韓国の情報機関・国家情報院は18日、北朝鮮軍特殊部隊約1500人がロシア極東ウラジオストクに到着したと発表した。ウクライナ国防省情報総局トップのブダノウ氏が米メディアに語ったところによれば、北朝鮮兵士の第1陣は23日にも、ウクライナと国境を接するロシア南西部・クルスク州に到着する。

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 以前の記事で紹介した、金正恩氏の前で素手のコンクリ割りを披露した兵士たちも含まれているかもしれない。様々な専門家の話をまとめると、今回の派兵は北朝鮮にとっての「諸刃の剣」となりそうだ。


ミサイル基地を視察する金正恩氏 ©朝鮮通信=時事

軽歩兵の能力はいかに

 ロシアに送り込まれた北朝鮮軍の特殊部隊とは一体どんな部隊なのか。韓国の国防白書によれば、特殊部隊の兵力は約20万人。このうち約8万人は南北軍事境界線沿いに配備された軽歩兵だ。

 韓国国防研究院で北朝鮮軍を研究した金振武(キムジンム)博士によれば、北朝鮮軍は元々、特殊部隊として「暴風軍団」と呼ばれた兵力約8万人の第11軍団を保有していた。

 北朝鮮は2017年4月の軍事パレードで、第11軍団と陸海空の狙撃部隊などを統合した特殊作戦軍を公開した。兵力は最大約12万人という。

 軽歩兵も特殊作戦軍兵士も軽量化した小銃を携行し、高速度で移動する能力を持つ。金博士が過去、インタビューした特殊作戦軍兵士だった脱北者によれば、「60日の間、山中を1日100キロずつ移動する能力がある」という。

 ただ、軽歩兵が軍事境界線近くの韓国側前線地域への潜入を狙うのに対し、特殊作戦軍は、ソウルなど韓国後方地域への侵入と後方かく乱、および平壌での最高指導者の護衛が任務になる。

 北朝鮮軍での服務経験がある40代の脱北者によれば、南北軍事境界線近くに布陣する前方の4個軍団に配置された軽歩兵の方が、特殊作戦軍兵士よりも精強だという。

 軽歩兵と聞くと軽い印象を受けるかもしれないが、実際は動きやすいように装備を軽くした「軽特殊歩兵」といった性格を持つ。脱北者は「遮蔽物や水濠などの障害物の突破力や射撃術に秀でている。韓国軍兵士を圧倒する格闘術も備えている」と語る。

ロシアに派遣された北朝鮮兵士」

 これに対し、特殊作戦軍兵士は主に複葉機のアントノフ2(ソ連で1947年に開発)などを使って低空で侵入した後、落下傘で後方地域に入る。北朝鮮軍で勤務した別の60代の脱北者によれば、浸透する地域は韓国中部の大田(テジョン)にまで達する。

 特殊作戦軍兵士は毎年、「千里(約400キロ)行軍」を行い、体力にも精神力にも秀でている。ただ、要人の暗殺術を備えたり、金正恩総書記の護衛を務めたりする要員はともかく、後方かく乱を担当する兵士の戦闘力は軽歩兵ほどではないという。

 陸上自衛隊の第1空挺団長を務めた岩村公史元陸将は、ウクライナ当局が「ロシアに派遣された北朝鮮兵士」と説明する動画を視聴した。岩村氏も「映像で見ただけで詳しくはわからないが、北朝鮮も使い捨てにしても構わないと考えているだろうし、それほど精強な兵士とは感じなかった。急速に錬成した一般兵を特殊部隊と言って出すのかもしれない」と語る。

 岩村氏によれば、北朝鮮は今回、軍隊派遣の通常パターンである「兵士・装備・指揮統制」のセットではなく、兵士個々人をロシアに送り込み、そこでロシア軍から装備品の支給を受けている。同氏は「北朝鮮はいざとなれば、(国家としての参戦ではなく)個人が勝手に義勇兵として参加したと言い逃れができるようにしているのかもしれない」と語る。

北朝鮮特殊部隊の運用

 では、北朝鮮特殊部隊はどのような任務を負うのだろうか。金博士によれば、特殊作戦軍兵士の場合、通常、8〜12人程度の単位でひそかに目標地域に侵入し、水源地に毒物を流したり、交通や発電などのインフラ施設を破壊したりする。

 岩村氏は「北朝鮮軍兵士はロシア語ができないし、ロシア軍と合同軍事演習をしたこともない。そもそも北朝鮮軍は燃料不足などの事情から、戦車や装甲車などの重装備と協同した演習の経験が不十分だ」と語る。

