リングアナ太田真一郎氏インタビュー 中編

(前編:平本蓮が目の前から消えた? 『超RIZIN.3』コール秘話>>)

 リングアナウンサーとして約25年間、選手の闘志と観客の熱狂を「声」で生み出してきた太田真一郎氏。インタビュー中編では、リングアナウンサーという仕事の裏側やRIZINのリハーサルの様子などについて聞いた。


太田氏が初めて名前を聞いた時に驚いたという、イゴール・ボブチャンチン。2000年に行なわれた桜庭和志戦 photo by Sankei Visual

【当初は格闘技に対する熱はなかった】

――太田さんのリングアナウンサーとしてのキャリアはどこからスタートしたんですか?

太田 2000年の『PRIDE GRANDPRIX』の開幕戦(1月30日、東京ドーム)からですね。最初のコールが誰の試合だったのかは思い出せないですが......。

――同年5月に行なわれた同大会の決勝戦2回戦で、伝説の試合として語り継がれる桜庭和志vsホイス・グレイシーがありました。あの試合でリングアナを務めたのも太田さんでしたね。

太田 2回戦から決勝戦までを1日で行なう大会でしたが、なかでもあの試合は90分と、今では考えられない試合時間でした。それでも、面白くてまったく長く感じなかったのを覚えています。あれから24年ですか......時が経つのは早いですね。

――当時は格闘技に対してどのくらい熱量を持っていたんですか?

太田 実は、全然なかったんです(笑)。ある年の会社の新年会で、うちの池田(克明氏/太田氏が所属する青二プロダクション専務取締役 営業制作本部 本部長)から「太田さん、リングアナやってみませんか?」と誘われたんですが......正直、「格闘技は怖い」と思っていました。人が殴り合って血が出るのを見るのがあまり好きじゃなかったので。ただ、仕事としては挑戦してみたかったので、受けることにしました。

――太田さんは当時、『料理の鉄人』(フジテレビ)のレポーターを務めていたので、「福井さん!(福井謙二アナウンサー)」と呼びかけるイメージがあったでしょうね。

太田 そうですね。その映像が名刺代わりになりました。そこからPRIDE、DREAM、RIZINと続いていった。格闘技に関わってきたからこそ、次々と仕事のチャンスをいただけているのは、本当にありがたいことです。

――リングアナを務めるうちに、格闘技に興味を持つようになったんですか?

太田 そうですね。試合を見ていると自然にわかってきますし、PRIDE時代は忙しすぎて試合は見られませんでしたが、今は煽りのVTRもじっくり見られることが多くなりました。格闘界って、本当に大河ドラマのように、深い物語があるので気持ちが入りますよね。

(7月28日に行なわれた)『超RIZIN.3』でも、47歳になった所英男選手がヒロヤ選手に勝ったあと、盟友の金原(正徳)さんに「僕と下痢するまで飲みましょう」と言ったのを聞いて、ふたりの絆にグッとくるものがありました。

【RIZINリハーサルの裏側】

――RIZINの興行は日曜日に行なわれることが多いですが、太田さんは日曜の午前中に放送がある『サンデー・ジャポン』(TBS)のナレーションを担当されていますから、それと重なるのでは?

太田 『サンデー・ジャポン』のナレーションは収録で、土曜日の深夜24時から始まります。そこから2時間ほど仕事をして帰るので、2、3時間くらいは寝られるなという感じです。

――会場には何時くらいに行くんでしょうか。

太田 7月の『超RIZIN.3』は8時半から打ち合わせだったので、8時くらいにはさいたまスーパーアリーナにいました。打ち合わせ後にリハーサルがあって、選手のリングチェックがあって、そして開場となります。

――リハーサルではどこまで本番に近い状態でやるんですか?

太田 オープニングで全選手が入場する場面を1回通してやるくらいです。あとは、リングアナ4人が交代で勝者コールをやる程度ですね。

――その時は、誰の名前をコールするんですか?

太田 以前は、必ず郄田延彦さんをコールしていましたが、最近はうちの若いリングアナの名前にしたりしています。「勝者、○○!」とコールするんですが、誰にも悪影響がないので。

――悪影響とは?

太田 リハーサルではスタッフの方がダミーとして選手役になり、リング上で場当たり的なことをやります。カメラマンの方が、試合をどのアングルから撮影するかをチェックするんです。それで、僕らは勝者コールをするんですが、その日に出場する選手の名前を言いたくないんですよ。

 たとえば『超RIZIN.3』で言えば、リハでは「勝者、平本蓮」と「勝者、朝倉未来」、どちらも言いたくなかった。それが実際の試合の結果に影響することはないでしょうが、ちょっと言霊(ことだま)的なものを感じるんです。リハの時は、選手はまだ会場入りしていないはずですが、もしどちらかの勝者コールをする場合は絶対に聞かれたくないです。

――選手の入場を促す際に、以前は「赤コーナー」「青コーナー」と呼んでいたものが、今では「メインゲート」に変わりましたよね?

