衆議院議員選挙の党首討論会に臨む石破茂首相(2024年10月12日)。時事通信

石破茂首相の持論である「核共有」が物議を醸している。

10月11日にノーベル平和賞の受賞が決まった日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の代表らが、記者会見でこぞって石破首相の「核共有」論に怒りを表明している。

折しも、石破氏は、自民党総裁選最中にアメリカのハドソン研究所に寄稿した論考の中で、「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」の必要性を訴えるとともに、「アジア版NATOにおいても米国の核シェアや核の持ち込みも具体的に検討せねばならない」と主張して、国際的な波紋を呼んでいた。

「核共有」(ニュークリア・シェアリング)は、北大西洋条約機構(NATO)のヨーロッパ側加盟国の一部とアメリカが冷戦時代以来、取っている体制に関して使われる用語だ。

アメリカ科学者連合(FAS)の調べによると、2024年現在、アメリカがヨーロッパに配備している約100発の核爆弾(非戦略核)のうち、ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダの4カ国に15発ほどずつ配備されている計約60発が「核共有」状態にあるという(次ページ表参照)。

4カ国のパイロットが自国の核・通常兵器両用航空機(DCA)で模擬投下訓練を定期的にアメリカ側から受けていて、核戦争の際には実弾を投下する仕組みだ。

日本がこれを導入すれば、自衛隊のパイロットが同様の訓練を受けることになる。

そもそも「核共有」とは何か

核兵器の非核兵器国への移譲は、核不拡散条約(NPT) 第1条および第2条で禁じられている。だが、ヨーロッパ配備のこれらの核兵器は、普段はアメリカの管理下に置かれており、核戦争が始まったら、条約はご破算になるからこのシステムに問題はないというのがアメリカ(およびNATO諸国)の主張だ。

NPT草案の交渉において、以前からヨーロッパのNATO諸国に配備されていたアメリカの核兵器に関するアメリカ側の主張を、旧ソ連が受け入れたという経緯がある。この仕組みによって旧西ドイツなどの独自核武装を防ぎたいという点で米ソ双方の利害が一致したのだ。つまり、核共有は核拡散防止のための方便だったのだ。

1960年代初頭には、「多角的[複数国間]核戦力(Multilateral Force=MLF)」を創設するとの構想もあった(矢田部厚彦著『核兵器不拡散条約論』)。

核弾頭付きのポラリス・ミサイル(アメリカが開発した潜水艦発射弾道ミサイル)を潜水艦や水上艦に装備し、これをNATO諸国の「共同所有・共同管理下」に置いて、複数国の乗員で運用するというものだ。だが、運用の複雑さなどから、最終的にはNPT草案の交渉の中で放棄された。

生き残った「核共有」システムでは、核使用の準備も搭載も離陸もアメリカの承認が前提となる。投下の決定を下すのはアメリカ大統領だ。4カ国が勝手に「共有核」を使うことはできない。

日本に核共有が導入されることになると、NPT発効以後に実施されるまれなケースとなる(2022年以来、ロシアの核兵器をベラルーシに配備して核共有体制に置くという計画について両国首脳が語ってきているが、実際の配備は確認されていない)。

多くの国から、NPTに違反、あるいは、少なくともNPTの精神に反するものだとの批判の声が上がるだろう。

そもそも、NATOの核共有を正当化するアメリカの論理を批判する国は少なくない。例えば、1999年には批判派が国連総会に出した決議案に、「NPTの各条項は、各加盟国に対して、常に、いかなる状況においても拘束力を持つ」との文言が入れられ、これが可決されている(賛成111、反対13、棄権39。日本は棄権)。

ましてや、新たな導入となると、日本が独自に国是として宣言している非核三原則に違反するというのとは次元が異なる話だ。


防衛省防衛研究所所長も務めた郄見澤將林・元軍縮会議日本政府代表部大使も、2022年に共著『核兵器について、本音で話そう』の中で、「NATOと同じような形でのシェアリングをすると、恐らくNPT的な説明としてはなかなか抜け道がないんじゃないか」と述べている。

核共有は冷戦初期の発想の遺物

冷戦時代の当初、旧ソ連を中心としたワルシャワ条約機構(WTO)の圧倒的通常兵力に対抗するためとして1954年から核砲弾、核爆弾、短距離ミサイル、核地雷などアメリカ軍のさまざまな核兵器のヨーロッパへの配備が進められ、1971年には約7300発を数えてピークに達した。

