かつてのバブルカップルは離婚さえもハデだった。経済不況の浮き世の風は、バブ子の家庭にどのように吹き込んだのか。「恋とカネ」の問題に詳しい漫画家、柴門ふみさんの取材ルポを贈る――。

■1億貯めるために節約生活が始まる

(前回からつづく)

バブル期に青春を謳歌(おうか)した平成バブ子さんは、大学卒業後結婚したイケメン資産家との間に一人娘も産まれ、何不自由ない専業主婦生活を送っていました。

持ち前の才覚とバイタリティを生かし立ち上げた幼児教育の事業も軌道に乗り始め、人生は順風満帆に思われたころ、彼女は夫ジュンイチの特異な性格に違和感を抱くようになります。

「これからは毎月50万円貯金をしよう!」

夫がいきなり宣言したのです。

それまでも時計やフィギュアにハマって収集する癖はありました。しかしまさか、収集対象が「現金」になるとは!

貯金をするのは老後の不安に備えて、というのが彼の主張でした。投資はリスクが大きく怖くてできない、元本割れしないのは「やっぱり現金」と言うのです。

確かに毎月50万で年600万、10年で6000万。40歳過ぎから始めれば60手前で1億円貯まる計算です。

写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

そうして夫の旗振りの下、バブ子さんの節約生活が始まりました。「なんかおかしい」と思いつつも、ジュンイチのルックスにとことん惚れて結婚した彼女は従うのでした。

一度惚れると実は一途で可愛いのが、バブル娘なのです。

■「実家から500万円出してもらえ!」

ジュンイチは妻が働くことには寛容でした。田舎で育った男尊女卑男とは異なり、都会のお坊ちゃんを感じさせます。成り上がり男がこだわるちっちゃなプライドとは無縁。しかし甘やかされた男の子にありがちな、どうしても欲しいものは泣きわめいてでも手に入れたい幼稚性が彼にはありました。

バブ子さんが立ち上げた個人塾は徐々に評判を呼び、事業を拡大してゆきます。

生徒募集はもちろんのこと、資金調達、スタッフの教育・養成などやることは山ほど。正直、夫にかまっている暇などありません。

そんな彼女に親身にサポートしてくれる男性が現れます。バブ子さんよりふた回りほど年上の実業家A氏でした。長年教育産業に携わり、事業計画や資金面のアドバイスもしてくれる彼に、彼女が惹かれないわけがありませんでした。

しかし家庭のある身。矩(のり)をこえずに節度ある関係を続けます。

「貯金」に夢中な夫ジュンイチは無論そんな妻の変化に気づきもせず、夫婦生活も定期的にこなしていました。

そのころ、娘の留学が決まり、渡航費用や学費で500万円必要となりました。すると、

「バブ子の実家から500万出してもらえ!」

ジュンイチが言い出したのです。

自分たちの「貯金」からは1円も出したくない、と。

夫の実家も事業をやっていたのでお金が無いわけではありません。ただその事業も時代の風にさらされ幾分傾きかけていたので、彼には不安があったのでしょう。妻の実家へ留学費用を求めたのです。

■愛車がバブ子めがけて走ってくる…

仕事でへとへとになって帰宅した妻に毎晩毎晩、

「今日は実家からお金もらってきたか?」

夫は問い詰めるようになりました。

そんなこんなで夫への嫌気がどんどんたまっていったバブ子さん。頭に「離婚」の文字がよぎり、弁護士に相談を始めます。

そしてとうとう、事件が起きたのでした。

いつものようにバブ子さんが塾で業務をこなしていると、

「金もらってきたか?」

いつものように夫から電話がかかってきました。相手にしないで切り、そのまま放置。夜遅くなってから仕事場でスマホを覗くと、ダダダダダダと何十件もの着信履歴が。

「やばい!」

何でお金もらってこない?! 鬼の形相で送信ボタンを押し続けるジュンイチの姿が目に浮かび、急いで帰宅しようと塾の近くの駐車場に向かいます、すると向こうから停めてあったはずの愛車が彼女めがけて走ってくるではないですか。運転席には、ジュンイチ。どうやら彼はスペアキーを使って乗り込み、彼女を待ち伏せていた模様……。

