日本の中小企業を襲う「後継者不足」という大問題
中小企業にとって事業承継は喫緊の課題となっています(写真:pearlinheart /PIXTA)
帝国データバンクの「全国『後継者不在率』動向調査(2023年)」によれば、中小企業の後継者不在率は53.9%と、半数以上に後継者がいない。なかには事業承継がうまくいかず、会社を倒産させざるを得ない場合もある。本稿では自身の会社をM&Aで譲渡した経営者、芳子ビューエル氏が地方都市の中小企業における事業承継の厳しい現実について解説する。(著書『経営者のゴール M&Aで会社を売却すること、その後の人生のこと』の一部を抜粋・編集したものです)。
経営者は相談相手がなかなかいない
「会社の後継者のことは、頭の中にずっとあったよ。でもね……、私がまだできているし、まだいいかとか、もうちょっとしたら考えるか、なんて先延ばししていたら、ここまできてしまった、というのが正直なところなんだ」
そう言いながら、Aさんは少し背筋を伸ばして、腕組みをしました。Aさんの気持ちはよくわかりました。私も彼と同じで、M&Aをする前は後継者のことは頭にはあったものの、具体的に動くことはしていなかったからです。
長女が私の経営する会社に入社し、一緒に仕事をしていたことから、ゆくゆくは彼女に会社を継いでほしいと考えてはいましたが、彼女と真剣に会社の引き継ぎの話はしていませんでした。
何事も早めに考える、取り掛かる、手を打つことが肝心であるとわかってはいましたが、毎年、増収増益で順調に会社の業績が推移していたことから、目の前のことでいっぱいいっぱいだったためです。
私はAさんに尋ねました。
「最近、後継者不在の問題が少しずつメディアでも報じられるようになってきていますよね。経営者のお仲間同士で話題に出たりすることもありますか?」
「ちょっとした会合の席なんかで話に出ることはあるよ。おたくの息子は会社を継ぐのかい? なんてね。でも、経営者仲間に自分の会社の後継者の話を真剣にすることはないかな。そうそう相談できるものではないしね」
Aさんの言うように、中小企業の経営者の方には、家族以外に会社の内情や抱える問題を包み隠さず相談できる相手はほぼいません。家族であっても、経営に関わっていなければ、会社経営に関しては話さないし、相談もしないという方もいるでしょう。
「経営者は孤独である」とよく言われますが、私自身の経験からも、ほかの経営者の方のご相談に乗るようになってからも、本当にその通りだなと思います。会社の将来について1人で迷い、悩み、つい目の前のことに注力して、後継者問題に着手するのが後回しになってしまう、決断が遅れてしまうのが、日本の中小企業の現状です。
実際、後継者不在問題は、社会的にも大きなテーマです。日本という国を支えている全国の中小企業の事業承継は、待ったなしの緊急の課題といっていいでしょう。
60代の社長の会社の約4割が「後継者不在」
ここで少し、データを見ながら考えてみましょう。
中小企業庁は、2025年までに平均的な引退年齢とされる70歳を超える中小企業の経営者は245万人となり、そのうち127万人が後継者未定であるという試算を公表しています。また、このまま日本の後継者不在問題を放置していると、2025年までに約650万人の雇用と、約22兆円のGDPが失われる可能性があるとしています。
また、帝国データバンクが公表している「全国『後継者不在率』動向調査(2023年)」によれば、中小企業の後継者不在率は53.9%で、そのうち事業承継の適齢期とされている60代の社長の会社の37.7%が後継者不在だとしています。
ここ数年、後継者不在率は改善してきていますが、それでも依然として半数以上の中小企業に後継者がいないという現実があるのです。
さて、事業承継にはおもに、次の3つの形があります。
1. 親族内での承継
2. 役員・従業員への承継
3. M&Aで社外の第三者への承継
1. 親族内での承継
多くの経営者の方は、後継者としてまず子どもを候補者に考えることでしょう。自分の子どもに会社を託したい、財産を残したいという思いはよくわかります。それが難しいなら孫や配偶者、娘婿などの親族を候補者に考えるかもしれません。
親族内承継のメリットとデメリットとしては、次のことがあげられます。
〈メリット〉
・早い段階から後継者教育を行うことができる
・相続等により会社の株式や財産の所有と経営の分離を防いで一体的な承継ができる
・取引先や顧客、金融機関、社員などのステークホルダー(利害関係者)から理解を得やすい
・経営者は事業承継後もオーナーとしての地位を維持できる
〈デメリット〉
・経営者としての資質、適性のある子ども・親族がいるとは限らない
・銀行の個人保証や担保も引き継がせてしまう場合がある
・子どもなどに「継がせる不幸」になってしまう可能性がある
社内から後継者を選ぶメリットとデメリットは?