西側に侵攻してくる旧ソ連の戦車を短距離ミサイルや核砲弾で狙う、侵入後も西側領土内で核砲弾や核地雷により破壊するなどという乱暴な発想だ。冷戦終焉時には約4000発だったこれらの地上配備核は、1991年にブッシュ(父)大統領が発表した一方的核削減措置で、空中発射式核爆弾700発を除き撤去されることになった。ソ連側に同様の行為を呼びかけるためだ。

現在、ヨーロッパに配備されて核共有状態にある60発と残りの40発は冷戦初期の発想の遺物なのだ(ギリシャの共有核は2001年に撤去、イギリス配備のアメリカ軍用核爆弾も2008年までに撤去された)。1999年のNATOの「戦略概念」は、ヨーロッパに配備されているアメリカの戦術核兵器は、NATOの「ヨーロッパ側と北アメリカ側の加盟国の間の不可欠の政治的・軍事的リンク」だと述べている。つまり、きずなの証し、象徴というわけだ。

近年、核共有論が脚光を浴びるようになったきっかけは、ロシアによるウクライナ侵攻だった。

侵攻直後の2022年2月27日のフジテレビの番組で、安倍晋三元首相が日本もアメリカの核兵器の「核共有」の導入を検討すべきと発言した。これに呼応して、石破氏も同3月7日のテレビ番組(ABEMA Prime)でやはりロシアのウクライナ侵攻に危機感を示しながら、核共有論を展開した。

前提として、ウクライナが世界第3位の核保有国だったのに核を放棄したから今ロシアに侵略されているという趣旨の主張がされている。

しかし、ウクライナには旧ソ連の核が配備されていただけで、ウクライナが所有していたわけでも、使用できる状態にあったわけでもない。ウクライナがロシアへの搬出を拒んでいれば、ロシアが力ずくで「回収」していた可能性もある。

アメリカ政府高官「核共有を望まず」

自民党では、安全保障調査会(会長・小野寺五典元防衛相=当時)が安倍発言から約3週間後の2022年3月16日に核共有問題について勉強会を開いた。

毎日新聞の同日の報道によると、NATOの核共有に詳しい岩間陽子・政策研究大学院大学教授と神保謙・慶応義塾大学教授の講演で、配備された核が最初の攻撃対象となるなどの説明を受け、調査会として、「核共有は日本にはなじまない」との結論に達したという。


石破茂氏は、自民党総裁選のさなかに、アメリカの研究所のウェブサイトに「核共有」に関する論考を寄稿した(撮影:尾形文繁)

また、2023年9月13日、アメリカ訪問中の立憲民主党の泉健太代表(当時)が、前日にキン・モイ国務次官補代理(東アジア・太平洋担当)から「日本と韓国における米国の核共有は非現実〔的〕であり、米国は望んでいない」と伝えられたことを明らかにしている(「米、日本と「核共有」望まず 国務省幹部、泉立民代表に伝達」。時事通信2023年9月14日。化〔〕は筆者が加筆)。軍事的必要性もなく政治的コストが高いからだ。

しかし、残念ながら、このような日本の専門家やアメリカの政府高官の発言は、石破氏の持論に影響を与えなかったようだ。

石破氏は、今年9月16日、自民党総裁選のネット討論会で「持ち込みなしの核共有」が可能だという、次のような意味不明の主張をしている。

「核共有っていうのは意思決定の過程を共有しましょうってことですから、非核三原則に触れるものでも基本的にはないということで。この話はもう少し真面目にしなきゃいかんですよ。核攻撃を受けた国であるだけに」

これは、非核三原則を見直すべきという石破氏の長年の主張と矛盾する話だ。

石破氏は、例えば、2017年9月6日のテレビ朝日の番組で、アメリカの核の傘で守ってもらいながら「持たず、作らず、持ち込ませず、議論もせず」でいいのか、と問いかけ、持ち込みを前提に、核共有も含めて議論をすべきと訴えて注目された。

実は、石破氏は、2023年12月15日の衆議院予算委員会でも、「持ち込みなしの核共有」について、次のような持論を展開し、岸田文雄首相(当時)に考えを聞いている。

「核共有というのは、核兵器を共有することでもない。管理権を共有することでもない。そして、使用の決定を共有するものでもない。共有するものは何か。核抑止によるリスク、効果、それを共有するのであり、意思決定に至るプロセスを共有する。それがニュークリア・シェアリングの本質だと私は思っているし、非核三原則に抵触しない形でもそれは可能なものだと思っています」

岸田氏は、「核共有については、非核三原則や原子力基本法をはじめとする法体系との関係からは認められず、政府として議論することは考えていない」と応じた。

石破氏はなぜ矛盾する発言をしたのか?

