石破総理は「トランプの犬になる」…“非現実な安保観”に苦笑い「石破には無理だ、安倍のようには信頼関係築けない」もしトラシナリオ
世界中が注目する米大統領選は11月5日、ジョー・バイデン政権を継承する民主党候補カマラ・ハリス副大統領と、共和党候補のドナルド・トランプ前大統領が大接戦のまま投票日を迎えた。「女性初」か、それとも「再登板」か。世論が真っ二つに分かれる中、その行方は国際情勢、日米関係にどのような影響を与えるのか。経済アナリストの佐藤健太氏は「日本は与党が過半数割れしたことで政権運営が不安定化し、世界の潮流から取り残される可能性が高い」と見る。その深刻なワケとは―。
一気に緊張感が走る
「トランプ氏か、ハリス氏かで米国の戦略や方針は全く異なる。日本政府としては優先順位を大きく変えていかなければならない」。ある外務省幹部は現政権を継承するハリス氏と、型破りな手法で注目を集めるトランプ氏による大統領選の結果を慎重に見極めていた。
それもそのはず、2017年から2021年の第1次トランプ政権は、日本のみならず世界各国が翻弄された4年間だった。WHO(世界保健機関)や気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」から脱退を表明し、TPP(環太平洋経済連携協定)や国連人権理事会からの離脱など、「常識では考えられない方針を次々に打ち出し、トランプ氏は持論である『米国第一主義』を躊躇なく追求した」(日本政府関係者)からだ。
2020年の米大統領選で勝利したバイデン大統領は、トランプ政権からの政策転換に追われ、「国際協調路線」に舵を切った。分極化が進む米国でコロナ禍の経済対策や新しい産業政策などを推進し、“脱トランプ”で一定の成果をあげてきた。高齢を理由に撤退したバイデン氏に代わり、登場したハリス氏は「力強い中間層」の形成やインフレ対策を政策の柱に据える。日米同盟は「地域平和の礎」との立場で、同盟関係を強化していく方針だ。バイデン政権の4年間を踏まえれば、日本に与える影響は「想定の範囲内」(外務省関係者)にとどまるとみられている。
だが、今回の大統領選で復活した場合、トランプ氏はバイデン政権の戦略を見直すことを公約に据えてきた。とりわけ、外交・安全保障政策で大転換を図るとの見方は根強い。日本政府はトランプ氏とハリス氏による大統領選が接戦となる中、どちらが勝利しても対応できるよう準備を重ねてきたが、「何をするか本当にわからない人物」(同)であるトランプ氏が次期大統領に選ばれれば、一気に緊張感が走るのは間違いない。
石破茂にとって「日米関係の見直し」は譲れない一線
ウクライナ支援やNATO(北大西洋条約機構)のあり方を見直し、中国や北朝鮮への政策なども大きく変わる可能性が高いのだ。数々の不確定要素が存在する中、緊密な日米関係を考える上でさらにリスクとなりそうなのは「石破ファクター」と呼ばれるものにある。石破茂首相は日米地位協定の見直し、「アジア版NATO」構想などを掲げてきた。所信表明演説では持論を封印したものの、安全保障を専門とする政治家・石破茂にとって「日米関係の見直し」は譲れない一線である。
まず、1960年に締結された日米地位協定に関しては、日本国内で生じてきた問題を踏まえた上で自衛隊が米国内で訓練することを念頭に入れる。米国で自衛隊が訓練する拠点を置くことになれば、必然的に地位協定の改定が迫られるためだ。ただ、バイデン政権は見直しに消極的で、「岩屋毅外相らも困難であることは理解している」(防衛省関係者)とされる。実際、石破首相は政府・与党内で議論を重ねてから机上に乗せていく慎重なプロセスを描く。
石破が描く「非現実観的な安保観」
