『おむすび』佐野勇斗の“自然体の演技”はどのように生まれた? 過去作の役柄と比較
朝ドラ『おむすび』(NHK総合)で、“福西のヨン様”という言葉が飛び出したとき、平成に付けられた高校球児へのあだ名として、なんというちょうど良さなんだと笑いそうになった。名字に含まれた四という数字、メガネをかけてマウンドに立つ姿からそんなあだ名が付けられた福岡西高校のエース・四ツ木翔也(佐野勇斗)は、栃木から福岡まで野球留学してきた苺農家の息子で、ヒロイン・結(橋本環奈)にもフラットに接する好青年。スタミナがないという自身の身体の弱点も踏まえた日々の鍛錬も欠かさない努力家で、漫画から飛び出てきたような理想の人物だ。翔也のような盛られた設定の役柄でも、違和感なく画面の中に存在させられるのは、佐野勇斗の演技の強みによるものと言えるだろう。
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佐野は、第25回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストをきっかけに芸能界入りし、2014年からはボーカルダンスユニットM!LKのメンバーとしても活動している。2016年に出演した『砂の塔~知りすぎた隣人』(TBS系)で演じた主人公の義理の息子・高野和樹役で、大きな注目を集め、映画『ちはやふる -結び-』の筑波秋博役では第28回日本映画批評家大賞の新人男優賞を受賞するなど、早くから高い演技力を誇っていた俳優だ。
特筆したいのは、作品ごとにリアクションの強弱を使い分け、エンターテインメント性の高い作品にもなじめること。『ドラゴン桜』(TBS系)では、東大に落ちたことをきっかけに自殺未遂を起こす桜木(阿部寛)の元教え子・米山圭太を好演し、物語のキーマンとなる役柄で自身に起きた出来事への強い憤りと怒りを鮮やかに表現。『真犯人フラグ』(日本テレビ系)では、主人公・相良(西島秀俊)とともに事件を解決するために奔走する橘一星役として、ときに怪しさも匂わせる芝居で視聴者を翻弄した。『トリリオンゲーム』(TBS系)では、主人公・天王寺春(目黒蓮)に振り回されるパソコンオタク・平学(ガク)を演じた。視聴者と同じ目線に立つガクが大きな活躍を見せる場面は爽快感に溢れ、作品の魅力の一つだった。佐野は裏切り、裏切られというどんでん返しに関わる一癖ある役柄や現実離れし誇張された役柄でも、作品の色にあった最適な感情表現で演じることができる。どんな物語でもそこに人物が生きていることを自然に感じさせる説得力のある芝居が、彼の強みなのだ。
『おむすび』で演じる翔也も、設定だけを見ればリアリティの欠ける人物と言える。しかし、『おむすび』は現代劇で糸島でのロケシーンが多いこともあり、平成のリアルな空気感が魅力の作品。そんな作品の空気になじむように、佐野が見せる翔也の感情表現には大袈裟なところが一つもない。ひょんなことから出会った結への反応、栃木からやってきた母親(酒井若菜)への少しぶっきらぼうな態度、結が語った阪神大震災の記憶に対して流した涙。どのリアクションも大きすぎることはなく自然体で、等身大の男子高校生を感じさせるちょうど良い表現が、翔也というキャラクターに現実味を与えているのだ。これまで感情を大きく表現する漫画のようなキャラクターを演じることが多かった佐野のナチュラルな芝居が楽しめる役柄と言える。
現在放送中の『マイダイアリー』(ABCテレビ・テレビ朝日系)では、数学が得意な“ギフテッド”を持ち、人と関わることを恐れてきた孤独な青年・徳永広海を演じている佐野。『おむすび』で演じる翔也とは真逆のキャラクターだが、こちらでも情緒豊かな作風に合う引き算された芝居を見せている。11月22日に公開予定の映画『六人の嘘つきな大学生』では、嘘と罪に翻弄されるエリート大学生・九賀蒼太を演じる。こちらは、巻き込まれ型のミステリーということもあり、幅のある感情表現が見られそうだ。
11月は、3作品で佐野の芝居を楽しめる稀有な月。佐野の芝居の塩梅が評価されている何よりもの証拠だろう。(文=古澤椋子)