「ポケモン×工芸展ー美とわざの大発見ー」展示風景。吉田泰一郎《シャワーズ》2022年 個人蔵


(ライター、構成作家:川岸 徹)

石川・国立工芸館をはじめ、アメリカや日本各地を巡回してきた「ポケモン×工芸展ー美とわざの大発見ー」。新作を加え、東京・麻布台ヒルズギャラリーで開幕した。

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世界を席巻、ポケモンと工芸

 日本のポップカルチャーを代表するコンテンツ「ポケモン」。株式会社ポケモンが発表した2024年3月末現在の全ポケモン関連ゲームソフトの累計出荷本数は4億8000万本以上。カードゲームの累計製造枚数は648億枚以上。テレビアニメの放送地域数は、世界192の国と地域に及んでいる。

 2019年にはハリウッドで制作されたポケモン初の実写映画『名探偵ピカチュウ』が公開され、興行成績4億3300万ドルの大成功。米国の金融系企業TITLEMAXが2024年に発表したIPコンテンツの収益TOP25ランキングでは、ポケモンが総収益921億ドル(約13兆5000億円)で、「ハローキティ」「くまのプーさん」「ミッキーマウス」を抑えて1位に輝いている。日本生まれの「ポケモン」は、今や世界の「POKÉMON」だ。

 一方、「工芸=KOGEI」も世界共通語として定着しつつある。1995年に石川県金沢市が「世界工芸都市宣言」を発表。これをきっかけに、それまで「CRAFT(クラフト)」と英訳されることが多かった工芸が、そのまま「KOGEI」という言葉で紹介されるようになった。今では海外で「KOGEI」展が開催されることも珍しくない。高い技術力と品質、そして魅力的なデザイン。工芸の魅力とともに、言葉も世界に認知されるようになったのは、日本人として誇らしい。

どんなかがく反応が起こるのか?

「ポケモン×工芸展ー美とわざの大発見ー」展示風景。今井完眞《フシギバナ》2022年 個人蔵


 そんな「ポケモン」と「工芸」という日本を代表する強力コンテンツを掛け合わせたとしたら、どんなかがく反応が起きるだろうか。そうした発想から、ユニークな企画が立ち上がった。2023年3月から6月まで石川県・国立工芸館にて開催された展覧会「ポケモン×工芸展ー美とわざの大発見ー」だ。

 この前例のない企画に人間国宝から若手作家まで20名のアーティストが賛同。ポケモンをテーマに、工芸の多種多様な素材と技法を用いて作品の製作に挑んだ。陶磁器、染織、漆器、木竹工、金工、人形、七宝、紙工……。工芸の卓越した技によって生まれた約70点の作品は驚きとともに、ポケモンの世界の新しい可能性を見せてくれた。

「ポケモン×工芸展ー美とわざの大発見ー」展示風景。吉田泰一郎《ミュウツー》 2024年 個人蔵 こちらは東京会場で初登場


 国立工芸館での会期終了後、展覧会は海を渡り、アメリカ・ロサンゼルスに巡回。その後、日本へと凱旋帰国し、滋賀県・佐川美術館、静岡県・MOA美術館での展示を経て、11月1日から麻布台ヒルズ ギャラリーで東京展が始まった。いずれの会場も大盛況。週末であれば入場まで1時間以上の待ち時間も珍しくないという。なぜ、展覧会はこれほどの成功を収めているのか。

世界で絶賛される理由

 成功の最大の理由は、アーティストの「本気度」だろう。20名の参加アーティストのひとり、彫金で人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定されている金工作家・桂盛仁の制作の様子を紹介したい。

「ポケモン×工芸展ー美とわざの大発見ー」展示風景。左から、桂盛仁《ブローチ ブラッキー「眠り」》、《帯留 ブラッキー「威嚇」》、《帯留 ブラッキー「立ち姿」》2022年 個人蔵


