売上が不安になってくると、つい営業時間を延ばしてしまうが……(画像:Graphs/PIXTA)

営業時間を増やせば、売上高は増えますが、利益が伴うとはかぎりません。サービス業や飲食業など各業種のオーナーが悩んだ末に、休日を増やしたり営業時間を短縮しながら利益を上げたケースを『顧客の数だけ、見ればいい』から一部抜粋・再構成のうえご紹介します。

長時間営業という「逃げ」

「以前はくたくたになるまで仕事をして、疲れきるまでやってこそ仕事だと思っていた」こう語るのは、新潟県五泉市にある食品スーパー「エスマート」店主・鈴木紀夫さんです。

この言葉に、胸がチクリと痛くなる人は多いと思います。

明日の売上が見えないと、我々はどうするか。その一番単純な答えが「もっと働く」です。

たとえば店舗なら、営業時間を延長する。20時閉店だったものを22時閉店にする。挙句の果てには24時間営業にする。

そうすれば、確かに売上は増えるでしょう。「売上が上がらない」という不安からも、一時的には逃れられるでしょう。でも、人件費を考えたら全然儲からなかったりもしますし、何より、自分が疲弊してしまいます。つらい事実ですが、長時間労働は「逃げ」になってしまうのです。

そんなことは、鈴木さんもわかっていたことでしょう。しかし、自店は50坪弱のミニスーパー。少し車を走らせれば、10倍以上の規模のスーパーがたくさんあります。品揃えでは比較になりません。そこに負けないためにはせめて店は開けないと、と年中無休。朝は7時30分に開けて、閉店は20時。休みもない毎日でした。

営業時間を減らしたら、売上が上がった!

しかし鈴木さんは、その後「別の世界」の存在に気がつきました。競合や売上を見るのではなく、「顧客の数」を見るビジネスの世界です。そして、やり方を180度変えたのです。

そのやり方でビジネスを営み、しばらく経ったころ、鈴木さんは店休日と営業時間の問題に着手しました。まず、朝7時30分からだった営業時間を、9時からに短縮しました。

さらに、年中無休だったところ、毎週水曜日を定休日に。これは、毎日営業していることが当たり前のスーパーでは、極めて勇気のいることでした。

なぜ、それができたのか。そのころにはすでに、エスマートには確実な「顧客数」があったからです。

エスマートの店内には店主が目利きした品が並び、店内のあちこちには読むだけで楽しいPOP(店頭販促物)が貼られています。そして、行くたびに新しい情報に出合えます。店内には楽しそうなおしゃべりの声や、笑い声が絶えません。だから、エスマートには熱狂的なファンが数多くいるのです。

「私、週末にここに来る楽しみがあるから、1週間つらい仕事を頑張れるんです」といった言葉をいただくこともあるそうです。

しかし、それだけ支持されているからこそ、営業時間や営業日を減らすのは大きな決断だったと思います。結果は、どうなったのでしょうか。

営業時間を減らすことで売上が減るどころか、むしろ伸びたのです。

その後エスマートでは、毎週火曜と水曜の完全週休2日になり、2024年3月からは、なんと週休3日になっています。しかし、売上・利益ともに過去最高を更新し続けているのです。

単なる「客」と「顧客」は違うものです。「客数」を増やしたかったら営業時間を延ばせばいいのですが、「顧客」を増やすためには、実は営業時間は関係ありません。

逆に言えば、一定以上の「顧客数」があれば、営業時間を増やす必要はない、むしろ減らしても問題ない、ということです。

「忙しい自分」に依存していないか

昨今は、「長時間労働は悪だ」と言われることが多くなっています。私自身は、すべての長時間労働が絶対に悪だとは思っていません。どうしても切りのいいところまで終わらせたいこともあるでしょうし、仕事が面白くてつい徹夜してしまうことだってあるでしょう。でも、売上の不安から逃れるために、長時間労働に逃げてしまっていたとしたら?

「飲食業は、売上が不安になってくると、つい営業時間を延ばしてしまうんです」

こう語るのは、都内で飲食店を数店経営するティナズダイニング社長・林育夫さんです。

シェフである林さんはご自身も日々、お店に立ってきました。林さんは言います。

「ある飲食店の専門雑誌にも、成功事例として、『お店はお客さんが来るまでに開ける。帰るまで開け続けること』と書いてありました。僕は朝10時半から次の日の朝6時まで働く日が増えました。売上はわずかに増えても利益は少ないまま。50歳を過ぎて体力的には限界に達しようとしていました」

体力的にはもう限界。しかし当時の林さんはまだ、それ以外の世界があることを知りませんでした。

長時間労働について、先ほどのエスマート・鈴木さんはこうも言います。

「以前、仕事がつまらなかったころを振り返ると、そんな自分を正当化するために、年中無休で働いていた。そうすることでこんなに頑張っているんだから、と自分を正当化していたようにも思います」

恐ろしいのは、「共依存」の関係に気づけないこと

そう、人は仕事が楽しくて長時間労働をすることもあれば、仕事がつまらなくて長時間労働をすることもあるのです。


よく言われる「共依存」というものがあります。特定の人物同士が依存し合っている状態を指す言葉で、たとえば、相手の収入に依存して働こうとしないパートナーに対して「自分がしっかりしなくてはダメだ」と思い込み、周囲のアドバイスも聞かずに関係を解消しようとしない例などがよく、共依存の例として挙げられます。依存されているほうも、「自分は依存されている」ということに依存している、ということです。

「売上の不安から長時間労働をしている人」というのは、仕事に依存している、あるいは「一生懸命働いている自分に依存している」という意味で、共依存の関係なのかもしれません。

だとしたら、本当に恐ろしいのは、その状態にいることになかなか気がつけないこと。しかし希望は今、自分はそうかもしれないと一度気づけば、そして、その必要はないことに気づきさえすれば、鈴木さんや林さんがそうだったように、目の前には「別の世界」が広がっていることにもまた、気づけることです。

(小阪 裕司 : オラクルひと・しくみ研究所 代表/博士(情報学))