身の危険を感じたバブ子さんは仕事場に逃げ込み、鍵を閉めました。

「アケろ!」

追ってきたジュンイチは、大声でドアを叩き続ける。これはもうお巡りさんに頼るしかない。バブ子さんは警察を呼びます。

イラスト=柴門ふみ

■拘置所帰りの夫と離婚成立

ここで、ジュンイチの免許不携帯が発覚します。逆上のあまり免許証を持って出るのを忘れたのでしょう。

「とりあえず署に行きましょう」

駆けつけた警官に、あえなく連行されていったのです。

行動力抜群のバブ子さんはその間に新しい家を探し、荷造りへ。離婚に関する手続き一切は弁護士に任せ、一人娘を連れて家を出たのでした。

拘置所を出て数日ぶりに家に戻ったジュンイチは、テーブルの上に置かれた弁護士の書面を目にすることになります。

「警察に捕まったのが、よっぽどショックだったんでしょうね。しょげちゃって、揉めることなく離婚はすんなり成立しました」

間に入った弁護士も驚くほど素直に離婚に応じたといいます。

それ以来、バブ子とジュンイチはお互いに会っていません。

「コレクター気質は、なんか、ヤダったけれど、自分のお金の範囲でやっている分にはまだよかったんです。ただ、巻き込まれると、ちょっと……」

離婚成立をきっかけに、バブ子さんは事業を援助してくれた男性A氏と仲を深めてゆきます。

■まさかオジイサンに恋するなんて…

バブ子さん40歳の時に出会ったA氏は当時65歳。妻とはずいぶん前に死別していました。仕事の相談をしているうちに、彼への思いが高まっていきます。

「お父さんみたいな感じでしたね」

精力的に事業をこなすパワフルな男性は、自分を頼ってくる娘ぐらいの年下女性は可愛くてたまらないのでしょう。これまでの人生で培ったビジネスのノウハウをどんどんレクチャーしてくれました。バブ子さんにとって彼は、恋の相手であると同時に、事業のパートナーとも呼べる存在でした。

「まさか自分がこんなオジイサンに恋するなんて。若いころあんなにメンクイだったのに……。ホンっとに、見た目オジイサンでしたよ」

40過ぎたバブ子さん。ルックスより大切な価値があると気づきました。

「お金、です。夢を叶えるためにはやっぱりお金が必要。そのお金を自力で稼ぎ出せる男性は魅力的だと思ったのです」

写真=iStock.com/rai
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/rai

夫との節約生活でお金に苦労した彼女が、40代でたどり着いた境地です。

■「ちょっと、200万円貸して」

しかし、時と共に、二人の関係に変化が訪れます。

「オジイサンがさらにお爺チャンになっちゃって。彼、仕事するのもしんどくなっちゃったみたいで、事業とかも息子さんに渡して引退しちゃったんです。一応退職金とかまとまったお金は受け取ったらしいんですが」

金持ちだったころの生活基準を下げられないのは、A氏もまたジュンイチと同じでした。

引退したA氏の貯金はどんどん減っていき、すると、バブ子さんにお金を無心するようになったのです。

「ちょっと貸して、200万円貸して、というので、すぐ返してもらえると思い貸したんです。そしたらちっとも……」

高学歴・イケメン・資産家の息子だった夫ジュンイチは、バブル期の女子大生から見れば、理想の王子様。「憧れるな!」と言うほうが無理でしょう。バブ子さんが幸せの絶頂で結婚したのは、容易に想像できます。

老後の資金が不安なら、節約・貯金よりも「その分、あんたが稼げ!」と私なら言いますが、バブ子さんがイケメン夫に従ったのは、やはり彼が好きだったんでしょうね。

「自分のお金の範囲で趣味にハマってるのなら全て許容範囲だった」と言うバブ子さん。

ここにも彼女の懐の深さと母性を感じます。

■魅力が魅力でなくなる時

しかし、一度腹をくくると行動は速いバブル娘。数日間で家出と引っ越しを決行したのはあっぱれです。

彼女が次に、社会的成功を収めた年上男性に惹かれるのもよくわかります。事業を立ち上げ軌道に乗せたとはいえ、女ひとりで会社を続けるのは、とても心細いもの。相談に乗りアドバイスをくれる経験豊富な先輩がそばに居てくれれば、それは頼もしく心強い存在だと思います。

けれど、老いは残酷です。

そして年上男性の魅力であった「知識と経験」も、研鑽(けんさん)を積んだ女性はやがて追いつき、それは魅力でなくなるのです。

写真=iStock.com/EyeEm Mobile GmbH
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/EyeEm Mobile GmbH

A氏とのデートはいつも高級店で、彼の奢(おご)り。

金払いの良さが魅力だった年上男性との交際。それが破局にいたったのは、彼が放った驚きの一言だったのです。

そしてこのあと、彼女に人生で三度目の大きな転換が訪れることに!

(年上実業家の驚愕の一言、そして「やっぱりそこか……」の最終回へつづく)

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柴門 ふみ(さいもん・ふみ)
漫画家
1957年徳島県生まれ。お茶の水女子大学卒。1979年漫画家デビュー。あらゆる世代の恋愛をテーマにして『東京ラブストーリー』『あすなろ白書』『同窓生 人は、三度、恋をする』など多くの作品を発表している。エッセイ集も多く『恋愛論』『ぶつぞう入門』『柴門ふみの解剖恋愛図鑑』『大人恋愛塾』など。
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(漫画家 柴門 ふみ)