ゴミ箱に放尿したのにはワケがあった!…認知症の人の「おかしな行動」の理由を当事者の視点から解説

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アメリカや中国でも講演実績のある「認知症講師」渡辺哲弘氏が、認知症患者の「行動のメカニズム」を解説します。認知症のお年寄りは、なぜ介護者を困らせるような「行動」をすることがあるのでしょう?

背景には、「周りに迷惑をかけたくない」、「みんなの役に立ちたい」、にもかかわらず、認知症の症状が邪魔をして周囲に迷惑をかけてしまうというジレンマがありました。

ケアの新たな指針となる渾身の書き下ろし『認知症の人は何を考えているのか』(渡辺哲弘著)より、介護のヒントになる部分を抜粋して紹介します。

『認知症の人は何を考えているのか』連載第12回

『「わかること」がたくさんあるのが仇に…認知症の人が生活できなくなる「本当の理由」』より続く

「不可解な行動」は環境に適応しようとした結果

クリスティーン・ブライデンさんという方をご存じでしょうか。

彼女は、46歳でアルツハイマー型認知症と診断され、認知症がまだ「痴呆」と呼ばれていたときに、当事者として公の場で初めて、自身の病気について語った方です。

このブライデンさんが、2003年に放映されたNHKのテレビ番組『クローズアップ現代〜痴ほうの人・心の世界を語る〜』で、BPSDについて次のように説明しています。

「介護者にとっての問題行動は、認知症の人にとっては適応行動である」

「私たち(認知症の人)は環境に適応しようとしている。その環境は、まわりがつくりだしたものである」

「痴呆」を認知症と言い換えて要約しました。少し補足すると、この「まわり」というのは、「認知症ではない人たち」のことも含めた周辺の環境全部のことです。

はたして、ブライデンさんは何を言いたいのでしょうか?私なりにさらに言い換えると、次のようになります。

認知症の人は、まわりに合わせて行動しようとしています。

でも、うまくいかないだけなのです。

どういうことなのか、具体例をあげて見てみましょう。

ケース:ゴミ箱に放尿してしまった男性

ある日のこと。認知症のホリエさんという男性が、自宅のなかをウロウロ歩き回っていました。やがて部屋の隅に置いてあった黒いゴミ箱に目を留めます。そしておもむろにゴミ箱に近づいたかと思うと、そのなかに排尿してしまいました。

「異所排尿」と呼ばれるBPSDが起こったわけです。

ここでホリエさんの立場になって考えてみましょう。それがケアの大原則だと、第1章で確認しましたよね。

ホリエさんは排尿したわけですから、〈おしっこがしたいなあ〉と思っていたはずです。〈おしっこがしたい〉とき、人は何をするでしょうか。当然、トイレを探します。ホリエさんもそのようにしたわけです。だから歩いていました。

このとき、たまたま黒いゴミ箱が目に入りました。ゴミ箱を見たホリエさんは、頭のなかで〈これって、何だろうか?〉と考えます。自分の記憶に聞いてみたわけです。

ところが記憶障害が進行していて、覚えていたはずの「ゴミ箱」というものを忘れていました。そのため「目の前にあるものがゴミ箱だ」ということがわかりません。

しかし目の前にあるので、〈何だろう?〉とさらに一生懸命考え続けます。

私たちだって、家に見慣れない物があったら、〈これって何だろう〉と考えるでしょう。それと同じことをしたのです。

考え続けたホリエさんは、ゴミ箱をこう認識しました。

〈黒くて穴が開いているぞ……。そうだ、これは便器だ!〉

これは、目が見えているのに正しく認識できなかった、いわゆる「失認」の症状です。

失認したまま「計画」へ

私たちから見ると明らかに間違った認識ですが、その認識のまま、脳のなかでは次の段階へと進んでいきます。

ホリエさんの脳は記憶に照らし合わせ、今度は「おしっこの仕方」を計画します。

幸いにも「おしっこの仕方」は覚えていました。ズボンのファスナーを開けて、きちんと用を足せました。排尿の仕方は私たちと何ら変わりません。

ホリエさんの「おしっこの仕方」は間違っていませんが、ゴミ箱を便器、すなわち用を足せるトイレだと誤解したため、結果として出てきた行動は、周囲が「何してるの!」と言いたくなるような「おかしな」ものになってしまったのです。

まとめると、一連の行動は次のようにとらえられるのです。

ホリエさんは記憶障害で物事がわかりにくくなっていた。家のなかをウロウロ歩き回っていたのは、用を足したくなってトイレを探していたからだ。そして、ふと目についたゴミ箱を便器と勘違いした結果、そこに排尿してしまった。

排尿はトイレでするのが生活上の「ルール」です。私たちは、そんな環境をつくり、生活しています。ホリエさんにも、それがよくわかっていました。

だからその環境に合わせようとしたのですが、「失認」という認知症の症状のため、うまく合わせられなかったのです。

『セーターが着られない! 認知症の人がタンスから取り出した服を身に付けられなかった「意外な理由」』へ続く

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