「幸せ」「生きがい」は何で決まるか(写真:Pangaea/PIXTA)

人は先のことばかりくよくよと思い悩み、その結果、今の自分の選択を後悔することがたびたびある。

UCLAアンダーソン・スクール・オブ・マネジメント心理学教授のハル・ハーシュフィールドは、「幸せな人生」をつくるために、「ときどき“現在”という時間に身を任せるべきだ」と言う。彼の著書『THINK FUTURE「未来」から逆算する生き方』は、全米でベストセラーになっている。

たとえば、多くの人は将来の不安を解消するため「お金」の重要性を過大評価するのだ。人生の早いうちに経済的に自立した人生を送ろうと、今の生活をギリギリまで切り詰めたりする。

もちろんお金は重要だ。しかし、幸せのためには、いったい何を本当に大切にすべきなのだろうか。

本書の日本語版へ解説を寄稿した起業家のけんすう氏と担当編集者である箕輪厚介氏は、この点において皆が誤解している盲点があるという。全4回でお届けする最終回だ。

前回の記事はこちら。
第1回:「40歳までには死んでる」と見積った若者の盲点
第2回:人生設計「30年後に年収5000万円」の壮大な勘違い
第3回:「やりたいことをやる人生」に隠された落とし穴

自分を「洗脳」する技術


けんすう:当たり前かもしれないけど、著者から「原稿できました。読んでください」って来たら、箕輪さんはソッコーでレスを返しますよね。

箕輪厚介(以下、箕輪):それは「やらなくちゃいけない」って思ってないんですよ。

けんすう:原稿チェックも「やりたいこと」なんですか?

箕輪:まず自分を洗脳するんです。ちょっとでも「やんなくちゃいけないな、嫌だな」って思ったら1〜3分くらい自分の脳内でストーリーをつくって「やりたい」と思い込む。

けんすう:おもしろいですね。

箕輪:今も、ある女性の写真集を手がけているところなんですけど、その人に「動画も撮ってほしい」って言われて、正直、面倒だなって思ったんですよ。でも断るのもどうかなと考え直して、「たしかに面倒だけど、ここで動画を撮って、写真集だけど動画でもマネタイズするという新しいビジネスモデルを確立したら、ゆくゆく“これを最初に仕掛けたのは箕輪さんだ”って言われるだろうから、ま、いっか、やるか」みたいなストーリーを自分の脳内で再生して。まだ少し面倒くさいから洗脳しきれていないんだけど、嫌々やった仕事で成功した経験がないんで、どうにか「やりたかったんだ」って自分に思い込ませます。

けんすう:たしかに、嫌々やっても成果が出づらいですよね。

「明日こそサボろう」と言って毎日続ける

箕輪:けんすうさんは、そういうときどうしてるんですか?

けんすう:僕は、そもそも「やりたくない仕事」が9割ぐらいだと思っていて、毎日、記事を書くのも本当は面倒くさい。そこは「今日だけがんばる」っていうルールでやっています。「今日だけ記事を書いて、明日はサボろう」って思いながら毎日書いてる。

箕輪:「明日サボろう」と思ってるのに、実際、サボらないのはなんでですか? 僕だったら「明日サボろう」って思ったら、絶対、サボっちゃうけど。

けんすう:うーん、翌日もやりたくないんだけど、やっぱり「明日サボろう」って思って書いてますね。

箕輪:すごいですね。

けんすう9割やりたくないことをやってるから、1割のすごくいいことがやってくるみたいな感覚があるかもしれない。

箕輪:なるほどね。「やりたいことしかやりたくない」って思ってる人も多いでしょうけど、僕からすると、「やりたいことだけやって幸せか?」っていう話です。今の僕は、毎日、サウナに入っておいしいご飯食べてっていう生活だけど、それしかないのも地獄っちゃ地獄なの。

けんすう:ああ〜、さっき言ってた抑圧と解放の話ですか。おもしろいですね。でも、多くの人はやりたいことだけやって生きられるようになりたいと思ってるわけで。

箕輪:僕もすごいそうなりたいと思ってましたよ、貧乏時代は。あのころに戻りたいとは思わないけど、じゃあ、やりたいことしかスケジュールにないのが幸せかっていうと、そうでもないという、これは人類永遠の悩みです。

けんすう:じゃあ、人類は幸せになれないってことなのか……。やっぱり、ある程度の目標に向かって、充実感も楽しいこともあれば、つらいことも苦しいこともあるっていう状態じゃないと幸せを感じないんですかね。

箕輪:そうですね。あと、意外と毎日のルーティンも大事だと思いますね。といっても僕はないんだけど(笑)、たとえば「朝10分だけでも筋トレをする」とか「30分だけでも原稿を書く」とかあるだけで、そこからの解放で幸せを感じやすくなるんじゃないですか。

お金がたくさんあっても幸せになれない?

