写真提供:ZUMA Press/日刊工業新聞/共同通信イメージズ


 デジタル技術やAIの台頭など、変化が激しく不確実性の高い時代において、今、多くの企業で「パーパス経営」が注目されている。こうした「同じ経営理念やパーパスを信じる人たちが共に行動する」という理想的な民間企業の姿は、見方によっては「宗教」にも通底する部分があると言えるのではないか。本連載では『宗教を学べば経営がわかる』(池上彰・入山章栄著/文春新書)から、内容の一部を抜粋・再編集。世界の宗教事情に詳しいジャーナリスト・池上彰氏と、経営学者・入山章栄氏が、宗教の視点からビジネスや経営の在り方を考える。

 第3回は、「宗教化」する企業の事例を紹介。アウトドア用品メーカーのスノーピークやバイオテクノロジー企業のユーグレナなど、崇高なビジョン、理念を持った企業が特に若者の間でカリスマ的な人気を集めている現象について考察する。

<連載ラインアップ>
■第1回 なぜ不可能の連続を成し遂げられるのか?ソフトバンク・孫正義氏の「センスメイキング」とは
■第2回 「今の日本にはイノベーションが足りない」、ホンダ、ソニー、アップルが行っていた「知の探索」はなぜ重要か?
■第3回 スノーピークやユーグレナにはなぜ熱狂的ファンが集まるのか? いい意味で"宗教的な"企業が増えている理由(本稿)
■第4回 松下幸之助、本田宗一郎、稲盛和夫…「お金のためだけじゃない」経営は、なぜ長期的に企業を成長させるのか?
■第5回 アメリカ企業のCEOは、なぜ破格の年俸をもらっても周囲から妬まれないのか?

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「創造性は移動距離に比例する」

『』(文藝春秋)


入山 「ゴーゴーカレー」っていう金沢発祥のチェーンがありますよね。日本で二番目に大きいカレーチェーンで、レトルトカレーや学校給食にも進出し、ニューヨークなど海外でも店舗を展開しています。

 創業者の宮森宏和さんという方と私は親しいんです。彼の名言があって、私はこれが大好きなんですが、いわく「創造性は移動距離に比例する」。

「知の探索」とは要するに人間の認知の幅を広げることで、いちばん手っ取り早い手段は、自分自身を遠くに移動させることなんです。実際、私の知っている優れたビジネスリーダーたちは、本当にいろんな場所へ移動します。かくいう池上さんも、取材で世界を飛び回っていらっしゃると思います。これって大事なことですよね?

池上 そうですね。別の場所に移動することで得られる発想力は、間違いなくあります。

入山 宮森さんは、ニューヨークにいたかと思うと、インドにいたりする。一時期は、ゴーゴーカレーをインドに出店するということも考えたらしいんです。

 金沢がルーツのカレーがインドに出ていくという謎の展開なんですよ(笑)。で、「入山先生、僕、いま、インドで準備してるんです」なんて連絡が来る。「大丈夫か、この人」って思うときもあるんですけど。

池上 でも、その行動力や情熱って、迫力がありますよね。インドに出店するビジョンにしても、訳のわからない面もあるけれど、夢がある。それこそ周りの人たちを「腹落ち」させられるんじゃないですか。

入山 まさに、そうだと思います。

これからの企業は「宗教化」する

入山 日本企業の多くが「知の深化」に偏っているというお話をしましたが、そうなると目の前で短期的な利益が上がるだけで、イノベーションも起きないし、働いている人は息苦しいと思うんですね。

 社会が成熟する中で、若い人たちはお金以外の価値を求めている。終身雇用制という前提が崩れた社会では、いろいろな人材が自由に動くようになり、「この会社のカルチャーが好きだ」「この人と働きたい」といった感覚で職場を選ぶことが増えています。

 だからこそ、経営者が、社員を「うちの会社はこういう方向でやるんだ」と腹落ちさせるセンスメイキングがますます重要になっているんです。こうした変化を受けて、最近の日本では、いい意味で「宗教的」な会社が出てきていると思います。たとえば、アウトドア用品で知られているスノーピーク。

