『虎に翼』寅子が考える“殺してはいけない理由” 一人二役を演じた片岡凜の表現の巧みさ
「どうして人を殺しちゃいけないのか」
参考:『虎に翼』片岡凜の美佐江&美雪の演じ分けが恐ろしい 最終週予告では寅子と涙の対峙も
この言葉を最終週に差し掛かったこのタイミングでもう一度聞くことになるとは思ってもいなかった。かつて高校生だった美佐江(片岡凜)が寅子(伊藤沙莉)に放ったこの難問。美佐江から突きつけられた純粋な質問に対し、寅子は答えることができなかった。『虎に翼』(NHK総合)第127話では、寅子が美佐江の言葉と再び向き合うことになる。
面接の前に寅子に挨拶がしたいと語るのは美佐江の一人娘である美雪(片岡凜・二役)。「お会いできて嬉しいです」と寅子に挨拶する美雪からは、友達に売春をさせ、金品を窃盗させた疑いが持たれている女子生徒だとは到底思えない。寅子の言葉に美雪は「私がやりました」と全てを認め、その見返りとして、寅子に「どうして人を殺しちゃいけないのか」と問いかけた。
美雪の問いは一朝一夕で答えられるような問題ではない。他者を殺めるという行為自体は、はるか昔から人類の道徳に反するという理由で重い罰が下されてきた。きっと誰しも感情をコントロールできない若い頃には憎い相手に対して、一瞬はよぎったことがあるかもしれない。ただ、そこで踏みとどまることができるのが人間でもある。それは本能的にだめなことであることを知っているからだ。
と同時に、美雪の疑問が脳裏に浮かぶ。もちろん理論的に殺しの不当性は説明することはできるが、「どうして人を殺しちゃいけないのか」と問いかけている以上、美雪は社会の中で殺しがだめであることは頭では知っている。一般的には悪いこととされていることではあるが、美雪が知りたいのはもっと哲学的な部分だろう。
寅子が出した結論はこうだ。
「奪われた命は元に戻せない。死んだ相手とは言葉を交わすことも、触れ合うことも、何かを共有することも永久にできない。だから、人は生きることに尊さを感じて、人を殺してはいけないと本能で理解している」
この戦争で最愛の夫である優三(仲野太賀)を亡くした寅子なりの答えだ。そんな寅子に対して、美雪は薄ら笑いを浮かべながら「そんな乱暴な答えで、母は納得しますかね?」と問いかけると、寅子は「私は今、あなたの質問に答えています」と答える。それを聞いた片岡凜の些細な表情の変化がとても素晴らしかった。
美雪は隠していたナイフを取り出し、「母も娘も他の子たちとは違う異質で特別で手に負えない。救いに値しない存在だと」と寅子に詰め寄った。寅子は「まったく逆」と反論し、美佐江を恐ろしい存在であると勝手に思ってしまっていたことへの後悔と過ちを美雪へとぶつける。「親に囚われ縛られ続ける必要はないの」という寅子の言葉に、美雪の目からは涙があふれる。
寅子は美雪を試験観察とし、民間の施設で生活させることを決定した。そこから半年後、寅子は再び美雪と対面する。「先生、私まだあの施設にいてもいいですか?」と語る美雪。その本心は自分と暮らすことで迷惑をかけてしまう祖母の佐江子(辻沢杏子)を心配してのことだった。そんな美雪に寅子が投げかけたのは「あなたの本心は?」という言葉。美雪が「私は……」と言いかけると、佐江子は「おばあちゃんは早く一緒に暮らしたい」と伝える。美雪は涙を浮かべながら「おばあちゃんと一緒にいたいです」と本音を打ち明けた。寅子は美雪を不処分とし、これからの人生を本人に委ねることにした。
昭和48年4月、ついに最高裁大法廷の判決日がやってくる。いよいよ長きに渡ってよね(土居志央梨)と轟(戸塚純貴)が向き合ってきた美位子(石橋菜津美)の事件が決着しようとしている。(文=川崎龍也)