和田秀樹が解説「脳が衰える習慣・活性化する習慣」
(写真:foly/PIXTA)
高齢者専門の精神科医である和田秀樹さんは著書『脳と心が一瞬で整うシンプル習慣 60歳から頭はどんどんよくなる!』で、いくつになっても脳の働きを活性化させ、賢くなり続けられるのだと語っています。一生、最高の自分を更新し続けたい人に役立つ同書から一部抜粋・再構成してお届けします。
前頭葉は「新しい経験」が大好き
なじみの店、なじみの道、なじみの商品……そんな存在は心強く、また、気持ちも安定させてくれるものです。
ただ、頭をよくしたいと思ったなら、ぜひ、慣れ親しんだ世界を飛び出して、新しい経験を日々に取り入れるという姿勢を大事にしてください。親しみを感じる環境はほっとできるものですし、それはそれで大事にしていただければと思いますが、前頭葉に楽をさせることで、それが衰えてしまいます。
私たち人間は、意識しようとしていまいと、楽なほうに流されてしまうもの。けれど、だからといって気心知れた人とばかり接したり、安心できる環境にばかり身を置いたりしていると、柔軟性や応用力は磨かれず、クリエイティブな力も伸びていきません。
自分が想定できる範囲でしか生きていなければ、新たな刺激を受けられなくなった脳は、どんどん衰えていってしまうのです。
たとえば、いつもと違う道を通ってみる、これまでとは違う音楽や本のジャンルに触れてみる、毛嫌いしていないで、若者が親しんでいる文化にも触れてみる。そういったことでも十分です。
前頭葉は新しいものに反応しますから、未知の何かに触れるたびに、どんどん脳にエネルギーをチャージすることができるでしょう。
新しいことへの挑戦は、時に不安も伴うと思います。でも、ちょっと勇気を出してその一歩を踏み出してみることで、脳の若返りのチャンスを得るとともに、今まで知らなかった自分にも出会うことができるのです。
脳を若返らせたいなら、日常に「想定外」のことを増やそう
人間は長い進化の過程において、「なかったことをやろうとすること」によって前頭葉を発達させてきました。
体の大きさや頑丈さといったものに関しては他の生物に劣っている人間が、自然界で生き延びるためには、知恵を働かせ、どんどんやり方を変えていく必要があったのでしょう。
そういった性質を持つ前頭葉は、「想定外のこと」「予測不可能なこと」が起きたときに、その真価を発揮します。つまり、予期していなかったハプニングなどに対応するとき、人の前頭葉は刺激され、鍛えられるということです。
ですから、変化やハプニングを恐れず、毎日を冒険するつもりで過ごしてみてください。行ったことのない場所に行ってみたり、読んだことのないジャンルの本にトライしてみたり……思い切って新規開拓してみましょう。
ずっと同じところに留まっているのは、いわば「精神的な引きこもり」です。ですから日常のなかに、意図的に想定外のことを増やしてみてください。「自分の予想がつかないこと」は刺激的で心をドキドキさせてくれるものですが、同じように脳も刺激を受けるのです。
変化することは面倒なものですし、安全な場所に留まっていたいと思うのは当たり前です。でも安穏に生きたいと願い、固定化されたルーティンのなかに閉じこもっているばかりでは、脳の若返りのチャンスは得にくくなってしまいます。
そして望まないトラブルが起きたときも、「脳が活性化されるチャンスを得たのだ」と前向きにとらえてください。あなたが予想外の出来事に懸命に対処しようとしているそのとき、脳は大喜びしているはずです。
脳を活性化させるための合言葉「まずは試してみよう」
賢さの一つとして、柔軟性を持つことが大切だとお話をしました。
私の老年医学の経験では、こだわりや決めつけが強く、物事を型通りに進めようとする人に比べ、思考が柔軟で、臨機応変に対応できる人は、一般的にボケにくくなることを痛感しています。
「頑固老人」という言葉もあるように、年齢を重ねてきたからこその経験知やプライドによって、つい頑なになってしまったり、何かを決めつけたくなってしまったりすることもあるでしょう。
けれど、「これが絶対正しい」「これ以外は認めない」という強情さは、脳の老化を早めてしまいます。年齢を重ねた今こそ、あらゆるものに関心を持ち、ちょっと歩み寄ってみるような素直さ、度量の大きさを持つことが大切だと思います。
たとえばコンピュータ上で自然な会話が楽しめるAIツール、Chat GPTに関しても、「そんなものは邪道だ」と最初から拒絶するのではなく、「最先端の技術の力を借りて、今できないことができるようになったらいいな」というくらいの柔軟さや好奇心を持って取り入れてみる。そんな姿勢で向き合えば、難解な文章をわかりやすく提示してくれたり、あるいは人生の悩みにも的確な答えをくれたりして、目から鱗が落ちるような思いをするかもしれません。