「激戦が続いているウクライナ東部ドネツク州の最前線では、他のロシア軍部隊との作戦基本部隊単位での協同が不可欠になる。北朝鮮軍を送っても、隣接するロシア軍部隊と総合的に連携・調整ができなければ意味がない」(同)という。

ロシア軍に確認された“ある兆候”

 このため、岩村氏はまず、北朝鮮軍が作戦機能の一部として独自に行動できる塹壕などを掘る工兵部隊か、後方から前線のロシア軍を火力支援する砲兵部隊として運用する可能性があるとしている。

 こうした言語の壁、演習の不備を埋めるためだろうか、ロシア軍に“ある兆候”が確認されている。韓国の国情院によれば、ロシア軍が朝鮮語の通訳を大規模に選抜している兆候が確認されたとした。さらに、ロシア軍が北朝鮮軍に軍事装備の使用法のほか、無人機(ドローン)の操縦方法について教育していると報告した。    

 だが、北朝鮮軍の兵士は体力と士気は優秀だとしつつも、ドローン攻撃などの現代戦への理解が不足しているため、戦線投入時には死亡者が多数発生すると国情院は予想している。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、北朝鮮からロシアに派遣されるのは「各6000人の2個旅団」としている。金博士も「特殊部隊は1500人にとどまり、大半は工兵か火力の部隊ではないか」と語る。

ウクライナ側の脅威

 そのうえで、ウクライナ側が最も警戒しなければいけないのは、「北朝鮮特殊部隊がウクライナ軍の後方に回ってのかく乱行動」だという。最も可能性が高いのが、ウクライナ軍が越境攻撃をしかけたロシア・クルスク州だ。

 北朝鮮特殊部隊がクルスク州のウクライナ軍陣地に食料や燃料、弾薬を送る兵站線を破壊すれば、ウクライナ軍は孤立する。活動するのはロシア領だから、北朝鮮軍はいつでも補給を受けられるし、そもそもロシアの主権領地内なので、国際的な批判は受けづらい。

北朝鮮軍兵士は常に耐乏生活

 さらに、ウクライナとロシアの国境線は長いので、少人数で侵入し、ウクライナの発電所や鉄道などを破壊するほか、ウクライナ政府要人の暗殺・拉致を試みる可能性がある。岩村氏は「ウクライナ軍は、本当に来るかどうかわからない北朝鮮特殊部隊のために兵力を分散しなければならず、少なくない脅威になるだろう」と指摘する。

 一方、この作戦は北朝鮮にとっても「危うい賭け」になる可能性がある。北朝鮮特殊部隊は自給自足が基本だ。岩村氏も金博士も「北朝鮮兵士は食料や水がなくなれば、ウクライナの民間住宅に強盗に入って、食料や水を強奪するだろう」と口をそろえる。しかし、こうした活動を通じ、北朝鮮軍兵士は、「自分たちよりも豊かな生活」を経験することになるだろう。

 北朝鮮軍兵士は常に耐乏生活を強いられてきた。脱北者たちの証言によれば、北朝鮮の父母の最近の願いは「どうやったら、子供を軍隊に送らずに済むか」だ。軍に入隊すれば、たちまち、足りない食料や装備品を補うため、近くの農家や畑、別の部隊などからの盗みを覚えることを強要されるからだという。

 一般兵士の食事は、麦やトウモロコシが混じった雑穀飯に塩汁、キムチ程度で、肉や魚にはなかなかお目にかかれない。

離脱する北朝鮮兵士が相次ぐ可能性が…

 そもそも、北朝鮮軍兵士にとって、ウクライナでの戦いには大義がない。ウクライナメディアは21日(現地時間)、「ロシアに派兵された後に脱走した北朝鮮兵士18人が、ロシア当局に拘禁されている」と報じた。

 こうした状況が重なり、今後、戦場から離脱する北朝鮮兵士が相次ぐかもしれない。工兵部隊や砲兵部隊はともかく、少人数で分散して行動している特殊部隊の場合、北朝鮮軍がすべてを統制することも難しいだろう。

 韓国・聯合ニュースは22日、韓国政府がロシアのウクライナ侵攻を支援するために投入される北朝鮮軍の戦力を分析するため、現地にモニタリング団を派遣する方策を検討していると報じた。

 専門家の一人は「韓国は当然、北朝鮮軍から脱走兵が相次ぐことも織り込み済みだろう。モニタリング団には、北朝鮮軍兵士の脱北をサポートする要員も含まれているとみるべきだ」と語った。

 北朝鮮の特殊部隊派遣が、ロシアとウクライナの戦線にどう影響するのか。その最前線でまさにいま、賽は投げられた。

(牧野 愛博)