一方、トランプ氏が再登板ならば事態は一変するとの見方は強い。トランプ氏は対中国政策を優先させるとみられるが、日本をはじめとする同盟国には「相応の負担」を求めるはずだからだ。岸田文雄政権時代に防衛費を2027年度に国内総生産(GDP)比2%にする防衛力強化方針を決定したが、トランプ氏が返り咲けばスピードや量・質をさらに要求してくることも予想される。石破首相が掲げる地位協定改定について言えば、「相応の負担」のバーターとして一部を前進させる“交渉”が出てくる可能性はあり得る。
ただ、もう1つの「アジア版NATO」構想に関しては、実現困難であるとの見方は変わらない。トランプ氏はNATO加盟国の防衛費負担額が不十分であるとの認識を示し、十分に支払わなければ防衛義務を順守しないとの立場を示してきた。その「アジア版」構想を石破首相が目指しても、トランプ政権は関与しないとの冷めた見方が強い。
加えて、アジア版NATOを実現するためには関係国が中国を共通の脅威と認識する必要がある。だが、インドやASEAN(東南アジア諸国連合)の支持も得られておらず、日米の専門家は押しなべて否定的だ。中国の習近平主席は台湾侵攻に意欲的とされるが、石破首相が描く安保観は「理論としてはわかるものの、現実的とは言えない」(政府関係者)とみられている。
石破は安倍のようにトランプと関係をつくれるのか
第1次トランプ政権で日本が強固な同盟関係を維持・発展できたのは、安倍晋三首相が個人的な信頼関係を構築していた点が大きい。安倍氏はトランプ氏を時に励まし、時に諫める関係を構築し、その意味でも国際社会で日本の存在感をみせつけた。ただ、キャラクターも安保観も異なる石破首相が同じような関係を築けるかと言えば、答えは「NO」だろう。
石破首相は11月後半に渡米し、どちらの候補が勝利した場合でも次期大統領との会談を検討している。とはいえ、現実的に物事を調整・解決する能力に長けた安倍氏に対し、理論先行で真正面から提案していく石破氏のスタイルには日米両政府に懸念もある。仮に次期大統領と会談したところで、日米地位協定の見直しやアジア版NATO構想への不安は払拭できないはずだ。ハリス大統領となれば現状維持で済むかもしれないが、トランプ氏が勝利すれば対中国政策でさらなる行動を求められる可能性は決して低くない。
新大統領の経済政策も日本に大きく影響する。ハリス氏が次期大統領になればバイデン政権を継承する見通しのため、日本としては米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げペースを見極めながら政府・日本銀行が利上げしていくスケジュールとなる。このケースでは日米金利差が縮小し、為替は円高に振れていくはずだ。だが、トランプ氏の場合は法人税減税や規制緩和といった政策を推進し、インフレ懸念の再燃から為替は円安・ドル高を招く可能性がある。
日本経済への影響は極めて大きい
加えて、トランプ氏はターゲットにする中国からの輸入品に高関税を課す意向を重ねて示している。それ以外の国の輸入品にも一律10~20%の関税をかける計画で、それらが実現することになれば日本経済への影響は極めて大きい。中国経済が急減速すれば最大の輸出相手国の日本は大打撃を受けるだろう。
石破首相が率いる自民党は10月末の衆院選で惨敗し、公明党との連立与党でも過半数を下回った。議席を4倍増にした国民民主党と連携する道を模索するが、不安定な政権運営を余儀なくされている。その中で国際情勢に大きな影響を与える米大統領選を迎え、日本政府内には「大きな転換や強力な政策推進が難しい中、激動の時代に日本が対応していくことができるのか不安しかない」(外務省幹部)などの声が充満する。
ある閣僚経験者は日本の現状をこのように表現した。「世界で外交や安全保障、経済、環境対策をどうするのか主体的に議論し、自国の存在感を高めるために競い合っている中、日本は『裏金問題』を最大の争点に総選挙をしていたことは本当に恥ずかしい。これからの日本は主体的に何も決められない“暗黒の時代”を迎えるのかもな」。