恐らく、石破氏の頭の中にはNATOの次のような体制のことがあったのだろう。

すなわちNATO加盟国(現在32カ国)は、核の主権にこだわるフランスを除いて、すべてが「核計画グループ(NPG)」と呼ばれるものに参加しており、核抑止の状況および活用に関する継続的な協議・決定に関わっている。つまり、前述の4カ国以外のヨーロッパの加盟国は自国に核配備を受け入れておらず、その意味で核共有自体には参加していないが、核協議には参加しているのだ。言い換えると、「核共有なしの核協議参加」だ。

日本で言えば、日本にアメリカの核兵器を持ち込まない状態で、「核共有なしの核協議参加」はできる。だが、「核兵器を日本に配備しておいて、いざとなったらそれを使うという体制」を整えなければ、核共有は成立し得ない。

要するに、総裁選時や岸田首相(当時)とのやり取りで石破氏が唱えたのは、核共有という言葉の普通の使い方に従えば、「持ち込みなし・核共有なしの核協議参加」のようだ。簡単に言えば、アメリカとの核協議をもっと強化すべきだという話になる。

しかし、不思議なのは、石破氏が短期間で矛盾した主張をしている点だ。

9月16日の討論会で「持ち込みなし」の核共有は非核三原則に抵触しないから導入を検討すべきだと言っておいて、9月20日ごろにハドソン研究所から寄稿依頼を受けて送った論考では、「持ち込み」を前提としたアジア版NATOでの核共有を検討すべきだと主張している。概念の整理ができていないということなのだろうか。

アジア版NATOの場合も、中国の抑止を目的とする構想のはずなのに、石破氏はこれに中国も参加してほしいと述べたことがあると、矛盾を指摘する声がある。こちらは、国連のような集団安全保障体制とNATOのような集団的防衛体制(軍事同盟)という2つの概念の混同から来る混乱のようだ。

石破氏は、首相就任後、アジア版NATOや核共有の議論を棚上げにしている。だが、自民党界隈の核共有論は根が深いことに注意する必要がある。

例えば、2012年から2019年まで安倍内閣の官房副長官補(2014年からは国家安全保障局次長兼務)を務めた兼原信克氏や、2014年から2019年まで自衛官の最高位である統合幕僚長を務めた河野克俊氏も核共有推進論者だ。

河野氏は、公益財団法人国家基本問題研究所のコラム(2022年4月4日付)で、今こそ「核共有」の議論を、と提言している。兼原氏は、2022年7月発行の河野氏との対談本『国難に立ち向かう新国防論』で、「海上自衛隊に核戦略潜水艦隊をつくり、海上自衛隊の潜水艦に米軍クルーとアメリカの核兵器を搭載する」核共有を提唱している。前述の多角的核戦力(MLF)の亡霊のような構想だ。

内閣官房参与は「核共有」と核武装を提唱

また、石破茂内閣の内閣官房参与(外交・安全保障担当)に任命された川上高司元拓殖大学教授は、2023年夏に『海外事情2023年7・8月号』(拓殖大学海外事情研究所刊)で、「日本の核シェア――米国の拡大抑止をいかに確保するか――」という論考を発表している。

さらに、川上氏が理事長を務める「日本外交政策学会」は、今年6月20日、理事長名で「戦後最悪の状況、露朝同盟の締結 ――日本には核武装しか選択肢はない!――」と題された小文を掲載している。核共有では「核のボタンを押す権利がない」から、「米国が核を日本に許与して日米安保の枠組みで核武装をする」「イギリス型の核武装」を追求すべきだという。

前半の「核のボタンを押す権利はない」との認識は正しいが、後半の「核武装を追求すべき」という主張は穏やかではない。このような主張をする人物が首相のブレーンであると言われていて、内閣官房参与となっているのは気がかりだ。

10月27日投開票の衆議院選挙の後、自民党内で、アジア版NATO、核共有、日米地位協定改定などについて議論が始められるという。

自民党総裁選後に政務調査会会長に就任した小野寺五典氏は、上述の2022年3月の核共有問題勉強会を安全保障調査会が開いた際の同調査会会長だった。

核共有の是非については、内外の専門家や関係者から情報を集めて共有し、まっとうな結論を出すよう望みたい。

(田窪 雅文 : ウェブサイト「核情報」主宰者)