何事にもそのような軽やかなスタンスで向き合えるようになると、脳が喜んでフル回転するだけでなく、人生の選択肢や幅も広がっていきます。
好奇心の強さや「なんでもやってみよう」と思える身軽さは、脳の老化を遅らせますし、物事の成功の確率も高めてくれます。とにかく、どんなことでもまずは挑戦してみようとする軽やかさが大切なのだと思います。
「コンビニの父」の発想
セブン&アイ・ホールディングスの元会長であり「コンビニの父」と呼ばれる鈴木敏文さんは、「何事も試してみなければわからない」という発想のもと、経営に当たっていました。
たとえば、一般的にはおでんは、秋冬に売られる商品というイメージが強いと思います。そのようななか、鈴木氏が、「試してみなければわからない」と暑い時期のおでんの売れ行きについての検証に乗り出した結果、夏でも気温(室温)25℃以下の日は、みな「今日は寒い」という感覚になるため、おでんがよく売れることがわかったそうです(『データサイエンティストを超える仕事術 鈴木敏文の統計心理学 新装版』参考)。
さらに鈴木氏は、「コンドームを棚の上の方に置いたときと下の方に置いたときとで売れ行きが変わるかもしれない」という仮説を思いつけば、全店舗でそれを試しています。その結果、コンドームは低い位置にある方が売れることが判明したそうです。
彼のこういった行動力と実験的な思考こそが、現在でもセブン&アイ・ホールディングスがコンビニ業界でトップを走り続けている理由と言えるのではないでしょうか。
トヨタについても同様です。同社の工場では、「カイゼン」を合言葉に、「この作業台を3センチ高くすれば作業効率が上がるのでは?」という仮説に基づく検証が、日々繰り返されています。
トヨタにも、何事もやってみなければわからないという企業風土があるのです。これが、同社が世界で活躍し続ける強さの理由の一つと言えるでしょう。
人生は毎日が実験です。はじめから結果がわかっていたら面白くないし、どうなるかわからないからこそドラマに満ちているのでしょう。まずは何事もやってみる、そんな精神で、脳と心を若々しく保ちたいものです。
疑い深い人ほど騙されやすくなるのはなぜか
先のページで触れた「トラブルを楽しむ」にも通じますが、とにかく、物事を前向きにとらえるということは、脳の若さ、賢さにも大いに影響をもたらします。
前頭葉の特徴の一つに、「快の体験」を好むというものがあります。つまり、わくわくと楽しい気持ちでいるほどに、脳は活発に働き、頭がよくなっていくということです。
反対に言えば、後ろ向きな思いにとらわれ、うつむきがちに人生を送るほどに、脳の働きはしぼんでいってしまうということです。ミスやトラブルをいつまでも引きずってくよくよしたり、後悔したり、そんなマイナス思考のままでいては、前頭葉は錆びつき、衰えていってしまいます。
いったんネガティブな感情にとらわれると、人は自分の不足した部分にばかり目を向けるようになり、欠乏感でいっぱいになってしまうものです。
そういう時は、「角度を変えて考えてみる」ようにしてください。今がどんな状況だったとしても、あなたは多くの宝物を持っているはずですし、これからできることだってたくさんあるはずです。ですからなるべく物事の明るい面を見つめ、楽観的に生きるようにしたいものです。
たとえば、なにか新しいことに挑戦して、思わしくない結果に終わったとします。
そのときは失敗した自分を責めるのではなく、「新しい一歩を踏み出せたなんて、なかなかのものだ」と自分自身を褒め、気持ちを高揚させるのです。
このように「自分で自分を励ます」ことを習慣として持っている人は、脳やメンタルにとって理想的な環境を作り出せることはもちろん、士気高く物事に取り組めるので、結果的にいろいろなことがうまくいきやすくなるでしょう。
社会心理学の実験でわかったことですが、疑い深い人は、意外にも騙されやすくなる傾向があります。マイナス思考の人は、基本的に「他人はすべて悪」という考え方を持っているため、誰が詐欺師なのかを見抜けないためです。
高齢者の方こそ、楽天主義を徹底すべき
一方、日頃から楽観的に物事をとらえ、「基本的に世の中は生きやすく、他人は優しいもの」と思っている人は、不審な点がある人物に対し、かえって違和感を抱きやすく、詐欺被害にも遭いづらくなるのだと言います。
このように、後ろ向きな思いにとらわれることは、洞察力や観察力を低下させるという弊害もあるのです。
私は、人生のさまざまな試練が訪れやすい高齢者の方こそ、楽天主義を徹底すべきだと思っています。物事の一面しか見ない「単眼思考」はうつ病にもつながりやすくなりますから、さまざまなものの見方ができる「複眼思考」も心がけたいものです。
ぜひ、光のほうに目を向けて、明るく物事をとらえるようにしてみてください。「自分にはあれも、これもある」と足し算思考ができる幸せ探しの名人は、脳も心も、みるみる元気になっていきます。
(和田 秀樹 : 精神科医)