太田 そうですね、基本的には「メインゲート」が使われるようになりましたが、個人的には「赤コーナー」、「青コーナー」のほうが好きですね。リズム感がしっくりきますし、「コーナー」という言葉を口にすると、「ここから選手が入ってくるんだ」と、より具体的なイメージが湧くので。

【コール前にやる準備】

――ここ最近、東欧や中央アジアの難しい名前の選手が増えましたよね。ラジャブアリ・シェイドゥラエフ選手、カルシャガ・ダウトベック選手、ビクター・コレスニック選手、イルホム・ノジモフ選手......なかなか覚えられません(笑)。

太田 特にシェイドゥラエフ選手は言いにくいですね。担当になった時は、家で念仏を唱えるように何度も練習します(笑)。PRIDE時代は、イゴール・ボブチャンチンという選手がいて、ファンにはおなじみの選手になりましたが、最初に聞いた時は「ボブチャンチン!?」と驚きましたよ。

――難解な名前だと、最初はアクセントやイントネーションがわからないですよね。

太田 そうなんです。煽りVTRの立木(文彦)さんのナレーションを聞いて「あっ、そんな感じなんだ」と思う時もあります。煽りVの読み方がRIZINのオフィシャルだと思っているので、立木さんと、映像作家の佐藤大輔さんのペアが作るものに準じる感じです。

――そのほか、太田さんの事前準備で必ずやっていることはありますか?

太田 PRIDE時代は、コーナー、身長、体重、選手の名前を言うだけでしたが、それをすべて自分でメモしていましたね。RIZINが始まってからは、すごくきっちりとした選手情報を用意してくれるようになったので、自分で書くことはなくなりました。

 でも、しょこたん(タレントの中川翔子)がコールをした2021年、東京ドーム大会(『RIZIN.28』)のバンタム級トーナメントの時だったと思うんですが......あの大会から選手を紹介する時の文言が増えたので、そこからはまた自分で書くようになりました。自分が強調して言いたい部分の文字を大きくしたり、「ここはひと息で言いたいから小さな文字にして一行で書こう」とか、そういう調整をしています。

――最近の選手コールは、身長・体重、戦績、肩書や異名を言った後に選手名と続きます。昔に比べてかなり長くなったと思いますが、リングアナとしてはいかがですか?

太田 読み手としては、身長・体重、名前だけよりも、情報が多いほうがありがたいです。「南アルプス市出身」(和田竜光選手)とか、「豊橋市出身」(朝倉未来選手、朝倉海選手、井上直樹選手)などは、言いにくくて大変ですけどね(笑)。ただ、少し長いほうが、自分の演出も含めてどう盛り上げるかを考える余地がありますからね。

【好きな格闘家の異名は?】

――以前、中川翔子さんのYouTube『中川翔子の「ヲ」』で選手コールをレクチャーしている際は、「最初から(声を)張って入ると、さらに張るのは大変」「コーナー、身長・体重はちょっと抑えめに言う」と話していましたね。

太田 もちろん、声量がある人はドンドン上げていけばいいと思います。僕はこれまでの経験から、たまたまそういうやり方のほうがいい、となっただけですね。

――誰かに習ったんですか?

太田 いえ、習ったわけではなく、ケイ・グラントさんのコールを見たり、自分で考えたりしました。あとはうちの池田が、もともとUインター(UWFインターナショナル)で仕事をしていたので、「こう言ったほうが盛り上がる」「こう言ってもらうと選手も嬉しい」とか、コールのやり方やお客さんの気持ちを教えてくれた。ケイさんの影響を受けながら今のスタイルを作り上げてきた感じです。

――コールの際に言う異名のなかで、太田さんが個人的に好きなものはありますか?

太田 僕が一番好きなのは、ホベルト・サトシ・ソウザ選手の"カナリア色の大和魂"です。(RIZINの広報担当の)笹原圭一さんが作ったと聞きましたが、あの異名は本当にかっこいい。日系ブラジル人の柔術家であるサトシ選手にぴったりな表現ですよね。

 あとは、所英男選手の"逆境ファイター"や"闘うフリーター"もグッときます。「もうフリーターじゃないだろ」というツッコミもあるでしょうけど、名を上げた時のフリーター感が強く印象に残っていますから。あとは、朝倉未来・海選手の"路上の伝説・兄""路上の伝説・弟"も好きでした。海選手の今の異名は"革命のアウトサイダー"ですが、当時の"ダサかっこいい"感じがよかったですね(笑)。

(後編:「あれ抜きにRIZINは語れない」という対抗戦 リングに上がる選手たちへの思いも語った>>)

【プロフィール】
■太田真一郎(おおた・しんいちろう)

3月20日、神奈川県生まれ。青二プロダクション所属。
テレビ、アニメ、ラジオ、そしてリングアナウンサーとして、さまざまなジャンルで活躍。テレビでは『スッキリ!!』『サンデー・ジャポン』『サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん』など数多くのテレビ番組のナレーションを担当。アニメ『キン肉マン 完璧超人始祖編』ではアナウンサー役を務めている。リングアナウンサーとしても約25年間にわたりPRIDE、DREAM、RIZINなどの格闘技イベントを盛り上げ、選手やファンの心に響くコールを届け続けている。