2. 役員・従業員への承継
子どもなどの親族に会社を引き継がせることができない、引き継がせないとしたなら、次の候補として会社の役員や従業員への承継を考える経営者の方もいらっしゃるでしょう。
社内から後継者を選ぶなら、いわゆる右腕として経営者を支えてきた幹部役員や有望な若手社員、あるいはスタートアップ企業などでは共同経営者も候補となります。
役員・従業員への承継のメリットとデメリットとしては、次のことがあげられます。
〈メリット〉
・会社と事業のことをよく理解している人材に承継することができる
・社長の経営方針や企業文化などを変えることなく一貫性を保持しやすい
〈デメリット〉
・後継候補者に経営能力があっても会社の株式を取得するための資金力がない場合がある
・銀行への個人保証や担保の引き継ぎができない場合がある
3. M&Aで社外の第三者への承継
子どもなどの親族や従業員に後継者候補がいない場合、M&Aによって社外の第三者、つまり譲り受け企業に譲渡(売却)して事業承継を行うという選択があります。
M&Aによる事業承継のメリットとデメリットとしては、次のことがあげられます。
〈メリット〉
・後継者(譲渡先企業)を親族間や社内ではなく、広く外部に求めることができる
・オーナー経営者は創業者利益を得ることができる
・銀行への個人保証や担保の提供から解放される
・会社は継続し、さらに成長させていくことも可能になる
〈デメリット〉
・希望に合った相手を自力で見つけて、交渉していくのは難しい
・M&A後のPMI(企業同士の文化やシステムも含めた経営統合)に時間がかかる場合がある
・従業員の離脱、退職が起きる場合がある
・ステークホルダーの理解をすぐに得られない場合もある
経営者人生に終わりがあるように、会社自体にも寿命があります。以前は、会社の寿命は30年といわれた時代がありました。これは、1983(昭和58)年に発行された雑誌『日経ビジネス』の記事が元になっているといわれていますが、実際のところ、現在では会社の寿命はさらに短くなっているようです。
東京商工リサーチが公表しているデータによると、2022年の全国の企業倒産件数(負債1000万円以上)は6428件で、平均寿命は23.3年(前年は23.8年)。産業別で見ると、最長が製造業の35.7年(前年36.3年)、次いで卸売業27.9年(同28.6年)、運輸業26.2年(同24.1年)、小売業23.9年(同23.1年)、農・林・漁・鉱業23.1年(同20.3年)、最短は金融.保険業の12.5年(同15.7年)になっています。
企業の終身雇用が崩壊したことによって、新卒で働き始めた人が40年弱働き続ける保証がなくなったことも要因かもしれません。
後継者難による倒産も増えていく?
また、後継者不在のために「後継者難倒産」に至るケースも出てきています。帝国データバンクのデータでは、2023年の後継者難倒産の件数は564件で、前年の476件から18.5%増加しています。今後ますます増加していくことが懸念されています。
後継者難倒産の理由としては、次のケースがあげられています。
・経営状況が厳しく後継者が事業承継をためらった
・経営者の病気や死亡
・後継者が引き継いだものの、事業継続が困難になった
・後継者の育成がうまくいかず、承継完了が間に合わなかった
これらの理由を見ると、倒産する前に経営者の方ができたはずのこと、するべきだったことが見えてきます。それは将来の事業承継を見据えて早目に準備を進めること、そしてM&Aを上手に活用して事業承継を成功のうちに完了することです。会社を継がせると決めたなら、早目の準備が欠かせないのです。
(芳子 ビューエル : アルトスター代表取締役、北欧流ワークライフデザイナー)