箕輪:けんすうさんは、淡々と日々を送っている印象がありますけど、どうですか?

けんすう:抑圧と解放でいったら、抑圧を感じ続けていますね(笑)。前の会社を辞めて起業したときも、まとめて休みを取るわけでもなく、土日を挟んだだけだったし。

箕輪:やば!

けんすう:たぶん箕輪さんと同じで、毎日ダラダラしたら不幸せになるっていうのがわかってて、それが怖かったんでしょうね。好きなことだけやったら、すごい不幸になるんだろうなっていう感覚がある。お金だって、たくさん入ってくるようになった瞬間に感じたのは、「別にこれで幸せになれるわけじゃないな」だったし。お金がたくさんあると、たとえば吉野家の牛丼と3万円の寿司が並列になるんですよね。

箕輪:わかる。ただの数字になるんですよね。

けんすう:そうそう。お金がなければ牛丼一択だけど、お金があると、どっちを選んでもいいから、どちらかに決めなくちゃいけないっていう意思決定のストレスが生まれるわけです。この究極がイーロン・マスクなんですよ。

イーロン・マスクは1億円拾うかどうかで悩む

けんすう:僕たちは自動販売機の下に100円落としたら拾うかどうか迷いますよね。手が汚れるかもしれないし、擦り傷ができるかもしれない。そうまでして拾うか、それは嫌だから拾わないか。それがイーロン・マスクの場合は計算上、1億円くらいになっちゃうらしいんです。

1億円、僕たちだったら迷わず拾うけど、イーロン・マスクくらいのお金持ちだと拾っても拾わなくてもいいから、「拾ったら1億円は戻るけど、拾う時間がもったいないかも」とか考えて、拾うかどうかを決めなくちゃいけないっていうストレスが生じる。

箕輪:なるほど、1秒に1億円ずつ資産が増えるような人だったら、そうなるよね。この話に共感するのはイーロン本人ぐらいだと思うけど(笑)。

もし僕がけんすうさんくらいお金がガンと入ってきたら、まず配るだろうな。

けんすう:それ、たぶんそうそうできないと思いますよ。お金ってパワーじゃないですか。このパワーは使うと減るんです。たとえば100億円の貯金が95億円に減ったとすると、「まだ95億円もある」みたいには思えなくて、「5%も減ってしまった」とうつになる。なぜならその調子で使っていったら、絶対にゼロになるってわかるから。

箕輪:なるほど。金額よりも、上向きか下向きかっていうベクトルの向きが重要なのか。

けんすう:そうそう。結果、お金持ちがお金を使えなくなるっていうジレンマが生まれちゃうんですよ。ただ、やっぱり「持っていてもしょうがない」という気持ちも生まれるので、じゃあ、何に使うのっていうと、もう人のために使うくらいしか思いつかなくなる。お金持ちがなにか財団をつくって慈善事業を始めるのは、そういうことだと思います。消費ではお金というパワーが減るだけだけど、いいことに使えば「社会の富」が増えるっていう感覚になれるから、たぶん使えるんですよね。

お金以外の理由で働けることが「幸せ」

箕輪:無作為に人に配るだけじゃ、その感覚にはなれないか。たしかに、何かしらの相乗効果がないと時間もお金も使えない。まさに「人の幸せとは……?」ですね。僕のまわりを見ていても、もはやお金じゃない理由で働いている人ばかりですよ。世の中よくしたいんだな、みんな。


けんすう:そういう目的でもないと、もうがんばれない。だから、漫画とか海外ドラマでよく見る、超お金持ちの人がデスゲームを仕掛けるみたいなストーリーって、たぶん現実にはありえなくて、逆方向に行くでしょうね。めちゃくちゃ非道なことをするのではなく、めちゃくちゃいいことをしないと欲望が満たされなくなるんじゃないかな。

箕輪:それはありますね。僕は別にお金持ちじゃないけど、目標のメモには「目の前の仕事と関わった人を大切にするのが一番リターンは大きい」って書いてある。そうなっていきますよね、最終的には。

けんすう:わかります。僕も、常に目標のトップにあるのは「人に優しくする」こと。なるべくいろんな人に優しくしようと思ってますね。箕輪さんと話してみても思ったけど、結局、やらなくちゃいけないことも、さも事もなげに自分をコントロールしてやる人が成功するし、そうして富を積み上げた先に行き着くのは「人に優しく」なんだな。

(第4回終わり)

(構成:福島結実子)

(けんすう : 起業家、投資家)
(箕輪 厚介 : 編集者)