 桂盛仁がモチーフに選んだブラッキー。ボディには銅と金の合金である赤胴が用いられているが、赤胴は薬液で煮るとかがく反応が起きて、烏の濡れ羽色とも称えられる黒色を呈し始める。桂がブラッキーのために選んだ金の含有量は「絶対的に5%!」。赤胴の色調は煮色仕上げで形成された被膜内の金の粒子に光が当たることで決まるが、5%になると「黒に紫が入り、その紫が一段と明るくワーーッて来る」のだという。

 黒一色ではないブラッキーの「黒」。月の光でイーブイの遺伝子が変化して生まれたブラッキー。そんな誕生の物語が、桂盛仁のブラッキーにはしっかりと表現されている。作品と向き合うと、黒が深くて、実にいい味わい。50年以上のキャリアをもつ人間国宝が未知なるテーマ「ポケモン」に本気で挑み、ここまで世界観を理解していることに正直驚かされた。

作家の「技」に驚くばかり

 東京展では新作が追加され、展示総数は約80点。どの作品からも作家の本気度が伝わってくる。気になった作品をいくつか紹介したい。

「ポケモン×工芸展ー美とわざの大発見ー」展示風景。福田亨《飛昇》2022年 個人蔵


 子供の頃に『ポケットモンスター サファイア』に夢中になったという象嵌作家・福田亨は、アゲハント、アリアドス、ホウオウの3点を出品。一番好きだったホウオウは、螺旋状の象嵌タワーを用いて、どこまでも高く飛翔する姿を表現。象嵌の技法でタワーに施された麻の葉文様が美しい。

「ポケモン×工芸展ー美とわざの大発見ー」展示風景。城間栄市《琉球紅型着物「島ツナギ」》(部分)2022年 個人蔵


 城間栄市は沖縄の型染「紅型」の技を継承する“紅型三宗家”のひとつ、城間家の16代目。今回、制作のイメージにポケモン原作の舞台のひとつである南国の「アローラ地方」を重ね合わせた。アダンの葉4枚を1単位とするパターンを作り、そこにピカチュウ、ライチュウ、モクロー、ニャビーらがやって来たという設定。南国の風を受けながら、楽しそうに躍動するポケモンたちの姿にワクワクとさせられる。

「ポケモン×工芸展ー美とわざの大発見ー」展示風景。坪島悠貴《可変金物 ココガラ/アーマーガア》2022年 個人蔵


 金工作家・坪島悠貴の《可変金物 ココガラ/アーマーガア》は、まさに超絶技巧。「可愛いココガラがかっこいいアーマーガアに進化する」ことに驚いたという坪島は、その進化の過程を50数個のパーツを用いた可変金物で表現した。コロッとしたフォルムのココガラが、翼を大きく広げ、勇ましく空へ飛び立つアーマーガアに変身。会場では制作工程の様子も映像で紹介されている。

「ポケモン×工芸展ー美とわざの大発見ー」展示風景。右から、植葉香澄《羊歯唐草文シェイミ》2022年、《羊歯唐草文シェイミ茶碗》2023年 個人蔵


 独特な造形と文様によって唯一無二の陶芸作品を生み出している陶芸作家・植葉香澄は、全身にカラフルな文様を施したポケモンを制作。《唐草文サルノリ》《火炎文ヒバニー》《水文メッソン》《光火彩文グラードン》、そして東京展から新作として加わった《蔦唐草文ジュペッタ》《蒼炎文ヒトモシ》。ポケモンの魅力と吉祥のサインである文様が融合し、鑑賞者に幸福感を届けてくれる。

 各アーティストが独自に研究・考察・解釈を重ね、思い思いに作品へと昇華させた約80点のポケモン。工芸の技、そしてポケモンは、これからも世界を驚かせ続けるのだろう。

 

「ポケモン×工芸展ー美とわざの大発見ー」
会期:開催中〜2025年2月2日(日)
会場:麻布台ヒルズギャラリー
開館時間:10:00〜19:00(金、土、祝前日は〜20:00)※入場は閉館の30分前まで
休館日:12月31日(火)
お問い合わせ:azabudaihillsgallery@mori.co.jp

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筆者:川岸 徹