池上 ああ、しばらく前に社長の交代劇があった…。

入山 そうでしたね。ここはある意味「スノーピーク教」なんです。ここは従業員だけでなく、熱心なお客も自分たちを「スノーピーカー」って呼ぶんです。創業者を崇拝しているとかではなくて、みんなスノーピークの製品やコンセプトの圧倒的なファンなんです。

 結果的にみんなの方向性が揃っているから、面白い仕組みができて、新潟県三条市にある本社は観光地としても整備されている素敵なところで、ここをお客さんが訪ねることを「聖地巡礼」と呼んでいます(笑)。

池上 楽しんでやっている感じですね。

入山 はい。今後、こうした「企業の宗教化」が増えていくと思うんです。単なる金儲けではなくて、人の心を満たしてくれるような新しいビジネス、新しい組織がたくさん出てくるんじゃないか。

 仕事のAI化が進むことで、それまで忙しく働いていた人たちが「なんでこんな大変なことをやらなきゃいけないんだっけ」と思うようになり、さらに「なんで私は生きているのか」と考えるようになるでしょう。そうすると、これからは、経営者のビジョンや理念に惹かれる人たちが社員や顧客になる会社がますます、伸びていくだろうと私は考えています。

 これはある意味で宗教と同じなんですね。宗教を悪い意味で言っているわけではなく、これからのいい会社はより宗教化していくのは間違いないと思っているんです。

若者を集める宗教的ベンチャー企業

池上 スノーピーク以外にも日本にそのような会社はありますか。

入山 たとえばわかりやすいのは、バイオテクノロジー企業のユーグレナですね。「人と地球を健康にする」という教義を掲げた宗教のような存在と解釈することもできます。

 社長の出雲充さんに惹かれて、既存の会社に満足できない若い人たちが「この会社は素敵だ」「これを信じれば自分の心が救われるかもしれない」という思いを抱いています。

 この会社はまだ業績が苦しいこともあるのですが、上場企業でなんと株主の六割以上が個人株主です。ユーグレナの思想が好きだという圧倒的なファンが株を買い、製品を買い、ここで働きたいと応募してくるんです。

 世界的に若者の宗教離れが進んでいるそうですが、その一方で宗教的なベンチャー企業が若者を集めているというわけです。

池上 なるほど。

入山 いま、キリスト教など世界的に、若者の宗教離れが進んでいますよね。宗教学者の島田裕巳さんによれば、高度経済成長期に発展した日本の新宗教は会員が高齢化し、信者数が激減しているそうです。また、ヨーロッパやアメリカでは無宗教の人が増え、日曜のミサや礼拝に通う人が減って、キリスト教の教会の経営が成り立たなくなり、モスクに売却することもあるといいます。

 これは、既存の宗教団体が、「いかに生きるか」を問う若者の受け皿となりえていないのだと思います。つまり、伝統的な宗教では、若者たちをセンスメイキングできない部分が出てきている。

 それに代わる存在として、新しい宗教が出てくるという考えもありますが、実は私は、崇高なビジョン、理念を掲げた「宗教的な企業・ベンチャー」が宗教の代わりを果たしだしているのだと理解しています。

 何もかもが流動的で、先の見えない時代の中で、日本ならスノーピークやユーグレナが掲げるようなビジョン、理念に救いを感じる若者は、さらに増えていくでしょう。伝統的な宗教から信者が離れているのであれば、逆に民間企業の宗教化が進むのは、ある意味では必然なんですね。

<連載ラインアップ>
■第1回 なぜ不可能の連続を成し遂げられるのか?ソフトバンク・孫正義氏の「センスメイキング」とは
■第2回 「今の日本にはイノベーションが足りない」、ホンダ、ソニー、アップルが行っていた「知の探索」はなぜ重要か?
■第3回 スノーピークやユーグレナにはなぜ熱狂的ファンが集まるのか? いい意味で"宗教的な"企業が増えている理由(本稿)
■第4回 松下幸之助、本田宗一郎、稲盛和夫…「お金のためだけじゃない」経営は、なぜ長期的に企業を成長させるのか?
■第5回 アメリカ企業のCEOは、なぜ破格の年俸をもらっても周囲から妬まれないのか?

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筆者:池上 彰,入山 章栄