、母親が怖い顔をすると、ハイハイを止めます。

表情と飲食の関係を調べた研究によれば、笑顔を目にした人は、ポジティブな気分になり、ドリンクの消費量が増え、ドリンクに対する満足度も向上することがわかっています。また、接客してくれる店員さんが笑顔だと、チップをたくさん払うという研究もあります。

一方、笑顔は万能薬ではありません。銀行員がYouTubeの中で自社サービスを説明する際、驚きの表情を生じさせるほど、視聴数が伸びる。こうしたことがわかっています。笑顔ではダメなのです。笑顔では、資産運用等に関わる真面目な話をする際、真剣度が伝わらないからです。売買交渉実験においては、怒り表情が交渉相手の譲歩を引き出します。

また、表情と行動変化の関わりは、人間の表情だけに限りません。動物保護施設では、悲しみに特徴的なハノ字眉に見える表情を人に向ける犬は、そうでない犬に比べ、新しい飼い主が早く見つかる傾向にあることがわかっています。

さて、今回の涙目のキャラクターが「たすけてください」と訴えるイラスト。どんな効果が期待できるでしょうか。

一目でわかる、悲しい表情

実証実験に採用されたイラストを見ると、眉はハノ字になり、涙袋には涙がたまり、目はウルウルしています。一目でわかる、悲しい表情です。


値下げシールのデザインイメージ(ファミリーマートHPより)

これまでの研究から、悲しい表情は、共感を引き起こし、私たちに援助行動を促すことがわかっています。シールに付与された「たすけてください」という言語メッセージと共に提示されることで、非言語・言語メッセージが一体となり、私たちの「助けてあげたい」という心性がより促進される効果が期待できます。

しかし、この効果がどれほどのインパクトをもたらすのかについては、よくよく検討する必要があります。キーワードは、信頼性です。悲しい表情と援助行動の関連を調べたGundersonら(2023)の2つの実験から考えます。

一つ目の実験では、本当に悲しんでいる真の悲しい表情と悲しんでいるフリをしているウソの悲しい表情を参加者に見せ、その後の行動変化を検証しました。

最初の実験では、実験参加者に、「これから見る映像は、あるテストを受け、その結果を初めて聞いている人の反応であり、よくできた人もいれば、失望するようなスコアをとった人もいます」という説明をし、真の悲しい表情、あるいは、ウソの悲しい表情をしている人の映像を見せます。

参加者は、悲しい表情が真かウソかは知りません。そして、この人物にどの程度共感し、テストを再受験するのにいくら寄付したいかを尋ねます。

もう一つの実験では、実験参加者に、「これから見る映像は、愛する人が行方不明となり、インタビューを受けている人の様子です」という説明をし、真の悲しい表情、あるいは、ウソの悲しい表情をしている人の映像を見せます。参加者は、悲しい表情が真かウソかは知りません。そして、この人物にどの程度共感し、いくら寄付したいかを尋ねます。

共感度に差が出る

実験の結果、2つの実験とも、ウソの悲しい表情に比べ、真の悲しい表情により共感し、より多くのお金を寄付したいとする傾向にあることがわかりました。

どちらの表情も口角が引き下げられる動きは共通しているのですが、真の悲しい表情には、ウソの悲しい表情にない特徴があります。それは、ハノ字の眉、正確に表現すると、「眉の内側が引き上げられる+眉が中央に寄り引き下げられる」動きのコンビネーションです。

この動きは信頼できる筋肉と呼ばれており、意図的に動かすのが難しいことがわかっています。実験参加者は、悲しい表情が真かウソかは知らなかったため、意図せず、ハノ字眉に反応していたのだと考えられます。

今回のファミリーマートの実証実験では、真の悲しみを示すハノ字の眉がイラストで描かれています。しかし、イラストなので、本当に悲しいかどうかは、わからない。伝わらない可能性がある、という懸念があります。

イラストでも悲しい表情の効果は生じる?

しかし、先に紹介したように、私たちは、ハノ字眉に見える表情をする犬に、犬が本当に悲しんでいるかどうかはわからないにもかかわらず、その表情に犬の「助けて」を読み取り、「引き取る」という援助行動をします。つまり、本当に悲しいかどうかは、わからないものの、ハノ字眉に吸い寄せられるのです。

また、私たちは進化心理学的に実在の顔だけでなく、顔のようなものに注目するようにできています。したがって、涙目値下げシールと涙目なしの従来の値下げシールを比べたら、涙目のほうに目が向かうと考えられます。

ですので、イラストでも、フードロス削減のための食品購入という援助行動を一定程度行うものと考えられます。

そして、この援助行動の効果をさらに促進させるためか、「フードロス削減が必要である」というメッセージをポスターにし、店頭に提示するという施策もあわせて実施するとのことです。


店頭告知用ポスターのイメージ(ファミリーマートHPより)

明示的に掲げておくことで、「たすけてください」がより真に迫ったものとなり、「道徳的によいことをするのに、金銭が絡むのは嫌だな」というお客さんや「値引き商品を買うのは、気が引ける」というお客さんの心理的負荷を軽減させることにもつながり、フードロス対象商品の購買が増えることが予測されます。

こうしたさまざまなことを考慮して、ファミリーマートは、実証実験を行う店舗を、涙目値下げシール×ポスターあり、従来の値下げシール×ポスターあり、従来の値下げシール×ポスターなし、という3つの条件にわけ、効果の差を見定めようとしているのだと考えられます(ただ、この実証実験の実施場所が全部で6店舗と少なく、期待される条件別の違いや効果が適切に可視化されるか、不安なところはあります)。

人の感情の働きを利用し、購買意欲を刺激するマーケティング手法のことを、エモーショナル・マーケティングと呼び、ときに必要でないものまでも買わせてしまおうとする試みを多々、目にします。しかし、今回の試みは、「買わなきゃ損ですよ」と訴えるわけでもありません。

悲しい表情の効果はいかに。実証実験の結果を待ちましょう。

【参考文献・Web】
Gunderson, C. A., Baker, A., Pence, A. D., & ten Brinke, L. (2023). Interpersonal consequences of deceptive expressions of sadness. Personality and Social Psychology Bulletin, 49(1), 97-109. https://doi.org/10.1177/01461672211059700
10月30日の「食品ロス削減の日」から開始! 「たすけてください」の泣き顔で食品ロスは減るのか!? 〜消費者モニター調査の結果に基づく新たな実証実験〜. (2024, October 23). https://www.family.co.jp/sustainability/topics/2024/s20241023.html

(清水 建二 : 株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役)